誹謗中傷でも複雑性PTSDにはなる。
発達障害への誹謗中傷が原因で15歳から23歳まで入退院を17回繰り返した私。
14歳のときにとある少年犯罪と発達障害についてのルポを読んで私の人生は一変した。神戸児童連続殺傷事件や2000年代に起きた少年犯罪を調べつくす10代が始まった。
調べていてちっとも面白くないし、言葉の刃が降りかかる感覚があった。
ああ、私は人を殺すような危ない人間だ、と思われているんだ、世間から。10代の私は常に憂鬱と苦痛と悲しみが溢れていた。
図書館に行って少年犯罪の本を調べ、そのたびにフラッシュバックし、何度も死のうとする。発達障害への誹謗中傷を目撃するたびに何度も首を吊ろうとした。
発達障害への誹謗中傷が原因で解離性障害・複雑性PTSDを発症するまでの日々、今までの人生ままならなかった。
複雑性PTSDと誹謗中傷というワードについて、小室眞子さんのケースを思い浮かべる人も多いだろうが、眞子さんのカミングアウトで私は安心した。ああ、同じように誹謗中傷が原因で複雑性PTSDになる人が私だけじゃないんだ、と思えて安堵する自分もいた。
しかし、待っていたのはネット上での誹謗中傷の嵐だった。私はそれを見て悲しくなった。誹謗中傷を受けて楽しい人なんているわけがない。言葉があまりにも軽く扱われている現状にひたすら悲しくなった。怒りも覚えた。トラウマを査定するような風潮にも悲しみと怒りを覚えた。
EMDRを受けてからだいぶ楽になった。
2020年から2023年にかけてトラウマ治療である『EMDR』を受けた。
その時の経験はnoteでも紹介しているがEMDRを受けてからだいぶ楽になった。現在、診断名も複雑性PTSDと双極性障害のⅡ型になっているが今でも発達障害への誹謗中傷での後遺症は消えない。
久しぶりに少年犯罪について調べたが相変わらず、発達障害への誹謗中傷は凄まじい。私たち、障害者は生まれてきたらいけなかったのだろうか、と思う。
私たちは犯罪者予備軍ではない。
複雑性PTSDを発症してから今でも希死念慮が消えないし、不全感が消えないがそれでも生きている。どうか、マスコミや出版社も発達障害への誹謗中傷を助長するような報道や出版を少しでも減らしてほしい。
私のように発達障害への誹謗中傷で複雑性PTSDを発症し、人生を棒に振ってしまう人もいることをどうか、社会は分かってほしい。
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