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書評 野口悠紀雄さん「日銀の責任」

 政府関係者は賃金と物価の好循環がストップする経済現象の一部を「デフレマインド」という曖昧な表現を使用して説明している。「物価高を嫌がる国民性の問題」として経団連会長も口にする。

 本当に国民の経済マインドが経済成長ストップの原因の一つなのだろうか。著者の疑問に痛いツボを突かれた気分だった。何気なくテレビやスマートフォン、新聞で見かける金融・経済関係の語彙たち。

 意味合いは分かっているが、果たしてそれが国家レベルのマクロな動きを表現する言葉として適切なのか。判断することができない自分の無知さを改めて感じた。

 著者はアベノミクスの三本の矢の一つである異次元の金融緩和策についても指摘する。とくにこれまで政府日銀が掲げてきた「デフレからの脱却」と「物価上昇率2パーセントの達成」だ。

 この金融政策は疲弊した日本経済にとって「麻薬」のようなものだった。確かに民主党政権下長く続いたデフレは収まり、円安基調となり日本経済は一見好調な様相を見せた。

 しかし、製造業を中心に輸出で利益が大幅に回復した大企業や円安で大挙して押し寄せるインバウンド景気に沸く観光業が伸びる中、内需や大企業の下請けに頼る中小零細企業は軒並み赤字が続き、利益率が大幅に減少した。

 著者は安倍政権後の日本の金融政策が産業競争率を高めるための政策ではなく、政府主導の日本の市場価値を「安く」売り出す戦略と批判している。

 物価上昇率2パーセントの目標は新型コロナウイルス禍、各国の中央銀行が国債の長期金利の利上げを開始する中、日本銀行のみがアベノミクスの一環として続ける「ゼロ金利政策」とイールドカーブコントロールによる円安進行、そしてウクライナ戦争によるエネルギー高騰によって予想外の形で達成されてしまった。

 しかし、賃金の伴わない物価上昇によって国民生活は危機に瀕している。貧乏な国民を助けるために減税を行わず、エネルギー等特定産業を媒介とした「補助金」や中小企業の企業競争力を削ぐ「ゼロゼロ融資」が拡大。国家予算は110兆円を優に超え、財政規律の緩みは顕著になっている。

 著者は日銀が量的緩和政策と金利抑制策を止めて短期金利のみ金利上限を設定し、市場原理に任せることを提案する。政府による市場介入の一端であったイールドカーブコントロール(YCC)も止めることを提案している。

 そうすることで日本経済が生産性向上に伴って「みかけ」ではなく真の経済成長につながり、日本経済再生の道筋を作ることができるという。

 一方で国際公共政策が専門のゼミ教授は、金利抑制と量的緩和策を継続し「円安傾向は当面続いた方がいい」と指摘する。

 円安によってこれまで海外に進出してきた製造業が国内回帰し、西側サプライチェーン再構築を目指す半導体産業を中心に円安によって生まれた「安い日本国内」のリソースを使うことが皮肉にも地域創生を含めた経済成長に繋がるというのだ。

 いずれにしても日本経済復活の方法はどこにあるのか。著書には「日銀の責任」とは書かれているものの、これまで経済監視を怠った「国民の責任」が正しいと思えてならない。

 この国は政権与党にリフレ派と財政規律派が同居する経済的対立構造が政治とリンクしていない側面がある。

 野党がトリガー条項解除や補助金増加を訴え、与党も予備費を利用して補助金を大量にバラまく。

 市場原理を無視したストッパーなき金融・財政運営はポピュリズムに基づく人気取りのため更に拡大傾向にある。

 これを止めるためにも日銀の責任は国民の責任だと個人的に自覚を持って生きていくつもりだ。読者の方々には強制はしない。だが、頭の片隅に残していただけたらな。と思う。

 

 


 

 


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