文学研究 「安部公房とエドガー・アラン・ポー(二) ――「手段」「誘惑者」「こじきの歌」「愛の眼鏡は色ガラス」をめぐって――」の要旨

 昨年くらいに書いた論文、「安部公房とエドガー・アラン・ポー(二) ――「手段」「誘惑者」「こじきの歌」「愛の眼鏡は色ガラス」をめぐって――」が雑誌に載ったので要旨を掲載する。
 本文は下記リンクから読めるので、興味があれば読んでいただきたい。

https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/handle/2433/281706

 これは以前に発表した「安部公房とエドガー・アラン・ポー(一)ー――「異端者の告発」「どれい狩り」「第四間氷期」をめぐって――」の続きというか、姉妹編みたいな位置づけで、先の論文同様、公房作品とエドガー・ アラン・ポーの影響関係について論じている。
 以下、要旨。
 先の研究でも論じたように、安部公房はエドガーアラン・ポーを愛読しており、影響を受けたと考えられる。作品本文を比較したところ、公房の「手段」と「こじきの歌」は、ポー「実業家」を、同じく公房の「誘惑者」と「愛の眼鏡は色ガラス」は、ポー「タア博士とフェザア教授の治療法」をそれぞれ素材としていた。
 各作品について詳述すると、「手段」と「実業家」は、主人公が金を稼ぐため故意に怪我を負う点、大怪我の割に稼ぎが少ない点、当たり屋的な稼ぎ方を事業化しようとする人物が登場する点が共通し、影響関係が考えられる。なお、「手段」に登場する「簡易交通傷害保険自動販売機」は、一九五五年三月九日『読売新聞』の「十円で二万円当たる 輪禍に福音 東京・新宿に登場」という記事で述べられる、当時の駅に設置された簡易交通傷害保険引受機を参考にしたと考えられる。両作の差異から、愚かな金儲けに手を出し失敗した主人公の徒労感や怒りが「手段」のテーマだと考えられる。
「こじきの歌」と「実業家」は、音楽で騒音を起こして金を稼ぐ人物が登場する点、奏者が一定金額をもらえるまで被害者の自宅前に居座る点が共通している。公房はポーの騒音事業をブラッシュアップし、かつ加害者が主軸のポーと異なり、騒音に悩まされる被害者の心情をクローズアップしている。
「誘惑者」と「タア博士とフェザア教授の治療法」は、精神病患者と健常者の立場が逆転し、患者が自身を健常者と思い込んでいる点、精神病患者が最後に拘束される点、精神病患者が思い込みの激しい人物とされる点、精神病患者をコントロールする人物として、公房作品では小男が、ポー作品では院長が登場する点、精神病患者と健常者の区別が困難な点が類似しており、「誘惑者」は「タア博士とフェザア教授の治療法」に依拠していると考えられる。ポー作品で精神病患者による病院システムからの解放が描かれていた一方、「誘惑者」では、精神病院と患者の関係が、自由意志だと思い込ませることで個人を操る、権力を隠喩していると推察される。
「愛の眼鏡は色ガラス」と「タア博士とフェザア教授の治療法」は、精神病院を来訪した人物が狂人の言葉を信用する点、患者・医者ともに正気か狂気か不分明な点、医者が自分と逆の立場を演じていることが作品後半で知らされる点、精神病患者の自主性を重んじる治療法が登場する点が共通し、「愛の眼鏡は色ガラス」は「タア博士とフェザア教授の治療法」に依拠したと考えられる。ポー作品との相違点から、「愛の眼鏡は色ガラス」では、強い政治信念を持つ人間が誇大妄想に囚われやすいことや権力が見せかけの自由を与えて支配を隠匿していることが主題にされていると考えられる。
 最後に、公房によるポー作品の摂取やポー作品に関する言及をまとめ、公房が欺瞞や幻覚のモチーフ、および仮説の設定という発想法を好んでいたと指摘した。


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