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短編小説『ときよりの庭』                

あらすじ
時空を越えて、人の想いをつなぎ合わせると言われている「ときよりの庭」
その庭は、人の想いが重なる時にだけ、この世界にあらわれるという。

29歳の誕生日を前に恋人・高谷健太郎の連絡を待つ水葉あおい、雨の公園で出会った不思議な年下男性・壮史。

「想い」「願い」「祈り」それぞれの意思が、時空を超えた「ときよりの庭」で交差してゆく 不思議な奇跡 のストーリー。

14000文字ですので20~30分で読めます。


【ときよりの庭 ~あおいと壮史・そして健太郎~】


1 あおいの願い


『ごめ、忙しくて』
目覚めと同時に見た、スマホの通知画面。
怒りにまかせて振りかぶると、スマホを枕に叩きつけた。

1日以上待たせておいて、夜中の2時に返信って何?しかも『ごめん』じゃなくて『ごめ』って・・・。

6月も半ば、29歳の誕生日を間近にひかえた水葉あおい(みずは あおい)にとって今日は、最悪の目覚めとなった。

同い年の恋人・高谷健太郎(たかたに けんたろう)の仕事が忙しいのはわかっている。
この数週間で、彼の夢であった脚本家としての初仕事が決まるかどうかの瀬戸際らしいこともわかっている。

出会ったころからメールの返信が遅い健太郎とは、何度も、そのことで喧嘩を繰り返してきた。しかし、ついに返信に2日を要するまでになってしまった。

私だけが、何もかも我慢しないといけないの?

窓をのぞくと、空もようは曇り。たしか天気予報は午後から雨と言っていた。
この時期は雨が多い。雨は嫌いだ。服を濡らすという単純な理由で。
雨が好きな人間は、大人ではあまりいないだろう。

コーヒーメーカにスイッチを入れる。
「はあっ、どーゆうこと?」
作動しない。電源ランプもつかない、故障したの?

「まったくもう、どいつもこいつも・・・」

ぶつぶつ呟いていると、時計の針が容赦なく進んでいるのに気づいた。
「あわわわっ」

朝食をとる時間はなさそうだ。出勤にむけて、手早く支度にかかる。スーツに身を包み、ファッション誌と「デザインの基礎」と書かれた本を鞄に押し込む。

今のデザイナーの仕事は大好きだ。
たとえ健太郎とどうなろうとも、私には大好きな・・・仕事が、ある。

2 あおいと壮史の出会い

 

今日も仕事終わりまで待ったが、健太郎からの連絡はない。
予報通り、午後からは雨が降りはじめた。

緑の傘を広げ、気分転換にいつもと違う道から帰っていると、公園を発見した。ただ、ここは公園というより庭園に近いかもしれない

緑の木々に彩られた公園には、数多くの外灯があり、日暮れの公園を逆に演出している。
不思議な雰囲気を感じる場所だが、それは怖いとかそういったものではなく、なぜか立ち寄ってみないといけない場所。そう感じる。

雨の庭園を探索していると、屋根つきの洒落たベンチをみつけた。そこにも外灯が2つほどあり、雰囲気がいい。

ベンチの真ん中に、一人の男性が座っていることに気づく。仕事帰りなのだろうか、スーツ姿の男性だ。しかし、自分が見慣れたスーツとは、どこか違う。
 顔は私好みだけど、すこし幼いかな。印刷された紙の資料らしきものを熱心に見ており、見た感じは20前後に見える。

「ねえ、何を見ているの?」
なぜだか分からないが、気づいたら、いつの間に声をかけていた。

「脚本の資料ですよ」
「脚本!?」
「僕、脚本家なんです」

返事のトーンから、気さくな性格なのだろうとわかる。突然話しかけた私を警戒もせず、職業まで話してくれるとは。
それに、思っていたより落ち着いた声だった。

男性とは少し距離を置いて、ベンチに腰を下ろすと、傘の雨を払ってベンチに置いた。コンビニで買ったコーヒーにストローを刺す。

(こんな若いのに脚本家ってなれるんだ、それに比べて健太郎は・・・)

「すごいね、脚本家だなんて」
「そんなことないですよ」
「ご、ごめんね。お仕事の邪魔しちゃって」

なぜか自然と、また話しかけてしまった。私は、慌ててストローに口をつけると横目で男性を見る。

「いいですよ、僕もちょっと考えが煮詰まってて・・・、すこし休憩しなきゃと思ってたとこなんです」

男性はおどけたように困った顔をして見せると、視線を合わせる。

(なぜ?)

その合わさった視線には、ふしぎな感覚があった。懐かしさと、さみしさを足したようなものが。ゆっくりとストローの先が、口元から離れる。

『ねえ、どこかで会ったこと・・・?』
同じ言葉を、ふたり同時に言っていた。

「あっ、いや、ごめんね」
私がそういうと、男性はぼんやりと庭園に降る雨を見つめ、両手をあげてのびをした。

「時々、こんな感覚ってありますよね」

なぜか話しやすいな、この人。そう思っていると
ピロピロリンッ!
ポケットでスマホが鳴る。

(健太郎!?)

慌てて取り出し画面を見ると、広告のメールだった。ふうっ、つい大きなため息がでてしまう。

「ぷははっ!」
ため息を吐くと同時に、男性の吹き出す声が聞こえた。

「あはは、ごめんなさい。ビックリした、今どきスマホを使っている人がいるんだ」

待ってほしい、ビックリしたのは私だ。
どうして、メールの着信確認ごときで、吹き出してまで笑われないといけないのだ。

(しかも「今どきスマホ」って何なの?。実は頭おかしい人?いや脚本家って、やっぱり変な人が多いの?)

「スマホもそうだけど、ファッションも20年くらい前に流行ったものでしょ?お姉さん、古風な人ですね」

男性は屈託なく笑っている。その笑顔を見ていると、なぜか、くすぐられるような可愛さをおぼえてしまう。
そのせいか、ついついファッションの指摘については許せてしまった。

ただ『お姉さん』と呼ばれることには、違和感、いや不思議な嫌悪感さえもおぼえる。

「お姉さん・・・か、君から『お姉さん』と呼ばれるのは、ちょっとへんな感じがする。ねえ、私は『あおい』って名前なの」

一瞬、男性の口がポカンとひらく。

「あおい、さん?だったら、僕も・・・、あおいさんから『君』って呼ばれるのは変な感じがします。なぜだろう。僕は壮史(そうし)って名前です」

「壮史・・・くん?」

「そう、壮史くん。あと、僕の母さんも『あおい』って名前なんです。やっぱり古風な人だな、あおいさんは!」
「何その、へんなこじつけ」

雨の公園で、この男性、いや壮史としゃべっていると変な感覚にばかりつつまれる。
嫌なものではないが、とても不思議な感覚だ。

『メッセージ1件、取得』

突如、雨音を消すように、壮史のブレスレッドから女性の声が鳴った。
「ああ、ごめん。通信を切ってなかった」

壮史は、ブレスレッドをトントンッと指先で叩く。
自動的に、返信作業が行われているようだ。

「すごい、最近はそんなタイプもあるんだ。お洒落」
「最近?5~6年前のやつですよ。母からの誕生日プレゼントなんです」「そうなんだ、知らなかった」
私は口先だけ尖らせて、視線をブレスレッドに向ける。

(そういえば、健太郎にあげた去年の誕生日プレゼント、似たようなブレスレッドだったな・・・)

公園の樹木に、再び視線を戻す。外灯が、葉から流れ落ちる水を照らしている。

壮史はファイルを資料に入れると立ち上がった。
「さ、そろそろ帰らなきゃ。母の食事の支度をしないといけないんです、バイバイっ」

壮史は手を軽く振って、勢いよく傘をさすと雨の中を走っていった。

3 壮史の想い、と 母・あおいの祈り



壮史はドアの前で、眉を一瞬ひそめる。しかし、すぐに笑顔を作る。『よし!』と、決意を込めるとマンションの玄関をひらいた。

「おかえり」

相変わらずの暗い声だが、感じはいつもより良さそうだ。今日はめずらしく部屋の灯りが付いている。しかし、カーテンはしまっておらず、窓ガラスには無数の雨のしずくが流れ落ちている。

「ただいま、母さん。お昼ご飯、ちゃんと食べた?」

流し台をみると、朝に用意しておいた昼食は半分ほど残されたままだった。部屋の様子に変わった感じはなく、奇麗に片付けられているが、逆に、それが寒々しくも感じる。

外の天気は雨。くらい水底のような雰囲気のリビングで、母はテーブルに顔をふせていた。母の傍には元気だったころの父の写真と、空の缶ビールが2缶。

(昨日までは3缶飲んでいたから・・・きょうは調子いいのかな)

足音を立てぬように、そっと1缶ずつ流し台へと運ぶ。マンションの裏を走る鉄道の音が、必要以上にうるさく響く。

1年前の今頃、雨の日。今日のような雨の日。
僕の父は交通事故で重傷を負った。命はとりとめたものの、二度と意識が戻らぬ状態になった。今も、病院の生命維持装置につながれた状態だ。

父(母からすると夫)の変わり果てた姿に、母は狼狽し、病院のなかであるにもかかわらず絶叫した。
そこから、日に日に「夫のいない世界」に心を削り取られていくように、生きる力をなくしていった。熱心にうちこんでいた、デザイナーの仕事も辞めて、引きこもってしまった。

自分で言うのもなんだが、僕という存在がなければ、母は精神を壊していただろう。

「母さん」
「・・・」

「今日ね、母さんと同じ名前の人と知り合ってさ、ほら、あの『ときより公園』て所のベンチで」

「・・・」

「その人、彼氏からメールの返信がこないのを、気にしてた感じだった」
「・・・壮史、初対面の人と、そんなことまで喋ったの?」
「喋ったんじゃなく、そんな感じだった、てこと」

(そんなことまで喋ったの、って・・・)

母の口癖は『まずは、自分から心を開いて、自分のことを語れ』だった。

『気さくな、誰とでも話をうちとけられる性格になれ』と何度も聞かされた。なので、つい余計な事まで喋ってしまい、損をしたことも多い。


さらには『女性に対してマメであれ』と僕をしつけた。なので、僕のメールの返信は即返しであるし、女性の感情の変化に、並みの男よりは敏感に気づくほうだと思う。

この母の教育は、どうやら父の結婚前の母への素行の悪さが原因らしい。

母の教育の成果なのか『壮史くんって、いい人よね』とは、よく言われる。しかし『いい男ね』と言われたことは、残念ながらまだない。

雨の音が、今日はいつもより大きく聞こえる。
カーテンを閉める。もう一度、テーブルに顔を伏せたままの母に視線を戻す。

「ごめんね、壮史。わかってる。もう少ししたら、お風呂にちゃんと入る」「ご飯は、すぐに準備するから」
「うん、ありがと」

4 都市伝説「ときよりの庭」




 【ときよりの庭】

都市伝説の発祥は江戸時代とも平安時代ともいわれている。


「ときよりの庭」は過去・現在・未来。それぞれの人の想いをつなぎ合わせると言われている。

この「ときよりの庭」は、まるで人のように明確な意思をもっており、それはこの庭をつくったという人物「淡路時頼(あわじのときより)」なる者の意思であるという。しかしその、淡路時頼については名前が伝わっているだけで全てが謎である。
 

「ときよりの庭」は庭の意思と人の意思が重なる時にだけ、この世界にあらわれ人をつなぐという。

伝えたい想い。かなえたい願い。思いを込めた祈り。そのようなものが重なり合う時、人は時空を超えて「ときよりの庭」で出会う。


筆者は、その「ときよりの庭」で不思議な体験をした人物と、実際に出会い、話をきいたことがある <次のページへ>



 「はあ~、嘘くさすぎる作り話ね・・・」

 あおいは、インターネットの画面を落とし、PCの電源を切る。気分転換にネットを眺めていたが、つまらない記事ばかりで、よけいに気分が暗くなった。

会社では、1人1台のPCが与えられていて、インターネットの閲覧は自由に出来る。雨が小降りになるまで、終業後、こうやって時間をつぶしていた。

スマホを手に取るが、健太郎からの連絡はない。
最後のメール『ごめ、忙しくて』以降もう6日も経っている。正直、限界が近づいている。

(忙しいからって、ここまで連絡くれないなんて)

外は、もうすっかり暗くなっており、くすんだ表情の自分が窓ガラスに映っている。小降りになった雨がビル街に降り続けていた。

5 あおいと壮史 誕生日の夜に『彼』は来るという

 
ガゴン。

コンビニで買った缶ビールを、外灯の下のゴミ箱に投げつけた。地面に落ちた缶からは、飲み残しのビールがこぼれ出て、地面に出来た水たまりに交じっていく。
あおいの目にも、うっすらとだが涙が溜まりつつある。

スマホのメール画面をみる。やはり『既読』もついていないまま、多くの送信メールが並んでいる。会社を出て、思い切って電話してみたが『電源が入ってません』とのこと。

昼間、友達に相談したところで『メールの返信とかって、人それぞれだからね。何か事情があるかもしれないよ』と軽くあしらわれた。
そうじゃない、きっと健太郎は、私のことなど、どうでもよくなったのだ。

(そういえば、明日、私の誕生日だ。なのに、このまま・・・)

(健太郎の気持ち、私は信じたいのに)

「こらっ、何をしてるんですか!」
声のほうを見ると、壮史が悪戯っぽい笑顔で立っている。緑色の傘をさし、この前と同じスーツ姿に、ファイルケースを持っている。

「ときより公園は、ボランティアの人たちが善意で清掃してるんです。汚さないで欲しいなあ」

壮史は、雨に打たれているビールの空缶を拾うと、飲み残しをすてゴミ箱へいれる。

「で、あおいさん、どうしたんです?こんなとこで、ビール缶に八つ当たりしてるなんて」
壮史は間を少し取り、傘の水滴を払うと、あおいの隣に座った。

「ごめん、変なとこ見つかっちゃった。缶は、ちゃんと後で拾うつもりだったの」
「わかってますよ」
ファイルから資料を取り出す壮史に、そう返された。

日がくれた公園では、木の葉には雨音がポトポトと落ちる音が響いている。

「雨がふると、ここに来ないといけない。なぜか、そんな気分になるんです」
壮史は、目の前にある濡れた木の葉をつまみ、言葉をつづける。

「あおいさん、彼氏さんから連絡がこないんで悩んでるんでしょ?」
「ど、どうしてわかるのよ!?」

「そんなの、この間からの様子をみていれば、すぐにわかりますよ」
私は肩をすくめると、下を向いた。風が吹くと、小さい雨粒が顔にあたる。

しばらく書類をながめていた壮史が、思い切ったように口を開いた。

「あの、気休めかもしれないんですけど、軽いきもちで話をきいてくれませんか?」
「なに?」

あおいは公園に降り続ける雨をながめながら、首を傾けた。

「これは、母の結婚前の話なんですけど」
「えっと、たしか・・・、お母さんも『あおい』さんだったよね」
壮史は大きくうなずくと、話をつづける。

「父もメールの返信がすごく遅い人だったらしいんです。父の仕事が忙しくて一週間ほど連絡がつかない時があったらしいんです」
「一週間も!?」

「母は、それはもう気が狂いそうだったって」
「それはそうよっ」

「これ、オチがあって、実は父のスマートフォンが故障していただけだったんですって」

「そ、そんなの、どうにかして連絡できるじゃないの!PCメールもあるし、いざとなったら会社に電話だってできる。いったい何考えてるのよ!」

バンッ!
怒りがわきあがり、ベンチを手のひらで叩いてしまった。

「・・・あ、ごめん、つい興奮しちゃって」
壮史はにこやかに『大丈夫ですよ』という感じのリアクションをとっている。

「でも、父のほうも本当に大事な仕事をかかえていて、スマートフォンを修理に出す時間もなかったんだって言ってました」
「・・・」

「おまけにその時は、あわてて階段で転んだりして、手首とヒザを骨折していたそうです」
「ふふふっ、手足を骨折してたんだ。でも、本当に忙しい時は、なんの余裕もなくなるもんだよね」

「で、連絡が取れなくなって1週間目が母の29歳の誕生日だったらしいんですけど。
その誕生日の11時58分に、母の部屋に父がやってきて・・・、夜の11時58分ですよ」

「誕生日ギリギリに、お母さんのところに来たのね」

「そう、そして『誕生日、おめでとう。あおい、俺の脚本が映画になる!』って叫んだそうです。まあ、近所迷惑な話ですけどね」

「すごい、面白いお父さん!」
目を大きく開いて壮史を見る。ただ、彼の言葉に気になる点がある。

「ねえ、『俺の脚本が映画に』って・・・お父さん、言ったの?脚本家なの?お父さんも」

「そうです・・・、僕の父も、・・・脚本家だったんです・・・」
今までテンション高くしゃべっていた壮史。しかし、声のトーンが大きく下がり、彼の気持ちが沈んでいくのが、私にもわかった。

2人の耳に、今まで聞こえていなかった雨音が、ふたたび聞こえはじめる。

壮史はうつむくと、急に目頭を押さえ、片手にファイルを持って立ち上がった。

「だから・・・、本当、き、気休めかもしれないけど・・・、ごめんなさい」
「あっ、えっ、どうしたの?」

どうしていいか分からずにいる私は、言葉を上手く返せない。

そのまま壮史は、私に背を向け、走り去っていく。

横を見ると、彼が忘れていった緑の傘が目に入った。
(また、ここに来れば、彼に会える気がする。傘は預かっておこうかな、でも、いいデザインの傘ね・・・)

手に取ると、緑の傘には刺繍で名前が縫ってある。
『Soushi Takatani』(そうし たかたに)
た、か、た、に?

健太郎の名字も高谷だ。高谷健太郎。

雨粒が公園の木の葉を打ち付ける。その音が必要以上に大きく聞こえる。

雷鳴が遠くで鳴り響く。と、同時に会社で見た都市伝説のネット記事を思いだした。

―――時空を超えて、人の想いをつなぐ、『ときよりの庭』

(時空を超えて、想いをつなぐ・・・)

たしかさっき、私の投げたビールの缶を捨てながら壮史はこう言っていた。『「ときより公園」はボランティアの人が清掃している』と。そうしたら、この庭園の名前は「ときより公園」っていうの?

―――ときより公園・・・・・・、ときよりの庭。

もう一度、目もくらむような光があおいを包む。大きな一筋の雷が、枝分かれしながら夜空を走る。

(壮史くんのお父さんは脚本家で名字は高谷さん、お母さんの名前はあおいさん)

(壮史くんの父・高谷さんは、母・あおいさんの29歳の誕生日前1週間、忙しくて連絡できなかった)

これって、今の私の状況と同じ・・・。

(その誕生日の夜11時58分
壮史くんの父である高谷さんは、母・あおいさんの元へ脚本家になる夢をかなえてやってくる)

健太郎が、私のとこにくる・・・?

(明日は私の誕生日。今日は高谷健太郎と連絡がとれなくなって6日目)(今、高谷健太郎は脚本家としての初仕事がとれるかどうか?の瀬戸際)

壮史と出会った日から、「何か」が、ちぐはぐでおかしかった。

(はじめて会った時、壮史くんは私のファッションを『20年前のもの』と言った)

というならば。

(壮史くんは、20年先の未来から来た私の息子ってこと?この場所が、今と未来をつないでいる「ときよりの庭」なの?ありえない、そんなこと・・・)

私は、緑の傘を手に握りしめ、遠くひびく雷鳴と、庭園に降る雨を見つめ続けていた。

6 壮史と母・あおい 、父の想い


 僕は泣き顔を見られたくなくて、走ってあおいさんの元から逃げ出した。あおいさんを前に、今の父の姿を思い浮かべると、なぜか涙があふれて来たのだ。

傘も忘れて走ってきたから、頭のてっぺんから靴の中までびしょ濡れになっている。幸い、脚本の資料は、高性能ファイルケースに入れているので、全く問題ない。スーツも5分あれば乾くタイプだ。

マンションの入り口から自宅へ、エレベータで上がっている。
壁の『このエレベーターはH2クリーンエネルギーで動いています』の表示をながめる。このわずかな時間で靴はしっかりと乾燥し、靴下も不快感がない状態にまで乾いてきている。

また、自宅の扉の前に立ちどまる。笑顔をつくり、『よし』と気合を入れてドアを開ける。

「おかえり」
聞こえてくる声に力がある。ずいぶん聞いてなかった母の力強い声だ。

どことなく、昨日までの部屋の空気と違う。暖かみのある照度に調整された灯りが付いていて、おだやかなBGMが流れている。
カーテンはきちんと閉められていて、リビングのテーブルをみると、奇麗に片付けてあり、ビールの空き缶はない。

母はキッチンに立っていた。
「ど、どうしたの?母さん」

「冷蔵庫の中のもので、おかず作っといたから。メッセージ送っといたでしょ?『夕食は準備しとくから』って」

「ごめん、気づかなかったよ」

ブレスレッドを見ると、小さな赤い点滅がある。雨の中を走っている時に母からのメッセージを受信したのだろう。

「壮史・・・、今までごめんなさい」
「えっ?」
背中越しだけど、母は確かにそう言った。

「そ、それはいいんだよ、仕方ない事だから」
僕は、両手のひらを前に出し、あわてて首を左右に振る。

「ねえ、お母さん変なこと言うけど、笑わないで聞いてくれるかな」「何?」

「夢の中に、出てきてくれたの、今まで一度もそんなことなかったのに」「お父さんが?」

「う・・・ん」
「・・・」

「夢の中で、夢の中でね・・・、お父さんが、『こんなことしてる場合じゃないぞ』って言ったの」

「夢の中で、それだけ?」
「うん、一言だけ」

母は泣いているようだった。しかし、僕に語りかける言葉には確かな意志があった。

「壮史、どういう意味なんだろ。私にしっかりしろって言ってるのかな?それとも」
「それとも?」

「『俺自身もこんなことしてる場合じゃないぞ』、って言いたかったのかな・・・、健太郎は 」
「・・・」

今日の母はスポーツブランドを着ている。昨日まではスウェットだった。リビングの隅にはストレッチ用のマットが敷かれている。

「壮史、今までありがとうね。お母さん、しっかりするからね」
僕は、年甲斐もなく母にかけ寄ると、抱きよせ声をあげて泣いていた。

7 「11時58分」


29歳の誕生日

私が、こんな気持ちで誕生日を迎えたことは一度もない。そして、今後も絶対にない。

とうぜんながら、仕事も全然手につかなかった。定時を待たずに、帰宅を決意した。

「すみません、体調がすぐれないので早退します」
大丈夫?という感じで上司は心配してくれた。どこにも寄り道をする気になれず、自宅までまっすぐ帰った。

アパートのエレベータが故障しており、3階の自分の部屋まで、階段を歩いて昇る。いつもなら文句を言いたい所だが、今日は時間を少しでもつぶしたかったので、丁度良かった。

夕食はカロリーメイトで済ませることにした。とても、ご飯を食べる気になどならない。

とにかく、落ち着かない。

(壮史くんは、未来の私の息子?)
(本当に私は、未来の自分の子供と、あの庭園で話をしたのか?)

何度も何度も、彼の話を振り返る。ゆっくりと頭の中を整理しながら。

はじめて会った時、彼は私のファッションを『20年前のもの』と言った。ただ、私はデザイン業界にいる、流行には敏感なのだ。絶対にそんな、今から20年前のファッションなどしていない。

彼が身につけていた『母親からプレゼントされた』というブレスレッド、あれは私のセンスと一致する。私が息子に贈るとしたら、間違いなくそれを選ぶだろう。

何より気になるのが、彼が忘れていった、この手元にある緑色の傘。
これも私のセンスだ。未来の私が彼にプレゼントしたものに違いない。何度も確認する、彼の傘に刺繍で縫ってある名前。

『Soushi Takatani』(そうし たかたに)

壮史の名前は「高谷 壮史」。私と健太郎の、将来の子供なの?。

彼の母親の名前は、私と同じ『あおい』
彼の父親は脚本家で、メールの返信が遅い。健太郎は確かにメールの返信が遅い。

彼の父は、彼の母・あおいの29歳の誕生日の前1週間、忙しくて連絡できなかった。

その母の誕生日の夜11時58分、壮史の父は、壮史の母・あおいの元へ脚本家になる夢をかなえてやってくる!


今日は私の29歳の誕生日。

健太郎と連絡がとれなくなって今日で1週間。
今、健太郎は脚本家としての初仕事がとれるかどうか?の瀬戸際・・・のはず。

そして。
過去と未来をつなぐという『ときよりの庭』の都市伝説。

私と彼が出会ったのは、彼が言うには『ときより公園』というらしいけど、私の感覚としては、公園というより、あそこは庭だ、庭園だ。

ときより公園は、時空を超えて人をめぐり合わせる『ときよりの庭』なの?。

しかし、ありえない、常識的にあり得ない話だ。未来の息子と会い話をするなんて。

それでも、「ときよりの庭」が都市伝説だとしても、たとえ嘘だとしても、今日の11時58分になれば全てがわかる。


部屋の掃除も終わってしまった。
今月のファッション誌も、買っておいた分は全て、すみずみまで読んでしまった。何日か先の、おかずの作り置きまで、つくってしまった。
さて、これからどうやって、11時58分まで時間をつぶそう。

そうだ、見たかった映画が何本もあったんだ。
私は、新しく買ったコーヒーメーカーを作動させる。ソファーに深々と腰をおろし背伸びをしていると、コーヒーはすぐに完成した。
カップにコーヒーを注ぐと、壁掛けのディスプレイの電源をいれる。


1時間が1日より長く感じる。それでも、その1日に感じる1時間というものを私は、辛抱強く通りすごした。

1本1本の映画を、内容が頭に入らぬままに見続けた。

ついに最後の映画。夕方から立て続けに5本見た。その終わりが近づいてきている。時計を見ると11時58分まであと10分。
ここまで、来た。

壁掛けの大型画面で見ているのは、騎士が、お金をもらって悪人を暗殺するというシーンだ。画面ではトランペットのBGMに合わせて、騎士が悪い貴族を刺し殺している。
騎士の決めセリフを残して映画はエンドロールへ入っていく。心臓の音が自分でも聞こえる。足が震えてくる。

ついに映画は終わってしまった。あと8分。テーブルに置かれたスマホの時計表示をにらむと、一瞬だけ目を閉じてみる。
私は足の震えを両手で必死におさえている。

本当に、健太郎は来てくれるの?
生きている心地がしない。

あと4分。玄関の外の気配に耳を澄ます。ドッドッドッドッ。自分の心臓の音で、もはや何も聞こえない気がする。
健太郎。近くまで、来ているんだよね。

あと2分。
過呼吸におちいりそうなくらいに緊張している。
健太郎。そろそろ、足音ぐらい聞こえてきても良いんじゃない?

11時58分。
止まりそうな心臓が、凄い音を出している。
玄関を叩いて!ドンドンとドアを叩いて、私を呼んで!
健太郎!

 


11時59分。

時計の表示は『11:58』を終えた。

(やっぱり・・・)
少しづつ、いや一瞬で、すべてが冷めた。
冷え冷えにさめた。

立てないくらいに震えていた足は、もはや力も入らない。心臓の音も、静かになっていく。
視界が、真っ白になりそうだ。

(そうだよね・・・)

天井を見上げて、背中から後ろ向きにベッドに倒れこんだ。

(ははは・・・、あははは・・・)

私、何やってんだろ。
会社を早退してまで・・・。

いい歳した大人が、ネットの情報を、都市伝説とか真に受けちゃって。自分に都合いい偶然を組み合わせて、未来から来た自分の息子だって?

馬鹿みたい。
もう、すべて終わっちゃったんだ。

健太郎の、馬鹿。



・・・

・・・


・・・ぃ



・・おい



あおい!


・・・健太郎の声が聞こえる。幻聴?私、頭おかしくなったのかな?


「あおい!」


間違いない!これ、健太郎の声だ。

どこにいるの?健太郎!
冷え切った体に、熱が戻ってくる。

ベランダ?振り返る。いない。違う。

部屋の玄関を開き、通路に出る、声が聞こえる。
下。

いた、健太郎。

アパートの入り口に右手を包帯でぐるぐる巻きに、片足をギブスで固め松葉杖をついた健太郎が立って叫んでいた。

玄関のデジタル時計がさす時刻は、まだPM11時59分19秒だ。

「馬鹿っ!なにやってんのよーーーーっ!」

絶叫した。発狂しそうだ。

これ、これって、この状況って。
靴もはかず、裸足で走った。

転びそうになりながらも、3階から1階への階段を一気に下り、たどりつく。
顔を見る前に、平手打ちを3発お見舞いし、もうやけくそになり右足で腹を蹴った。健太郎は「うぐぐぅ」とうめき、胴体を折り曲げうずくまる。

「もおっ、大声出さないでっ!近所の迷惑でしょ、常識がないの?」

息を切らしながら見下ろす私の肩に、使えるほうの手をかけ、健太郎はしっかりと立ち上がってきた。

あれだけ私に迷惑をかけておきながらも、おそらく、今彼は人生でかつてないほどの、自信に満ちた誇らしげな表情をしているに違いない。
悔しい。すごく悔しい。何なのよ。

それでも、まぶたがすごく熱い、涙で健太郎の顔が見えない。
ねえ、健太郎?人間って怒りで泣くの?

気持ちがかき混ぜられすぎて、もう私は、何が何だか、わからないよ。

私は健太郎の顔を見ないといけない。
右腕の袖でしっかり涙をぬぐうと、そこには最高に憎たらしい彼の笑顔があった。


「誕生日、おめでとう。あおい、俺の脚本が映画になる!」

「ああああああああああっ!馬鹿―――――――!」

彼の顔をしっかり確認して、もう1発平手打ちをした。しかし、健太郎は私に向ける、その笑顔をくずさなかった。

「あおい!静かにして、ちょと、近所迷惑だから」

「あんたが、あんたが悪いんじゃないの!馬鹿野郎!」
私は、人生で今まで流したことのない大量の涙を流しながら叫んでいた。

フッ、モゴモゴ、モゴモゴ・・・

しかし、健太郎の胸倉をつかみ、深夜のアパートの入り口で泣き叫ぶ私は、すばやく口を押えられていた。

そして、気持ちが落ち着くまでしばらくの間、
片手片足が包帯巻きという不自由な体の健太郎に、ややおかしなカタチで、つよく抱きしめられていた。



 健太郎を部屋にあげると、あたたかいコーヒーを淹れてやった。

 顔を氷で冷やしながら、彼は何度も謝りながら、私に話してくれた。

聞くところによると、脚本の映画化が決まりそうになった1週間前、スマホが壊れて連絡が取れなくなった上に、階段で転び手足を骨折したとのこと。映画の関係者とのやり取りのために、すべて自ら出向き、仕事のやり取りをしていたらしい。

どうしても私の誕生日に間に合わせようとアパートにたどり着いたが、ヒザの骨折で階段を上手く登れず、3階まで上がることをあきらめて、11時58分から大声で私を呼んでいたと。

「ふうっ、健太郎、あんたってば・・・」
馬鹿だ、この男は。将来、結婚して男の子が生まれたら、このような野郎にならないように育てねば。

コーヒーを飲みながら、健太郎を睨みつける。
「ねえ、この1週間の私の気持ち、どう責任とってくれるの?」

ニヤリと彼は笑った。私は、変なことを聞いてしまったようだと後悔する、嫌な予感がする。

「あおい、君を一生、責任をもって守ることを約束するよ」

「・・・」

これはもう、私の負けなのか。

あきらめて、ゆっくりと、視線を合わせると、肩のちからがスッと抜けた。

頬の緊張がやわらかく、解きほぐれていく。

健太郎・・・、こんな誠実な顔もできるんだね、そう思った。

「うん、ありがとう」
朝まで、とうとうと彼に文句を言いたかった。しかし、ふいに、この前の壮史の様子が気になってきた。

別れ際に壮史は、父は脚本家だったんですと、言った。
脚本家『です』ではない、脚本家『だった』と言ったのだ。そしてそこから、彼は明らかにトーンがさがり、様子がおかしくなった。


ひょっとしたら、私が先に健太郎を守らないといけないのかもしれない。
もう一度、「ときよりの庭」へ、私はいかないといけない。

8 あおいの決意と、壮史 ~最後に交わる時のなかで

「ときより公園」で、再び会った壮史を前にあおいは、彼の目を見つめる事しかできなかった。
静かな夕暮れの、このきれいな庭園に、雨はもう降っていない。

世界には、まだ辞書にのっていない、言葉にもなっていない、不思議な感情がいくらでもある。

抱きしめられるようで、そうしてはいけないもの。
嬉しい、悲しい、おどろき、さびしさ、熱さ。それらが、すべて混じり合ったようなもの。
あおいは、今まで生きてきて初めて、しかし二度と再現されることのないであろう、この感情のなかにいた。

「どうしたんですか?あおいさん、顔がすごい変ですよ」

そう語り掛ける壮史は、この前別れた時とはちがって、弾むような空気をまとっている。見るからに嬉しそうな顔をしている。

「傘を、傘をわすれていたよ、この前・・・」
良かった。声を出せた。うまく喋り出すことが出来た。

傘を差しだす。彼の名前の刺繡がしてある傘。

壮史の名前は「高谷壮史(たかたにそうし)」
・・・私の息子の名前だ。

「ありがとう、傘。あれから探しにきたんだけど、みつからなくて。やっぱりあおいさんが持っていてくれたんだ」

「ねえ、この傘。これも、壮史くんのお母さんからのプレゼントでしょ?」
「えっ?なぜわかるんです?」

「壮史くんのプレゼントに、そのブレスレッドを選ぶ人なら、その傘も選ぶかなって」
「すごい観察力ですね」
そう言われて、私は、壮史の目を見つめると、おどけるように首を傾ける。

「あおいさん、彼氏さんとは、上手くいったみたいですね。顔つきを見ればわかります!」
「うん、ありがとう、本当に」
「良かったです」

「ねえ、壮史くん。聞きにくいこと聞いていい?」
「・・・」
「聞くね?」
「・・・はい」

「お父さん、何かあったの?この前の壮史くんの様子、ぜったい変だったから」
「・・・」
「力になれるかわからないけど、教えてくれないかな」

少しの沈黙の後、彼は目の前にある木の葉を数えるように触れながら、ゆっくりと話をしてくれた

「父は、1年前に交通事故にあったんです。命はとりとめたんですけど・・・まだ、意識が戻らなくて」
 あおいの背筋に冷たいものが流れ落ちた。嫌な予感はしていたが、やはりそのような事だったのか。

「そう・・・なんだ。ごめんね、悪い事きいちゃって」
壮史は、静かに目線を落としたままで、首を左右に振る。

「母も、それからずっと落ち込んでて、大好きだったデザインの仕事もやめちゃって」
「・・・」

「でも、最近、少しづつ元気になってきたんです。なぜか、あおいさんに最初に会った日から!今日なんか図書館に行ったらしくて」

「・・・お母さん、きっと大丈夫だよ」
私の言葉に、壮史は力強くうなずいた。

「ねえ、お父さんが事故にあった日って覚えてる?」
「は、はい、ちょうど1年前の今日でした。母の誕生日の翌々日なので忘れるわけないです」

「1年前の今日かぁ・・・、あっ」
私はすっとぼけたような声を出す。
「え~と、今年って西暦何年だっけ?たまに忘れちゃうのよね、20代も後半になると」

「もう、真剣な話をしてるのに、何言ってんですか?今年は『2045年』に決まってるじゃないですか」
「わかった、ありがとう」

スマホを取り出すと、メモアプリに『2044年』と『その日付』をしっかりと書き込み、ロックをかけた。家に帰ったら紙のメモにも書き写そう。

「・・・よく頑張ったね。お父さん、わたしが助けてあげるから」
「えっ?」

未来のその日、健太郎を家から出さなければ・・・。健太郎が交通事故に会うことはない。
気が付くと、私は壮史をつよく抱きしめていた。
「あ、あおいさんっ、どうしたの?」

急いで体を離す。
「壮史、ごめんなさい、ありがとう。健太郎は私が守るから、大丈夫だよ」

小さい声でつぶやいたが、壮史には聞こえたようだ。
「ど、どうしてお父さんの名前を?」

私に突如抱きしめられ、しかも父の名前まで口に出され、壮史はパニックにおちいっている。そこへ彼のブレスレッドから女性の声が響いた。

『メッセージ1件、取得』

壮史のブレスレッドが赤く光る。
「父の病院から連絡だ、なんだろう。『至急・折り返し、連絡ください』だって」

壮史は、トントンとリズムよくブレスレッドを叩いている。病院と連絡をとっているのだろう、きっと、私の知らない未来のテクノロジーだ。

そうしているうちに、彼の様子が、明るいものに変わっていく。

「あおいさんっ、病院から、父さんの意識に反応があったって!意識が戻りそうだって!」
壮史は子供のような笑顔で私をみている。

「早く、お母さんと病院にいってあげて」
「はい、母にも伝えます。ひょっとしたら、母にも病院から連絡が行っているかも!」

壮史の弾むような声を聞くと同時に、泣くような小さな風が「ときより公園」に吹くの私は感じた。
ふいに、壮史に背中を向けた。

時空を超えて、人の想いをつなぐ、『ときよりの庭』
ここでの私の使命は、未来の健太郎を、いや自分の愛する家族を救うことだったのだ。

もっと、もっと壮史と一緒にいたい。
いろいろなことを話したい。

どんな子供時代だった?
学校はどうだったの?
お父さんとお母さんは仲良しなの?

でも、それはしてはいけない話のような気がする。
おそらく、この庭で彼と会えるのも、今日が最後だろう。

私は、気持ちを決めて振り返る。
無理やりに口を動かし、息を吐きだしながら言葉にした。

「壮史くん、私・・・、そろそろ、行くね。ちょっと、予定があるんだ」

「あおいさん、また会えますよね?あおいさんって、僕にとって奇跡の人ですよ」

「そうだね、また、すぐに会えるよ」

私は頬の筋肉を必死にうごかして、笑顔をつくる。

上手く笑えたかな、と思った時、今までの人生で流した涙より一番熱い涙が、ひとつぶ頬をつたった。

目線を外すと、公園の出口のほうへ歩き出す。

「がんばれよっ。壮史くんも、お父さんも!」
雨の降っていない空に向かって手を振ると、未来の息子にきこえるように、私は元気に叫んでいた。

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