ドラマ「舟を編む」松本先生と鶴亀鶴亀🙏
先週までNHKで放送されていた「舟を編む」というドラマがとても好きでした。2013年に上映された映画も大好きで、とても良かったのですが、今回のドラマ版は視点も展開も時代背景もそれとは異なり、現代社会にストレートに響くメッセージが詰まっていました。
辞書編集に携わる方々の物語で、一人一人の情熱や人としての戸惑い、周りの人との支え合いなどが丁寧に描かれていました。私は、柴田恭兵さん演じる総指揮者の松本先生の言葉が特に心に残りました。
松本先生は、いつも、言葉を宝だと言います。辞書は、言葉という宝をたたえた大海原に出航する舟なのだと。
そして、悪い言葉が蔓延っている実態についても、それは言葉が悪いのではなく、選び方や使い方が間違っているのだと言います。全ての言葉には、生まれきた理由があるからです。
私は、本当にそうだと思いました。
手元の辞書をぱらぱらめくると、日本の言葉はなんて美しいんだろうと思います。本当に私達の使ってる言葉はこれなのか?と思うくらい、一つ一つの言葉は素晴らしいのです。実際の辞書制作に携わった方々のご苦労や志を思えば、なおさらです。
でも、その言葉をなんだかぞんざいに扱ってしまっているなと思います。
幼い子供の頃、兄弟や友達とよく口喧嘩をしました。私は、取っ組み合いの喧嘩では負けても、言葉で言い負かすのは得意で、相手がぐうの音も出なくなるような酷い言葉を瞬時に思いついて、浴びせかけて、達成感を感じていたものです。そうやって頭を使うのは良いことなんだとさえ思っていました。どんな言葉を発したのかは覚えていません。言った相手も忘れてくれているといいなと願うばかりです。
それを考えると、私はせっかくある素敵な言葉に悪いことをしたなあ思います。議論して自分の主張を通すことはとても大切です。そのために言葉を駆使するのは必要なことです。でも、それとは全く別に、相手を傷つけようとして言葉を選ぶ行為は、なんだか本当に情け無いなあと思います。
同じようなことは、さすがにもうしていませんが、それに似てることは無意識にしてるのかもしれません。例えば、悔しい時、むしゃくしゃする時、疲れている時、寂しい時、思わず誰かに毒を含んだ言葉を発して、憂さ晴らしをしたり、気を引いたりしている気がします。
何か面白いことを言おうとして、わざわざ毒舌を吐いてることもあります。それで、「酷いこというね〜」なんて言いながら笑ってもらって悦に入ることもあれば、滑りまくって反省することも、まさに「あるある」です。
面と向かって言葉を発するだけではなく、LINEで曖昧な言葉やきつい言葉を発信して、相手を戸惑わせたり傷つけたりしたことも、きっとあると思います。
そんなことをあれこれ思い返して、自分をとても残念に思いました。「男はつらいよ」の三崎千恵子さん演じるお団子屋のおばちゃんは、誰かが縁起の悪いことを言うと、「鶴亀鶴亀」と唱えます。縁起の悪い言葉を縁起の良い言葉で帳消しにしているんですね。子供心にそれを見て、便利な言葉だなあと思ったものです。その頃から、悪い言葉の使い方をしている自覚があったのでしょう。
「鶴亀鶴亀」は、本当に素晴らしい言葉だと今も思います。独り言で、不吉なことや失礼なことをついつい呟いてしまった時、今も無意識に「鶴亀鶴亀」と唱えています。
でも、人に発してしまった言葉は、なかったことには出来ません。誰かを直接言葉で傷つけようとするのは、もちろんするべきではありませんが、本来の使い方からはずれた毒のある言葉で、気を引こうとか、笑わせようとか、そんな生意気なことももうするまいと思いました。風刺や毒舌で、皆んなを頷かせたり、大笑いさせたり出来るのは、一握りのそんな才能のある人だけなんですから。
何か言葉を発する時に、あのドラマの松本先生の穏やかな佇まいを思い出して、これで大丈夫?と自分に確認する習慣をつけたいと思いました。これからの人生の小さな決まりとして、それをやってみようかな?と。そんな人が一人いることが、何かを少しでも助けるかもしれないし。
それが、これまで言葉で傷つけてきてしまったたくさんの人達への何らかの「鶴亀鶴亀」になりますように。🐢
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?