警察史研究(法学・社会学編)

はじめに

 警察研究で、最も書籍を出している分野は法学といっていいでしょう。刑法や警察法、警察官職務執行法など、警察を創置することや、警察官一人ひとりの活動、犯罪を摘発をするにしても、その基幹には法があります。警察は法を守り、また法を武器に犯罪に立ち向かうのです。というので警察研究でもっともメジャーなのは法学というわけです。
 法学、中でも刑法や刑事訴訟法、少年法などの分野は膨大な研究があり、その一部として警察が出てくることが多く、とてもここでは書ききれないため、今回は警察そのものに焦点を当てたものをいくつか挙げていきたいと思います。

法学

戦前警察法規の研究

 法学分野も同様、戦前における警察の歴史研究はほとんどありません。ただ法学の視点に立つと、法学者の美濃部達吉が『日本行政法』3巻(有斐閣書房 1914年)を著し、警察法規を中心に、警察権や、保安、衛生などの各領域ごとにおける警察機能の展開を論じています。
 そのほか、弁護士の有光金兵衛という人物が、1927年に『警察法規研究』(大同書院)を著し、治安警察法から治安維持法、行政執行法まで幅広く扱っています。ただ著者の有光氏は、警視庁で警部、大阪府警で警視を務めた元警察官でした。(警察史研究部会編「有光金兵衛とは誰ぞ」(五訂稿)―「田村豊氏著作目録」補遺―2022年 5頁)
 また判事の堀部浅『取締法規違反実例集』(政経書院 1935年)というものもあり、取締規則を整理しながら、事例ごとの捜査の流れや判例をまとめています。
 この本は神保町をめぐっていた際にみつけ、2000円ほどで購入しました。卒論では一切使わなかったですが、いつか使うかもしれない…。

  司法省ほか、内務・警察官僚からの刑法や行政法などのアプローチは多いです。しかし警察を直接的に取り扱うものは、やはり法学においても、警察関係者でなければ警察関連書籍は刊行できなかったと推察されます。

法学の警察史研究

 警察史に話を戻しますと、まず法学分野における警察史研究は、潮見俊隆・渡辺洋三「戦前における日本の警察」(戒能通孝『警察権』岩波書店  1960年)が挙げられます。
 この書籍では、一貫して政治警察に注目し、戦前であれば特高警察、戦後であれば警備公安警察の機能を検討しています。
 次に、法学者で警察研究と言えばこの方、広中俊雄が挙げられます。主な著書には『日本の警察』(東京大学出版会 1955年)、『戦後日本の警察』(岩波書店《新書》1968年)、『警備公安警察の研究』(岩波書店 1973年)などがあります。主に戦後、公安警察を対象に検討していますが、『戦後日本の警察』で戦前の警察に触れられており、参考になりました。
 『日本の警察』は2500円ほどで、『警備公安警察の研究』は3500円ほどでそれぞれサイトで入手しました。『戦後日本の警察』はメルカリで300円で入手しましたね。研究の参考になりました。


 そのほか特高警察についてまとめたものでは、法学者、江橋崇の「昭和期の特高警察」(『季刊現代史』7号 1976年)があります。さらに『特高警察黒書』(同編集委員会 新日本出版社 1977年)がありますが、委員として参加した風早八十二という人物が法学者です。編集委員には政治家の米原昶や、労働運動史などを研究した塩田庄兵衛が参加しています。
 ちなみに塩田氏の著書で、『日本社会運動史』(岩波書店 1982年)があったので、卒論では日比谷焼打事件の動向などで参考にさせて頂きました。
 この社会運動史の面で見ると、労働運動についての著書が多い小林五郎による『特高警察秘録』(生活新社 1952年)があります。
さらに労働運動史を見ると、1925年に制定された治安維持法や、1900年に制定され、集会などを規制禁止した、治安警察法から労働運動を分析した方がいます。法学者の小田中聰樹は『治安政策と法の展開過程』(法律文化社 1982年)を著し、治安政策から労働運動の弾圧を検討しています。戦前では労働運動や思想犯への取締り過程、戦後は過激派からスパイ取締り、少年法まで、広く警察の所掌分野を概括しており、一貫して司法警察を取扱っています。
 さらに、警察全体に注目した研究では、法学者の佐藤功『警察』らいぶらりいしりいず(有斐閣 1958年)という本もあります。主に警察の民主化、警察と人権というテーマから、警察制度の構造問題をまとめています。
 また、法学部で学んだのち、近代史研究に従事した廣畑研二による、『戦前期警察関係資料集』全4巻(不二出版 2006年)があります。社会運動に対する警察の動向を示す史料をまとめており、運動そのものや外事警察、知事関連の史料から迫っています。
 さらに後年には『戦前期警察関係資料集第Ⅱ期』全4巻(不二出版 2012年)をまとめています。大逆事件以降の特高警察体制を、警視庁や内務省警保局の調書、岡山県警の特高資料や日誌から迫っています。
 この本も買いたいのですが、どこのサイトも在庫切れで買えない状況が続いています。そもそも10万円は下らないので、あったとしても買えたかは分かりませんが...。

 法制史、刑法史で見れば、憲法学者の奥平康弘著『治安維持法小史』(岩波現代文庫 2006年)は比較的入手しやすく、治安維持法とともに特高警察の活動の概要も見られます。他にも治安維持法関連の書籍は多く、法の活用の一部として特高警察の活動がみられます。
  近年では、検事の福島弘『公安事件でたどる日本近現代刑事法史』(中央大学出版部 2018年)が刊行されており、明治維新から現代までの刑法や刑事訴訟法などの変遷をまとめています。扱う事件は主に政治事件や思想事件、警察の側面で言うと特高警察、公安警察の動向が詳しいものとなります。

 このように、法学者による警察研究は多いものの、歴史となると、そのほとんどは特高警察や警備公安警察に限局されることが多いのです。法的アプローチになると、戦前は治安維持法が大きな影響力を持ち、その法を駆使した特高警察に注目されるため、このように集中していると言えます。また特高警察が注目される要因は、ほかにもありますが、次回に詳しく紹介したいと思います。

警察法

 警察自体の研究は、警察設置の根拠となる警察法からの検討もありますが、例えば警察庁長官官房『警察法解説』(東京法令出版 1995年)や、関根謙一他『講座警察法』全3巻(立花書房 2014年)などが挙げられ、警察庁の官僚による書籍が中心であることも事実と言えます。
 ちなみに『講座警察法』3巻では警察官僚の北村滋著「外事警察史素描」が収録されており、戦前からの外事警察の変遷、展開に詳しいです。
 そんな中、法学者の田上穰治『警察法』増補版(有斐閣 1983年)は、警察関係者以外で数少ない日本警察法解説の1冊となります。
 そのほか警察法で見ると、海外の警察法研究が見られます。例えば法学者の島田茂氏による、『警察法の理論と法治主義』(信山社 2017年)では、ワイマールから第二次大戦後までのドイツにおける警察法を考察、主に情報警察の法的展開をまとめ、日本警察との比較分析も試みています。
 海外警察に目を向けると、日本の法学者による外国警察史研究もあります。例えば法学者の吉川経夫氏による『各国警察制度の再編』(法政大学現代法研究所叢書 14 法政大学出版局 1995年)は、法的アプローチの中でも、外国警察の比較研究としてまとまったものといえます。1994年の警察法改正を受けて、イギリス、フランス、ドイツの警察法制度を比較分析した一冊となっています。
  こちらも神保町で1500円ほどで入手しました。

  さらに最近では、法学者の今村哲也氏によって『ウィーン警察法研究』(信山社 2020年)も刊行され、オーストリア警察法の歴史的分析をしたのち、日本警察の検問や職務質問などの、路上での活動の法的限界を分析しています。
 この方は、『ウィーン警察官教育の法と命令―法化社会オーストリアの執行組織』(関東学院大学出版会 2005年)も著書としてあり、オーストリア警察の法的展開に詳しいです。また戦後史としてみれば、同『自動車検問の行政警察法』(信山社 2022年)もあり、戦後まもなくからの、外勤警察の法的展開と機能に詳しいです。
 このように、警察法や警察官職務執行法、勤務規則から警察の検討を加えようとする研究は、挙げたもの以外でもありますが、日本では戦前よりも戦後を対象とした動向分析の方が圧倒的に多いのも事実です。特に2000年初頭の犯罪件数増加期には、膨大な治安関連の書籍が刊行されています。

社会学(犯罪社会学・法社会学・宗教社会学)

 人間の組織、制度やそれらを交えた現象などを分析する社会学は、多くの研究分野と密接な関係を持っています。社会学分野の中で、特に警察と関わりがあるのは、犯罪社会学と言えます。
 犯罪社会学とは、人間の行動原理や社会情勢、統計などを用いた社会学の研究方法を用いて、犯罪の原因を分析するものです。
 この分野では、日本犯罪社会学会が刊行する学会誌、『犯罪社会学研究』から研究動向を見ることが出来ます。犯罪の原因を究明するだけあって、警察それ自体に注目したもの、警察の施策を分析する研究が見られます。例えば戦後、とりわけ現代時事に関しては、例えば島田貴仁・讃井 知・鈴木あい・春田悠佳共著の「警察の施策の認知が信頼に与える影響──伝統的信頼モデル、正統性モデル、主要価値類似性モデルの統合」(『犯罪社会学研究』47号 2022年)や、小林良樹「都道府県公安委員会に対する苦情申出制度について―「警察に対する国民の信頼の改善方策」の観点からの一考察―」(『犯罪社会学研究』37号 2012年)などがあります。
 ただ歴史、戦前となると、犯罪学そのものの変遷や、刑罰、監獄制度史、被害者支援の歴史に注目し、警察それ自体に注目したものは管見の限り見られませんでした。
 社会学はあらゆる研究分野と密接な関係を持つと述べましたが、法学とも関係があり、法社会学としてその分野も開かれています。
 この分野では、先に法学の警察研究であげた、広中俊雄によって研究されています。主となる著書は、同著作集8巻『警察の法社会学』(創文社 2004年)です。法社会学分野ではこの本が警察研究の代表と言えます。目次を見たところでは、やはり警備公安警察が主軸だと言えます。
 この本はネット全般、古書サイトの日本の古本屋ですらヒットせず、手に入らない状態が続いています。最近はこの本目当てで古書店をしらみ潰しに歩き回っています。

 さらに近年では、小島伸之という、宗教社会学という面から特高警察を研究している方もいます。
 主な論文には、「自由権・民主制と特別高等警察―「特高教本」を題材として―」(『宗教法』29号 2010年)や、「特別高等警察と「国家神道」―近代国家のアポリアを踏まえて―』(明治聖徳記念学会紀要 復刊51号 2014年)、「昭和戦中期の内務行政と宗教・神社―警察行政を中心に―」(『神道宗教』252号 2018年)など、特高警察の宗教取り締まりの変遷を検討しています。
 社会学を通しても特高警察の研究が目立ちます。やはり戦前の警察は、特高警察に帰結する事が主な理由となると考えられます。
 しかし社会学を通して、異なる対象から研究することで、当時の特高警察の所掌範囲の広さだけでなく、特高警察の関心もうかがえます。やはり他分野、研究交流の重要性も見えてきます。

警察学

 分野ごとに警察研究は沢山ありますが、警察そのものに、既に存在する学問領域(理系、文系を問わない)を利用し、法学的アプローチだけでなく、歴史学、政治学、社会学、経済学、人口学等を駆使し、警察(組織活動、警察官)そのもの、あるいは「警察と政治」、「警察と社会」、「警察と国民」の関係に焦点を当て研究する学問、警察学というものがあります。(浦中千佳央 「警察学の現状と未来 ― フランスの警察学から―」(社会安全・警察学創刊号 2014年 8頁)
 この警察学の研究で最も知られているのは、警察大学校編の『警察学論集』です。主に時事における警察行政や治安立法、判例などの論文が多いです。
 また警察学分野で盛んに研究されているのは、京都産業大学の社会安全・警察学研究所です。司法・警察行政、警察制度、刑事政策、被害者支援などあらゆる社会政策を分析しています。警察史といった形で歴史を大きく取り上げるというより、分析の中に歴史学が組み込まれているという形となります。

おわりに

 以上のように、今回は特高警察史が軸となりました。やはり治安維持法の影響が大きいと言えます。
 卒論では特高警察、警備公安警察に関して全く触れませんでした。しかし、日本の近代警察が情報収集を中心とする情報警察に傾倒したことを見ると、学ぶ必要はあると思い書籍を収集しました。
 また他分野だからと、自分の研究分野である外勤巡査に関係ないと言えばそういうことは無かったので、やはりあらゆる研究書籍を集めておいて損はありませんでした。
 研究という形ではありませんが、今後も史料収集に励み、活かしていきたいと思っています。

  今回はここまで。不足する点などコメント頂ければありがたいです。

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