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My Life Story②元夫をゆるせた物語

第二章
観念で自分を苦しめていた結婚生活


第一章では、
見えていた世界が暗闇になったこと。これは、自分の魂の成長のために、宇宙の采配であり、スピリチュアル的には必要なことが必然的に起きたことを綴りました。
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その後の私は、魂の深い部分では、この先どうするべきなのか、どうなるのか、答えはすでに分かっているかのような日々の中、自分の本当の声とその声に不安を抱え、すぐに決心できない二極の私を感じていくことが増えていきました。

離婚の経緯によって、必然的に精神世界へ繋がっていき、今では、パワーストーンサイキックリーダーと出会たことで、「過去への許しと感謝への深み」を今、体感しています。


第二章
観念で自分を苦しめていた結婚生活

この当時、わたしが抱えていた観念は、
子供がいるから離婚してはいけない。
自分の心の声は我慢させて、子育てをしなければならない。
世間体のため、表面的にも家族でいなければならない。
子供に寂しい思いをさせてはならない。

等々
自分で自分を硬く縛りつける「観念」のかたまりでいっぱいでした。


もし、ここで、長男6歳、小さな四人の子供を抱え、シングルマザーになったら、生活はどう切り盛りしたら良いのか、一人でどう生活していったら良いのか、という、「未体験ゾーンへの未知への歩み」に、とても大きな不安と恐れがありました。


私は、この当時「観念」という言葉を聞いたことはありましたが、意味は何かさえも、自分の内なる声とは何なのか、その存在がどこにあるのか、まだスピリチュアル的な知識も分からない日々でした。

現実は、あの時、暗闇になった瞬間から抱えている悲しみや辛さ、怒りの感情をどう取り扱いをしたら良いか分からず、家族や友達にも相談も出来ず、どこにもやりどころがない気持ちを悶々と抱えていました。


ずっと、一番痛くて、でもその部分には触れたくなくて、でも、どうにかしたい。
そんな気持ちが色々と混ざっていました。

そして、行き場のない感情をどうにかしたい
心のよりどころや、この問題の解決を、何かに答えを見いだそうと、精神世界やスピリチュアルの本を読みあさり、多くのスピリチュアルセミナーへ参加したり、ポジティブ思考のサークルへ通ってみたり、今の現状を変えたくて、外へ外へエネルギーを向けながら、心は置き去りで、もがいていました。


魂からの声は、怒りや悲しみは、涙として
何度も、一人の時や元夫といる時にも突然、波のように押し寄せてきました。

でも、それでも、元夫やまわりに離婚する。と、はっきり、「NOと言える勇気」が持てないままでいました。


魂レベルでは、もう次へのステップに進む時期にきていることを感じていました。でも、まだ現実では、あらゆる面で「手放し」が出来ずに、氷山の一角だけを、優しく撫でるかのように、突出してくる感情の表面的な部分だけを、癒すことに、エネルギーを向けていました。

でも、どんなに人が沢山集まるセミナーでも
楽しいポジティブなセミナーでも
わたしの心の塊、氷は溶けてはいくこともなく、深いレベルから癒されることはありませんでした。

そんなある日
ある、癒しのリーディングを受けた時、
「今の環境、軸を変えなければ何も変わりませんよ」といわれました。
その時、言葉の意味がつかめず
一体どういう事なんだろうと感じていました。

この後、ほんとうに、そのようになっていき、
今では、とても納得のいく言葉だったと、認識できます。私に起きた出来事に対し、魂の成長のためには、離れる、手放す、NOという勇気をもつこと、の試練を順調に与えられていた。ということに気づいていきました。


本当のわたしの魂の声は、


もう別れたい。
結婚生活はもう続けられない。
元夫と家族としては、もうやっていけない。


でも、いずれは訪れるであろう「未知への恐れ」を超えるまで、まだ時間は猶予はあるだろう。そして、もしかしたら、元夫への悶々とする感情も、何かの解決策がみつかるかもしれない。そんな気持ちの揺れる中を過ごしていました。

未知への歩み、不安と恐れを回避しようとするべく、親に離婚の話しをして反対されれば、仕方がない。子供のため。自分を我慢させれば良いだけだから。と、魂の声に蓋をし続けていました。

本当の自分が望む道への歩みを閉ざし、感情が浮上してくれば、涙だけ溢れさせて、感情の上澄みだけ流しては、少し落ち着いたら、また日常の子育ての日々を送る毎日。


心の声とは真逆の現実生活に
苦しい違和感を感じる日々は、私の感覚にも、サインが出てきていました。大好きな公園へ子供たちを連れて行って、咲いているお花を一輪見ても、美しいと表面上では感じても、心の深部から感じられていませんでした。すでにハートの扉が開かれていない感覚を感じていました。

どうにかこの暗闇のトンネルから抜け出したい。


自己啓発の講演会やポジティブ思考で生きるサークルに参加、精神世界の著名本を読んだり、「自分らしい生き方」を、見つけたくて、がむしゃらに模索。


でも、どんなに自己啓発セミナーを受けても、
サークル活動に参加しても、自然暮らしを求めて移住しようとしても、私の心の真ん中、魂レベルから癒されることはないままの日々。


信頼していた人から裏切られた感情の体験は潜在意識に刻まれていて、自分でどうポジティブに変換しようとしても、心の根っこから受容と癒しができていませんでした。

今では、潜在意識の書き換えなどの方法は熟知できていますが、この時の私は、分からないまま、暗闇のトンネルに一筋の光がさすことを願いながら、時は過ぎていきました。

当時長男6歳、次男4歳、長女3歳の次女0歳の子供たちのママをしながら、心置き去りにしたまま、元夫に妻を演じている日々は、まわりから見れば「仲が良さそうな家族」にみえていたと思います


子供がいるから、がまんがまん。元夫にも自分が悪かったのかも。、と観念と自責の入り交じった気持ちになっていきました。



「心ここに在らず」とは、まさにこのことのように、心は閉ざしたまま、身体だけが、日常のタイムスケジュールをこなしている。という状況でした。

心で泣いている自分という存在を感じながらも、自分を大切にすることを、忘れてしまい、自分を一番に優先してあげることが出来ませんでした。


そして、暗闇になった日から、三年程が経過していきました。
天の神様、宇宙から、次への成長のための階段は、次へのステップを用意されていました。スピリチュアル的に、物事起きることすべてに、意味があり、宇宙からのギフトはすべてタイミングも必然であり、完璧といわれています。
魂の成長のために、すべての事象には意味があるといわれています。

この、約三年の間に、何度も離婚の話し合いもしました。家族の反対や理解を得られないことで、最後の最後まで、強くNoと言える勇気がもてない私。

でも、魂レベルでは、元夫とは、元気にならない関係性であり、もう信頼を回復することは出来ない。共に暮らせない、と感じていたので、この時の結婚生活は当然のように、うまくはいかず、頻繁に元夫ともめては、別居生活を繰り返すという日々。

本当はわたしがわたし自身を助けたいのに、私の観念の色々で、心の声に素直になれないこと、Noといえる勇気を強く持てなかったために、結果として、元夫や子供たちとの生活も時の経過と共に三年程が経過したある日のこと。


更なる魂のステージを歩むために宇宙からのギフトを受けとることになりました。


その日。は、
別居中で、元夫は家にいませんでした。
私は、元夫と離れていることで、日頃から感じていた恐怖や怒り、悲しみ、罪悪感など、いろいろな感情から解放されたような気持ちで、心から安らぎと安堵の気持ちで、子供たちと家で過ごしていました。


新しいステージへ移行することへの不安や恐れから、身体のサインにも気づかないように、ないもの。にしていた、ある日のことでした。



今日はここまで
長文で濃い内容にお付き合いいただき
ありがとうございます。


続きの次回は、これまで抑えていたものがもう限界を超えて、溢れていったストーリーとスピリチュアル体験を書いていきたいと思います。



追記
ここに書いている出来事は、
今から約12年前、2009年のストーリーであり
その後、離婚裁判をとおして解決されています。ここで開示する目的は、元夫を責めるものでもなく、わたしの正当化を訴えるものでもありません。また、同情を求める意図でもありませんので、ご理解頂けると幸いです。ここに書いている意図は、純粋に私に起きた人生最大の課題の一つの出来事を、冷静に俯瞰し自分と向き合うことで、私自身のスピリチュアル的観点から、気付きと学びを再確認することが出来たこと、そして、痛みや苦しみの経験を愛で包み、光に変えていくことが出来たストーリーを開示することで、スピリチュアルな観点に救われたことで、わたしたちの人生において、スピリチュアルはきっても切り離せないものであることを、知って頂く機会になれたらと思います。心の傷、痛みの経験は、魂の成長のためであり、お金では買えない自分の宝もので、かけがえのない財産であることを再認識しています。

それと共に、この出来事があったからこそ、今のわたしに成長させて頂くことが出来ました。なので、ここで、すべての出来事、すべての采配と存在に心から敬意をこめて、感謝いたします。

心からありがとうございます。



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