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ただ早く行動すればいいってもんじゃない (リバイバル)

近年ビジネスの世界では、「アジャイル(Agile)」という言葉がブームになっている。「機敏な」や「敏捷な」という意味で、英検1級以上レベルの単語のため、普通は目にしない言葉である。

ちなみに、日本が誇るタイヤメーカーのパナレーサーが理想を追求して生み出したのが、アジリスト(Agilest)という自転車レース用のタイヤで、この名前はアジャイルの最上級を示している。超スーパーウルトラ敏捷なタイヤである。

アジャイルは、もともと「アジャイル開発」という言葉で、タイヤではなくITのソフトウェア開発の領域から出てきている。これは、ソフトウェアを実際に使うお客さまの満足度を優先し、できるだけ早く実際に動くモノをお客さまに提供する。いまいちならすぐに修正し、よりよいものを機敏につくるアプローチである。

今の世の中は、「私、アジャイル開発できます!」と言えば、どんなソフトウェア会社でも就職できる、そんな時代になっている。そして、ソフトウェア開発だけではなく、企業経営や組織設計にも、その領域を拡大中である。とくにデジタル変革との親和性が高いこともあり、その動きは加速している。

ここで根底に流れるのは何かというと、行動様式の変化である。開発プロセスや経営や組織をアジャイルに変えることが重要なのではなく、自らがアジャイルになることが重要であるといわれている。

そしてこの流れの延長として、個人に対して何が起こっているかというと、人々の行動を促す見えない力の増大である。計画はいいから、早く行動しろ、である。また失敗を許容しようといった動きもあり、さらに、人間のもつ焦り本能が個々人の行動を加速させる。

ここで結果として怖いのは、「アジャイルのためのアジャイル」のような状態に陥ることである。「とにかく行動することが大切である。なぜなら今の時代行動が大切だからである」という国際会議の場だと、一発退場になる悪いトートロジー状態である。

経済的自立の文脈でいうと、「今はアジャイルの時代だから、行動が大事だ。なんでもやってみないとわからないからな。失敗しても大丈夫だ。失敗から学ぶのが大切だ」と言いながら、短期的な投機の儲け話に思わず手を出してしまうそれだけはやめよう。そして、「今の仕事を辞めないと次の一歩は踏み出せない」と言いながら、無計画に会社を辞めるのもやめよう。

行動はもちろん大事であるが、一方で俯瞰的に分析してアタマで考えることも必要である。

ただ分析については、日本が世界に誇る経営学者の野中幾次郎・一橋大学名誉教授が、ズバリ一言で警鐘を鳴らしている。それはオーバーアナリシス(過剰分析)である。他にオーバープラニング(過剰計画)、オーバーコンプライアンス(過剰法令順守)と合わせ、3大疾病と野中氏は呼んでいる※46。人間であれば、死につながる恐ろしい病気である。

ビジネスの文脈において誰がオーバーアナリシスしているかというと、本社のスタッフである。現場を知らない本社が分析し、その指示を受けた現場がストレス過多でへばっている、というのが野中氏の主張である。

実際に私自身、過去、外資系IT会社の経営企画にいたときに、正にオーバーアナリシスをしていた。このときに感じた、個人レベルにおけるオーバーアナリシスの罪悪は何かというと、実際の行動ができなくなることである。本社のスタッフとして、分析してやるべきことをつくることはできるが、いざそれを現場に出て自分がやれと言われると、イヤだなーと思ってしまうことである。だったら自分が現場でやりたくなるようなものをつくればいいじゃないか、という反論がくると思う。ただ、本社スタッフも数字に追われている。それを達成するためには、現場に無理してでもやってもらわないといけない、というのはどの会社にもあるであろう素直な論理である。

オーバーアナリシスを経済的自立の文脈でいうと、お金についていろいろと勉強しすぎて頭でっかちになり、行動ができなくなっている状態である。弁は立つが、お金は増えない状態である。

おもしろいことに、AI(人工知能)の世界にもオーバーアナリシスがある。正確には「過学習」と呼ばれるが、学習しすぎて逆に精度が落ちる現象である。これには解決策が用意されている。ズバリ、もっと簡単なモデルにせよ、である。

これをアナロジーとして応用すると、お金の世界でオーバーアナリシスの状態に陥っている人は、もっとシンプルに考えて、まずは行動しようとアドバイスしたい。

以上の話を図にまとめる。目指すべきは、右上の知的行動人である。アタマを使って総合的に分析する。その上で、行動は早い。標語でいうと、「着眼大局・着手アジャイル」である。これをアタマに入れた上で、経済的自立に向けた最初の一歩を考えよう。


分析と行動のマトリクス


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