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「サイコロジー・オブ・マネー」

「サイコロジー・オブ・マネー」(モーガン・ハウセル 児島修 ダイヤモンド社)

ベンチャーキャピタルのパートナーで投資アドバイザの著者による、投資にあたってのマインドセットを丁寧に説明した本。非常に読みやすく、また納得のいく内容だった。実際に投資をするにあたって、読んでおいた方がいい本だと思う。

 なぜファイナンスの世界では、清掃員のリードがトップエリートのフスコーンに負けない成果を出し得るのか?
 それは2つの理由から説明できる。
 1つは、経済的な成果は、知性や努力とは無関係の「運」に左右される部分が大きいからだ。これはファイナンスの世界の真実であり、本書でも以降の章で詳しく説明する。
 もう1つの理由は(私はこちらのほうがより一般的だと考えている)、経済的な成功は「ハードサイエンス(物理学や数学などの分野)」では得られない、というものだ。
 経済的な成功は、何を知っているかよりも、どう振る舞うかが重要な「ソフトスキル」の問題なのだ。私はこのソフトスキルを「サイコロジー・オブ・マネー(お金の心理学)」と呼んでいる。化学や物理学のようなものではなく、複雑で測定が難しい人間の心理や行動が大きく関わっているからだ。
 このソフトスキルは、ひどく過小評価されている。金融は数学に基づいた分野だと見なされているからだ。データを入力すれば数式が自動的に答えを出してくれ、人間はその答え通りに行動すればいいと考えられている。(9ページ)

 分析の結果、人々の生涯にわたる投資判断は、その人が同時代に経験したこと、特に成人して間もない頃の経験に大きく左右されることが明らかになったのである。
 たとえば、インフレ率が高い時代に育った人は、低い時代に育った人に比べて、その後の人生で債権に投資する額が少なかった。同じく、株式市場が好調な時代に育った人は、株価低迷の時代に育った人に比べて、その後の人生で株式に投資する額が多かった。
 この分析を実施した経済学者は「分析の結果は、個人投資家がリスクをどれくらい負うかは、その人の過去の体験に大きく影響されることを示唆している」と書いている。
 知性でも、教育でも、教養でもなく、「いつ、どこで生まれたか」という偶然の要素が投資の判断を左右していたのだ。(28ページ)

 何が運で、何が技能で、何がリスクなのかを見極める難しさほど、資産形成の最善策を学ぶときに直面する大きな問題もない。
 それでも、私たちをより良い方向に導いてくれる指針は2つある。
 誰かを絶賛して「こんなふうになりたい」と憧れたときや、誰かを見下して「こんなふうにはなりたくない」と思ったときには気をつけること。加えて、誰かの成功や失敗の原因が100%、その人の努力や判断にあると思い込むことにも注意が必要だ。
 私は、息子が生まれたとき、将来の彼に向けて次のような内容の手紙を書いたことがある。

 教育熱心な両親のもとに生まれる者もいれば、勉強以外のことを重視する両親のもとに生まれる者もいる。起業が奨励される豊かな経済のなかで生まれる者もいれば、戦争や貧困のなかで生まれる者もいる。
 パパは君に成功してほしい。君が自分の力で成功を勝ち取ることを願っている。だけど、あらゆる成功が努力によるものでもないし、あらゆる貧困が怠惰によるものではないことは知っておくべきだ。誰かを---自分自身を含めて---評価するときは、このことを忘れないように。(55ページ)

 失敗はいい加減な教師だ。たまたま運悪くリスクが現実化してしまっただけの場合でも、賢い人に"自分の判断は最悪だった"と思わせてしまう。
 失敗にうまく対処するコツは、1度や2度、投資に失敗したり、経済的な目標を達成できなかったりしたとしても、自身を失わないようにすることだ。必ずいつかは偶然が自分にとって良い方向に働くときが来ると信じながら、
プレイし続けるのだ。
 成功における運の役割を理解するほど、失敗におけるリスクの役割も理解できるようになる。そうすれば、自らの失敗を振り返るときも、自分自身を許し、冷静に結果を分析できるようになる。これはとても重要なことだ。
 成功と失敗には、運とリスクが大きく影響している。
 だから、"何事も、見かけほど良くも悪くもない"のだ。(57-58ページ)

 通常、楽観主義とは、「物事がうまくいくと信じること」だと定義されている。だが、これでは不十分だ。
 賢明な楽観主義とは、「たとえ途中で不運に見舞われたとしても、長期的に見れば物事は自分が望む方向に進むと信じること」である。
 長い道のりを歩もうとすれば必ず浮き沈みがある。長期的には右肩上がりに成長すると楽観的に考えながら、その途中には地雷がたくさん埋められていることも予め想定しておくべきだ。この2つは、相反するものではない。
 「短期的には失敗しても、長期的には成功できる」という考えはすんなりとは理解しにくいが、この仕組みでうまくいっているものは世の中に無数にある。(100ページ)

 ナポレオンによる天才的な軍人の定義は、「周りの人間が正気を失っているときに、普通のことができる者」である。
 これは投資においても同じだ。ファイナンスのアドバイスの多くは、「今日すべきこと」が話題の中心となる。「今すぐにすべきことは何か?」、「今日はどんな銘柄を買うべきか?」などだ。
 だがたいていの場合、投資において「今日」何をするかはそれほど重要ではない。投資家の長いキャリアのなかで、今日、明日、来週に下す決断は、大きな違いをもたらさない。違いをもたらすのは、周りの人がおかしなことをしているタイミングや、まれにしか訪れない期間---おそらく全体の1%以下---に下す決断なのだ。(114ページ)

 パイロットの世界には、「この仕事は、膨大な退屈な時間のなかで、ごくまれに訪れる恐ろしい瞬間に対処すること」だという冗談がある。これは投資においても同じだ。投資家として成功するかどうかは、クルーズコントロール状態で悠々と過ごす時間ではなく、恐怖の瞬間にどう対応するかで決まる。
 天才的な投資家の定義とは、「周りの人たちが我を忘れているときに、当たり前の行動を取れる人」なのだ。(116-117ページ)

 キャンベルは、他と比べて明らかに幸福度が高い人々がいることを明らかにした。ただしその要因は、収入や地域、教育などではなかった。収入が高くても、良い地域に住んでいても、教育レベルが高くても、慢性的に不幸を感じている者は大勢いた。
 幸福度の高い人々に見られた一番の共通点は、もっと単純なことだった。キャンベルはこう述べている。

 従来の心理学が考察してきた客観的な諸条件のどれよりも、人間に幸福感をもたらす信頼性が高い要因は、「人生を自分でコントロールしている」というはっきりとした感覚があることだ。

 つまり、どんなに高い給料よりも、どんなに大きな家よりも、どんなにステータスのある仕事よりも、「好きなときに、好きな人と、好きなことができる」生活を送れることのほうが、人を幸せにするのである。(127ページ)

 人は、自分が主導権を握っていると感じたいのである。つまり、運転席に座りたいと思っている。だから、誰かから何かをするように仕向けられると、急に無力感を覚える。自分で選択したのではなく、他の誰かに指示されたと感じるからだ。そのため、その行動そのものは好きだとしても、拒絶したり、他の行動を取ろうとしたりする。

 この考えが腑に落ちた人なら、好きなときに、好きな人と、好きな場所で、好きなことを好きなだけできる人生を過ごすためにお金を蓄えることが、とてつもないリターンを生み出すという意味がわかるはずだ。(130ページ)

 ファラオ時代のエジプトでは(中略)書記官がナイル川の高波の歴史を調べ、過去最高の高波の位置を、将来の最悪のシナリオに備えるための基準にしていた。同じことが、2011年に津波に襲われ、壊滅的な被害を受けた福島の原子力発電所にも当てはまる。福島原発は、過去の最悪の自信に耐えられるように建設されていた。設計者はそれ以上の事態を想像しておらず、前例のないサプライズが起きることを理解していなかった。

 これは分析の失敗ではなく、想像力の失敗だ。「未来は過去と同じようにはならない」と肝に銘じておくことは、金融予測の世界ではあまり評価されていないが、極めて価値の高いことなのである。
 2017年、私がニューヨークで催されたディナー会に参加したとき、同席していたダニエル・カーネマンが、「予測が間違っていたときに投資家はどう対応すべきか」という質問を受け、こう答えた。

 何かに驚いたとき、人はたとえ自分の過ちを認めたとしても、「ああ、もう二度と同じミスは繰り返さないぞ」と言う。しかし実際には、予期せぬ事態が起きて失敗したときに私たちが学ぶべきなのは、「世界で起きることを予測するのは難しい」ということだ。つまり、私たちが驚くべき出来事から学ぶべき正しい教訓は、「世界にはサプライズが潜んでいる」ということなのだ。

 そう、私たちは、例外的な驚くべき出来事から、「世界にはサプライズが潜んでいる」という教訓を学ぶべきなのだ。過去の驚きは、将来に起こり得る出来事の上限値の指針ではなく、「将来、何が起こるかはわからない」という真理を忘れないための教訓にすべきなのである。(188-189ページ)

 誤りの余地をつくることは、リスクをあまり取ろうとしない人や、自分の考えに自信がない人のための消極的な方法だと思われがちだ。だが、誤りの余地を適切に使えば、まったく逆の効果が得られる。
 誤りの余地を残しておくほど、どんなことにも耐えやすくなる。この耐久力があるからこそ、時間を味方につけ、長期間にわたって勝負を続け、低確率の結果からしか得られない最大の利益を手に入れやすくなるのだ。
 最大の利益を手にする機会はめったに起こらない。なぜなら、そもそも発生する頻度が少ないし、複利の効果が生じるには時間がかかるからだ。(205ページ)

 投資をする人が、誤りの余地をつくるべき具体的な場面はいくつかある。
 その1つは「ボラティリティ」、すなわち価格変動リスクである。
 あなたは、資産が3割減っても大丈夫だろうか?
 まだ月々の生活費もまかなえるし、キャッシュフローの黒字も維持できる。そう考え、資産管理の表計算シート上では大丈夫だと思えるかもしれない。
 だが、精神的にはどうだろうか? 3割の下落がメンタルに及ぼす影響は、想像以上に大きなものだ。打ちひしがれていると、次に大きなチャンスが巡ってきても行動できなくなる。収入を増やすために、人生設計の見直しや転職を考え始めるかもしれない。
 私は、大きな損失を出した後、疲れ切って投資を止めてしまった人をたくさん知っている。彼らは、心身共に消耗してしまったのだ。
 たしかに表計算シートは、現在の資産運用の状況を数値化するのが得意だ。だが、自分が下した投資判断が、今寝かしつけたばかりの子どもの将来に悪い影響を及ぼすかもしれないという不安を数値化するのは得意ではない。
 計算上は耐えられても、精神的には耐えられないことがある。これを踏まえたうえでボラティリティでの誤りの余地を考えておくべきなのである。(207ページ)

 人は、過去の自分の変化をよく実感している一方、将来、自分の性格や願望、目標はあまり変わらないだろうと考える傾向がある。これは心理学では、「歴史の終わり錯覚」と呼ばれている。ハーバード大学の心理学者ダニエル・ギルバートはこのことを次のように説明している。

 私たちは人生のあらゆる段階で、将来の自分の人生に大きな影響を与える決断をしている。だが、いざその将来が訪れると、かつての自分の決断に不満を覚えることがある。だから、10代のときに大金を払って体に刻んだタトゥーを、大金を払って取り除こうとする。若いときに急いで結婚した相手と、中年になって急いで離婚しようとする。中年のときに苦労して手に入れたものを、老人になってから苦労して手放そうとする。

 「私たちはみな、ある錯覚を抱いて日々を生きている。変遷を重ねてきた自分の歴史が終わりを迎え、"ついに昔からなりたかった自分になれた、これからもずっとこの自分でいられるはずだ"という錯覚だ」とギルバードは述べている。(220-221ページ)

 極端な低収入でも満足できると仮定したり、極端な高収入を求めて延々と働くことを選択したりすると、将来的に後悔しやすくなる。(223ページ)

 金融の世界には、一見すると無害に思えるが、計り知れないダメージをもたらす思い込みがある。それは、「投資の目的や投資にかける時間は人それぞれ違うのに、投資資産には唯一絶対の価格がある」という考えだ。
 「今日、自分はグーグルの株をいくらで買うべきだろうか?」と自問してみてほしい。
 その答えは、「あなた」が誰であるかによって決まる。
 30年という長期的なスパンで投資を考えている人なら、グーグルの今後30年の割引キャッシュフロー[DCF:将来のキャッシュフローの予測に基づいて算出した投資資産の現在価値]を冷静に分析すれば、価格を見極められる。
 10年以内に売却したいのなら、IT産業の今後10年のポテンシャルやグーグルの幹部が同社のビジョンを実行できるかどうかを分析することが、妥当な価格を割り出すのに役立つだろう。
 1年以内に売りたいのなら、グーグルの現在の製品販売サイクルや、下げ相場になる可能性に注目すべきだ。
 デイトレーディングをしている人なら、長期的な視点での賢明な価格など「どうでもいい」ことになる。今この瞬間からランチタイムまでのあいだに起こる変化から、わずかな差額を搾り取ろうとしているだけだからだ。儲かるのであれば、どんな価格でもかまわない。(243-244ページ)

 つまり投資においては、「自分がどれくらいの時間軸で投資をしようとしているかを忘れず、別のゲームをしている他人の言動に惑わされないこと」ほど大切な考え方はない。
 だから、「自分がどんなゲームをしているのかを、あらためて言葉に書き出して確認する」ことを強くおすすめしたい。
 これを実践している人は驚くほど少ない。私たちは投資をしている人を一括りにして「投資家」と呼ぶ。まるで、バスケットボールをしている人を、一括りに「バスケットボール選手」と呼ぶのと同じように。
 だが、これがいかに間違っているかに気づけば、自分が何のゲームをしているのかをはっきりさせる重要性がわかるはずだ。
 私自身の資産運用の方法については第20章で詳しく説明するが、私は何年か前、自分の投資に対する方針を次のように紙に書き出したことがある。
 「私は世界が長期的に経済成長を遂げることを楽観視し、インデックスファンドを中心に投資をするパッシブな投資家であり、今後30年間、経済成長による恩恵が自分の投資先にもたらされると確信している」
 古くさい方法だと思うかもしれない。だが、こんなふうに投資の「ミッション・ステートメント(行動指針)」を書き出すことで、自分にとって不要なものがよくわかるようになる。私にとって、「今年の市場はこれからどうなるか」「来年は景気が後退するのか」といった短期的な情報に常に注目し続けることは「自分のゲーム」ではない。
 だから、私はそれに特別な注意を払う必要もないし、誰かに説得されて無謀な投資をする危険性もないのである。(251-253ページ)

 つまり、悲観論は、楽観論よりも賢く、もっともらしく聞こえる。誰かに「すべてがうまくいく」と言えば、その人はあなたを一笑に付すか、懐疑的な目を向けてくるだろう。だが、誰かに危険が迫っていると言えば、その人はあなたの言葉に細心の注意を払おうとするはずだ。(260ページ)

 そうあってほしいと強く願うがゆえに、真実だと思い込んでしまうこと。それを私は「魅力的なフィクション」と呼んでいる。魅力的なフィクションは、とても強い力を持っている。どんなに頭の良い人でも、簡単にそれを信じてしまう。
 魅力的なフィクションがつくり出される状況とは、解決策が必要だが、できることが限られている場合などだ。(280ページ)

 「自分が真実であってほしいと望んでいること」と「客観的に真実だと思われること」をはっきりと区別できれば、ファイナンスにおいて、こうした魅力的なフィクションの餌食になりにくくなる。(283ページ)

 心理学者のカーネマンは、このようなストーリーを持つ人がたどる道筋を説明している。
・計画を立てるとき、自分の望みやできることばかりに目を向け、結果に影響を与え得る他人の計画や能力を無視する
・過去を説明するときや未来を予測するときに、能力ばかりに注目し、運が結果に及ぼす役割を軽視する
・知っていることばかりに注目し、知らないことを軽視し、自分の考えを過信してしまう(289ページ)

 私もこの本で、あなたに自分のお金で何をすべきかは指図できない。なぜなら、あなたのことを知らないからだ。私はあなたが何を望んでいるのかわからない。いつ望むのかも、なぜそうしたいのかもわからない。
 それを前提としたうえで、この章では、これまで本書で紹介してきたお金についてより良い判断をするための普遍的な教訓をまとめた。
・物事がうまくいっているときには慎重に、うまくいかないときには寛容に
・エゴを減らせば、豊かになれる
・「夜、安心して眠れること」を優先してお金の管理をすべし
・投資で結果を出すための最大の秘訣は、時間軸を長くすること
・うまくいかないことがあっても問題ないと考える。半分は間違っていても、資産は増やせる
・自分の時間をコントロールするためにお金を貯め、使う
・他人に富を見せびらかさず、誠実に人と接しよう
・貯金をする。ただ貯金する。貯めるのに特別な理由は必要ない
・成功のために必要な代償を見極め、それを支払う準備をする
・「誤りの余地」を何よりも大切にする
・極端な経済的判断は避ける
・リスクを好きになること。リスクは、時間の経過とともに利益を生む
・自分がしているゲームを明確にする
・多様な意見を認める
(297-304ページ)

 モーニングスター社によれば、米国の投資信託会社に勤めるポートフォリオ・マネージャーの半数は、自社のファンドに自己資金を1セントも投資していない。ひどい話だと思うかもしれないが、こうした建て前と本音の違いがあることを、統計データははっきりと示している。
 だが、この類いの話は実はそれほど珍しくはない。南カリフォルニア大学の医学教授ケン・マレーは、2011年に「医師はどのように死ぬか(How Doctors Die)」と題したエッセイのなかで、終末期の治療法について、医師が自分自身のために選択するものと、患者に勧めるものとのあいだにある違いについて言及している。

 医師は一般人と同じようには死なない。実は、彼らは一般の米国人に比べて治療をあまり受けないことを選ぶのだ。医師たちは普段、患者の治療に一日のほとんどの時間を費やしている割に、自分自身が死に直面したときには平静にそれに向き合おうとする。死ぬ前にどんなことが起こるかも、どんな治療の選択肢があるのかもよく知っている。基本的に、望めばあらゆる種類の治療を受けられるだろう。けれども、彼らは静かに逝くことを選ぶのだ。(306-307ページ)

 私は、「投資では、努力と結果にはほとんど相関関係がない」と確信している。なぜなら、この世界はごく少数のもの、すなわち「テール」がリターンの大部分を占める仕組みで動いているからだ。
 投資では、どれだけ努力をしても、甚大な影響を及ぼす2,3個の事柄を見逃せばうまくいかなくなる。逆もまた真なりで、ごくシンプルな投資戦略でも、その成功に重要なごくわずかな銘柄を外していなければ、大きな成果が得られる。
 私の投資戦略が頼りにしているのは、適切なセクターを選ぶことでも、次の不況のタイミングを計ることでもない。私が頼りにしているのは、高い貯蓄率、忍耐力、「世界経済は今後数十年にわたって成長を続ける」という楽観主義である。
 私は投資活動のほぼすべてを、この3つを考えることに費やしている。特に、自分でコントロールできる最初の2つについて考えている。(316-317ページ)

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