4 「孤高の人」小説版(浅田次郎)と漫画版(坂本眞一)

 僕は漫画版を先に読んだ人間である。漫画版は浅田次郎先生の「孤高の人」の舞台を現代に移し、坂本眞一先生がストーリーを再構成してヤングジャンプで連載していた。 
 漫画版を読み終えた後に原案である小説を読むと、両者の同じ部分や異なる部分が理解できて楽しかった。
 以下ではその異なる部分について3点にまとめて触れていきたい。

①主人公の性格。
 漫画版では朴訥としているのに加えて人を避けている印象を受けた。過去に友人が校舎から飛び降りた現場に居合わせてしまったことで悪い噂がたったため、人と関わらないようになった、という背景が推察される。おそらくこの背景から、「いくら弁明しようが無駄」という信念を抱えており、その後も困難が生じた時に他人に相談することはなく、淡々と一人で処理していく。人を避けているが、優しい男で、自分をいじめてきた相手を看病するシーンもある。
 一方、小説版は人を避けているということはない、ただし、人の意見に左右されず、自分のやりたいことを突き通したいという印象を受けた。加えて口下手であるため、他人と仲良くしようとして行った行動が、裏目に出て不気味がられてしまっている。
 どちらも「孤高の人」ではあるが、その背景は異なっている。

②登る山。
 そもそも、小説は加藤文太郎という実在の人物をモデルにした作品である。加藤文太郎は1905年に生まれ、最後に挑戦する山は日本の槍ヶ岳である。小説も実史をなぞっている。一方、漫画版は21世紀の話であり、最後に登る山は海外のK2である。
 小説版と漫画版でなぜ異なるのか。それは、現代では登攀道具の飛躍的な進化により、高名なクライマーは海外に出ていく。そのため現代に加藤文太郎がいたとするなら、K2を登ったのではないかと考えるのは妥当である。
 かといって、小説ひいては実在の加藤文太郎を過小評価する訳ではない。当時の加藤の装備を調べてみると、防寒にも機能性にも全く優れておらず、よくこのような足袋や服で単独登山を行ったなと感心してしまう。

③主人公のラスト。
 坂本眞一先生も漫画版で仰られていたが、ラストが大きく異なっている。自分はどちらのラストも捨て難いが、漫画版の最終回は正直読んでいて嬉しかった。
 「森(加藤)よ お前は生涯の単独行を誓うことができるか」「誓います」「では山はお前の生命を保証する だが森よ もし契約を破った場合には山はお前の生命について責任は持てない」このシーンは漫画版ではシリアスに使われているが、小説版では文太郎の妄想として、むしろ楽しげな印象を受ける。
 漫画版ではこのシーンが登場した時にいきなりどうした?と思ったが、小説版を読むと、ラストに関わる大切なやりとりであったと理解できた。

 もし漫画、もしくは小説の一方しか読んでいない人がいたら、両方読んでほしい。

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