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葛西裕一vs山岡正規 1993年7月3日 「後楽園ホールのベランダより~追憶の90年代ボクシング」Vol.13

元バンタム級王者、山岡正規が、一階級上の王者、葛西裕一に挑戦。

当時の日本ボクシング界で「世界に最も近い男」と目されていた葛西裕一。しかし、4月に行われた一階級下のバンタム級世界ランカー、アブラハム・トーレスとの試合は、かなり分が悪い引き分けに終わった。僕を含め観た人の7割は葛西の負けと思ったのではなかろうか。地元判定に救われた形だと。

日本タイトルの防衛戦ながら実質的に再起戦に近い位置づけだったこの試合、「しかしまた、強いのを選んだな~」と思った。かなりの強気のマッチメイク。世界を狙う男としては、誰であろうが国内ランカー相手に負けてはいられないということか。

しかし、実際にはチャンピオン・カーニバルがずれ込んでの、この対戦だった。葛西がトーレス戦を行ったので、この時期になったということか。

さて、その相手は、前日本バンタム級チャンピオン、この時点では日本ジュニア・フェザー級1位の山岡正規。前年6月、グレート金山との激闘の末に、劇的な最終回での逆転KO負けを喫したものの、その後一階級あげて再起。この試合は再起2戦目にあたる。勝てば日本タイトル二階級制覇となる。

グレート金山に倒されたとはいえ、最終回まで判定ではリードしていた。金山のその後の無人の野をいくごとき防衛ロードをみれば、当時、山岡ほど金山を追い詰めた日本人ボクサーは他にいない。

ランキングを見渡しても、山岡が葛西にとって脅威になりうる、ただ一人の日本人ボクサーであることは明らかだ。

余談だが、この日は僕が当時熱心に追いかけていたあるインディーズ・バンドのレコ発ライブもかぶっていて、どちらに行くべきか相当に迷った記憶がある。結局、渋谷のライブハウス、La mamaに立ち寄ってCDを買い、後楽園ホールへと向かった。

国内では、この年屈指の好カード。この試合をそう思っていたので、見逃すわけにはいかない。

メインは同僚の八尋史朗。前座に打越昌弘が登場。

さて、この日の興行だが、葛西vs山岡がメインのカードではない。

この日のメインを張るのは、葛西の同僚、八尋史朗(帝拳)。この当時、すでに日本タイトルを返上し、世界戦に備えている段階。この日は世界前哨戦として位置づけられており、待望の世界戦は秋にも実現する見込みだった。

というわけで、葛西vs山岡はセミ。この日の興行では、さらにその前に打越昌弘(帝拳)と玉崎義和(進光)という興味深いカードもセットされていた。こちらは打越が持ち前のパワーで追いすがる玉崎を突き放し判定勝ちをおさめ、再起後二連勝を果たした。

予想以上の接戦となった葛西vs山岡。

さて、ここからはいつも通りに、動画を見直しての感想と当時の記憶を混ぜながら、試合を再構成していたい。

初回。葛西のスピードのあるジャブ、ワンツーで試合は幕をあける。山岡は葛西のパンチ力を計るように前に差し出した2本の腕でブロック。しかし、1分を過ぎる頃になると、頭と体を小刻みに振りながら、飛び込もうという姿勢を早くも見せ始める。そして、実際に距離をつめ、コンビネーションをまとめてみせた。山岡は気を良くしたか圧力を強め、葛西が下がる展開に。終了間際には山岡がジャブやストレートを軽めではあるがクリーンヒット。ほぼ互角の展開ながら、前に出てクリーンヒットを奪った山岡のラウンドか。

2ラウンド。初回で自信を得たか、山岡が距離を詰める。飛び込んで力のこもったパンチをボディーに集め、打ち終わりにひょいとサイドステップ。この試合に向けてのパターンなのだろうか。ここから一気呵成に攻めてでるかと思いきや、山岡の手数はなぜか上がらない。体の振りもなく、ブロックしながら機を伺うだけに終始している。力みで体が硬くなっているようにも感じられる。葛西にとってはありがたい展開だ。しかし、ラウンド終盤、葛西がボディを狙い距離がつまったところで、山岡が待ってましたとばかりにコンビネーションをまとめると、そのいくつかが葛西をとらえる。葛西の体が左右に揺れるのをみて、山岡は狂ったように追撃。ゴングが鳴るが、まったく聞こえていないらしい山岡はなおもラッシュを続ける。レフリーが割って入り、ようやくラウンドが終わった。このラウンドも明確に山岡か。

3ラウンド。葛西はペースを変えることなく、細かいジャブを突き続ける。角度を変えてアッパーを放つとこれがクリーンヒット。山岡はおどけたようなポーズで「効いてないよ」とアピール。えてしてこういう時は効いているものだが。1分すぎ、またも葛西がボディに手を伸ばしたタイミングで、山岡がラッシュをかける。接近戦では山岡の回転力が上回り、やや腰高の葛西の姿勢も相まって、もらったダメージ以上に見た目がよくない。ラウンド中盤は、しかし、葛西が臆せずボディにパンチを集め、それがよく当たっている。このまま葛西が盛り返しにかかるかと思われたが、ラウンド終盤にもう一度山岡がラッシュを敢行。これまで以上のダメージを葛西に与えた。このラウンドも明確に山岡のラウンド。

4ラウンド。展開を変えようというように、葛西が思い切った右をいきなり放つ。それもつかの間、また軽いジャブを突くスタイルに。前戦もそうだったが、いまひとつ葛西のスタイルは煮え切らない。翻って、数は少ないものの山岡のジャブがよく当たり、たびたび葛西を頭を跳ね上げる。しかし、山岡は手数がそれ以上あがらず、中盤は葛西のボディ、インサイドからのコンビネーションが支配した印象だ。2,3ラウンドとあった終盤の山岡のラッシュもなく、いくつか単発のクリーンヒットがあったとはいえ、この試合初めて葛西がラウンドを押さえたようにもみえる。

5ラウンド。葛西が手数を増やし始める。接近を試みる山岡を突きはなす。それでも山岡が間合いをつめてくると、インサイドからのアッパー、フックのコンビネーションを見舞う。クリーンヒットは少ないが、ペースを渡さない効果はありそうだ。山岡には前半飛ばした疲れが若干見え始め、接近してからのまとめ方にそれまでの迫力がない。葛西は割とたやすくサイドステップで危険な間合いから外れている。少し余裕を持ったか、葛西がくっついての打ち合いに応じる。しかし、この打ち合いを制したのは山岡の方だ。葛西は下がらされた上に、少しふらつきながら自ら距離をとらざるをえなかった。山岡が息を吹き返し、葛西を追う。葛西はワンツーで応戦。ラウンド後半、葛西は再び中間距離での戦いを選択。山岡はそうはさせじと、歩くように前進しながら手を出し続け、再び接近戦に。双方軽いパンチながら、どちらも当たっている。最後は、葛西が力のこもったパンチをいくつか当てて、優勢を印象づけたか。ほぼ互角ながら、どちらかに振り分けるならやや葛西か。

6ラウンド。前のラウンドでの戦い方に手ごたえがあったか、葛西は引き続き、すばやいワンツーなど手数を増やす。一方の山岡は狙いすぎているのか手数が出ない。たまに出すジャブはあたるが、後続打が続かない。葛西のサイドステップが機能しており、前進する山岡のパンチが空を切ることが増えてきた。接近戦でも葛西のアッパー、ボディをまじえたコンビネーションが山岡に着実にダメージを植え付けている。このラウンドは明らかに葛西がとった。
 
7ラウンド。僕の採点では両者3ラウンドずつを分け合ってイーブン。葛西が追い上げつつある。しかし、当時、客席にいた僕の印象はかなり違う。この試合に賭けているのだろう山岡の気迫が葛西を圧倒している。そんな風に感じていた。さて、このラウンド、葛西が引き続きスピーディーなジャブを飛ばしていく。前半よりも手数、スピードが上がっている分、当たっている。手数の出ない山岡に対して、葛西はジャブから右ストレート、接近してボディと、ペースを上げる。山場を作りつつあった葛西だが、距離がつまったところで、山岡がいいタイミングで左フックを返し、これがヒット。再び歩くような前進を開始する。葛西は、ここで前半のように意地になっての打ち合いにはいかず、サイドに回り、距離を外すことで山岡の打ち気をそらす。そしてまた、ジャブから立て直しを図る。相変わらず山岡の力強いパンチに場内は沸くが、ダメージはそれほど与えているようにはみえない。逆に葛西はボディにパンチを集め、山岡を後退させてこのラウンドを終えている。葛西のラウンドか。
 
8ラウンド。放送ではアナウンサーが解説のふたり(ファイティング原田氏と浜田剛史氏)の採点が7R終了時でイーブンになったと言っている。当時は、ずいぶん葛西びいきに感じたが、現在の僕の採点では葛西の1ポイントリードだ。山岡の消耗が目立ってきた。それでも山岡はペースを取り戻すべく、体を振りながら肉薄。前半のような細かい連打をつなげてみせる。葛西は先ほどまでのサイドステップでいなすのではなく、足を止めて迎え撃つ姿勢。しかし、葛西のパンチもそれほど山岡をとらえられず、逆に山岡に左フックのクリーンヒットを許している。難しいラウンドだが、山岡のがんばりが目立った印象。どちらかにふるなら山岡か。
 
9ラウンド。僅差のこの試合、最終2ラウンドが勝負所だ。葛西は軽いジャブで山岡の前進を押さえにかかる。山岡は構わず、ボディから上へと力のこもったパンチを返し、距離をつめようとする。両者足を止めて細かい連打を出し合う。互角の展開が続くが、徐々にクリーンヒットをつなげて相手を後退させたのは葛西の方だ。攻勢に出る葛西。しかし、この試合に並々ならぬ執念で臨んでいる山岡は、ここでも踏ん張り、易々とはペースを渡さない。葛西は再び山岡のボディを集中して攻めると、勢いのままにラッシュを敢行。今度こそ崩れるかと思われたが、山岡は頭を振って、なんとか回避を試みる。いくつかクリーンヒットを許したものの、葛西のラッシュが収まりかけたところで、今度は山岡がラッシュをしかける。ここでラウンド終了。このラウンドも難しいが、有効打の数で若干葛西優勢に思える。
 
最終回。ここまでの僕の採点は葛西が1ポイントリード。さすがに疲れのみえる両者。引き続き近い距離でのパンチの交換が続くが、スピード、力感ともにいまひとつ。動画では浜田さんが「最終回なのでもっと前にでるべき」、原田さんは「接近戦は葛西に不利」と別の意見を口にしている。また葛西陣営は「3、4ポイントリードしている」と予想していることも伝えられるが、当時も今も「それはないw」と思う。結局、葛西は接近戦を選択。コンパクトなアッパー、ボディをこつこつとヒットしている。流れは葛西かと思われたが、山岡は豪快なオーバーハンドの右フックをクリーンヒット。返しの左右のフックも続いてヒットさせる。見栄えのよいパンチに、会場が瞬時に沸騰する。それにしても、見かけよりも葛西はタフだ。山岡の渾身のパンチを受けても崩れない。逆に、山岡のボディを攻めて下がらせ、ラッシュを敢行。今度は葛西の応援団が沸く。しかし、山岡は体を振り、クリーンヒットはほぼ許さない。その後も、互いに最後の力を振り絞り、パンチを交換。最後の打ち合いもほぼ互角。というか、互いにクリーンヒットには乏しかった。互いに見せ場のあった、このラウンドの見方は特に難しく、軽くとも有効打数をとるなら葛西、ダメージングブローの数なら山岡。個人的には巧みなディフェンス技術を込みで、山岡のラウンドとしたい。

意外に開いていた差。

現在の僕視点の採点はドロー。当時、会場にいた僕の感覚では、前半が明確に山岡、中盤がやや葛西、後半は互角か若干山岡が有利という感じで、小差で山岡が勝利したのでは、と思っていた。
 
しかし、判定は3-0で葛西。内容を見ると、主審の森田氏こそ1ポイント差だが、あとの二人は4ポイント差で葛西を支持していた。微妙なラウンドを葛西に振れば、4ポイント差もありえる。実際に、帝拳サイドは採点をそう見ていた。

でも、内容としては「薄氷の勝利」という感じに思える。
 
最初から最後まで全力で向かった山岡に比べ、葛西の方が明らかに余力を残しているようにはみえるが、それは余裕をもって戦ったというより、最後まで攻め手が見いだせなかった結果にも感じられるのだ。
 
世界に向かうにはまたしても不安の残る内容。と思えたが、葛西はこの後、10月に世界前哨戦を行い、翌年の世界戦へと進んでいく。
 
この試合、僕は途中から山岡に明確に感情移入しつつ、リングを見つめていた。最終ラウンドでの逆転KO負けでタイトルを失い、約1年後に再び日本タイトルマッチのリングに戻ってきた山岡。その戦いぶりは明らかに何かを決意した、鬼気迫る意気込みを感じさせた。
 
しかし、結果は今一歩及ばず。それでも世界を狙うホープとほぼ同等の力を印象付けたのは間違いない。26歳。まだこれからチャンスだってあるはずだ。また山岡の闘志あふれる試合を観てみたい。
 
…そう思っていたのだけれど、山岡正規がその後リングにあがることはなかった。どこか体を傷めていたのだろうか?それとも何か事情があったのか。この試合に納得できる何かがあったのだとしたらよいが。僕にはなんともわからない。12勝(9KO)3敗1分という戦績が残されている。


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