掌編小説:ミッドナイト・サウナ

ここは、深夜も営業しているサウナ施設だ。
立地は最悪。飲み屋と風俗店が乱立する通りの真ん中に、このサウナ施設はある。
時間は午前2時40分。丑三つ時過ぎ。
サウナの中にいる人の背中には紋紋(刺青)がある。サウナの中にはテレビがなく、外の喧騒とは裏腹に、サウナは静寂に包まれている。
紋紋を見ながら、サウナでリラックスをする。まぁ馴れれば、なかなか悪くない。

「なんじゃこりゃぁ!!」
一人のヤクザもののが扉の前で絶叫する。周りがざわつく。
「どないしたんや?」
別のヤクザものが絶叫しているヤクザものに問いかける。
どうやら仲間のようだ。
「サウナの扉が開かないんじゃ!」
「なんやて!?」
サウナの扉の小窓には、木の板がある。
ヤクザものが扉を押すが、ビクともしない。
周りがザワつく。
サウナ計の針が今はヤケにゆっくり動いているように感じる。

「アニキどうしましょ?」
自分の後ろにいるヤクザ二人組が怯えながら話している。
一人は若く、もう一人は40代ぐらいの恰幅のいいヤクザだった。
どっしり構えたように座っているが、顔は少しばかり強張っていた。
「うむ。」
うむじゃねーんだよと、若いヤクザが言っているようだった。
顔に出過ぎ。
「お前らが、閉じ込めたんじゃねーのか!!」
扉にいるヤクザが、サウナ後方にいるヤクザに向けて叫ぶ。
「お前ら見たことあるぞ!山崎組のもんやろ!?」
扉にいるもう一人のヤクザが続けて話す。
「だから、どうしたんじゃ!貴様らが閉じ込めたんじゃないんか?」
後方にいる若いヤクザが言い返す。
「アニキのタマ(命)取ろうしたんちゃうんか?」
若いヤクザ続けて言う。
「そんなまどろっこしいことせんわ!」
扉近くのヤクザが言い返す。
「タマ取るなら、チャカ使ってヤるわ!!」
扉近くのもう一人のヤクザが続けて言う。
「タマ(銃弾)でタマ(命)とるわ!」
「お前は余計なこと言うな!」
少し噴き出しそうになる。

「そもそも、タマとるにしても、自分らも蒸し焼きやないか!そんなことせんやろ!」
扉近くのヤクザが言う。確かにもっともだ。
ヤクザ同士の抗争なら他所でやっていくれと思う。

「本当に、閉じ込められたんか?」
後方にいる若いヤクザが、問いかける。
「あぁっ!?」
扉近くのヤクザがキレ気味でリアクションする。
若いヤクザが立ち上がり、扉近くに向かう。
恰幅のいいアニキ分は、動かない。死んでんじゃないか?

若いヤクザが扉近くにいき、扉を押す。
サウナの扉にある窓を見て木の板があることを確認する。
「クッソ、なんでや!」
「言ったとおりやろ?」
「うぁあー!!」
若いヤクザが元々扉付近にいたヤクザに襲い掛かる
「なんや!?」
しかし、ここはサウナ室。
お互い、汗でヌルヌル。
「落ち着けや!」
もう一人のヤクザが止めに入るが、全員転ぶ。
見ていられない。
「どないするんや?」
「わからん。」
ヤクザが言う。

暑い。
この暑い空間では、時間感覚が狂う。
相対性理論を発表したアインシュタインのわかりやすい例を思い出す。
「熱いストーブの上に手を置くと、1分が1時間に感じられる。でも、きれいな女の子と座っていると、1時間が1分に感じられる。それが、相対性です!」
なるほど、今は永遠に感じる。
サウナ計の針がゆっくり進む。が体感的には10年ここにいるように感じる。

「そもそも、お前、何者や!」
若いヤクザが自分に向けて問いかける。
「やめろや、一般人やろ?」
元々扉近くにいたヤクザが制する。
「こういうやつが一番怪しいんや。無害そうにして。」
「じゃがいももそうやろ。無害そうに見えて芽を食べると腹具たす。」
「じゃがいもみたいな頭して何言っているや。」
「なんやと!?」

「で、お前は何者なんや!?」
もう一人のヤクザが言う。
扉近くにいるヤクザ3人がこちらを見る。
「えっ、アッツっと。」
答えようとするが、吃ってしまう。
その時、バタンという音がする。
後方にいるヤクザが倒れる音だ。
「アニキ!」
若いヤクザが、慌てて恰幅のいいヤクザに向かう。
「誰か助けてくれ!」
しかし、ここはサウナ室。外に声が届くはずもない。

その時、扉が開く。
「タオル交換でーす。」
扉を開けたのは、サウナ施設の店員だった。
周りは呆気に取られる。
「お前が閉じ込めたんかい!?」
扉近くのヤクザがサウナ施設の店員の胸ぐらを掴む。
「ええっ!」
驚く店員。
「板で閉じ込めたんやろ!」
「すみません。板は風呂板で清掃中だったんです。」
サウナ店員は答える。
「多分、板があっても扉は開きますよ。この扉は引いて開けますから。」
謎が全て解けた。

恰幅のいいヤクザを抱えて、水風呂に落とす。
しばらくして生きのいい鯉みたく復活した。
僕らも水風呂に入り、命を繋ぐ。

脱衣所で体を拭き、ベンチでボーッとする。散々だった。
その時、先ほどのヤクザがこちらに来て缶ビールを渡す。
「さっきはすまんかったな、疑って。」
「いえ。ありがとうございます。」
ビールを飲む。サウナにはやはりビールだ。


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