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銀河オーバードライブ②

第一章

 森の中で宇宙船を発見してから一週間が過ぎた。俺たちは発見して以降森には行っていなかったが、あの宇宙船が誰かに見つかったという話は一度も無かった。つまり、あの船を知っているのは俺とレイとセイジの三人だけという状況だった。

 俺は学校の教室の窓際の席であの宇宙船のことを考えながら、秋晴れの空を眺めていた。そこでは歴史の授業が行われていて、第二次世界大戦が、冷戦が、と教師は言っていたが、今から一世紀も前の出来事を説明されても俺にそれが同じ星で起こった事だとは実感が湧かなかった。俺は仕方なしに時代遅れのノートと鉛筆で板書をした。今の時代、都市部の学校ではタブレット端末で全ての授業を行うというのに、俺たちの学校は今もなお授業を紙で行なっている。そういった些細なことが重なって、俺はこの日々が退屈でしょうがなかった。

 あの宇宙船が有れば、この退屈な日々から抜け出せるのだろうか。この一週間で気がつくと俺はそんなことを考えるようになっていた。船さえあればどこにだって行くことができる。あの船で旅に出れば人生が楽しくなるような気がしていた。


「ねえ、これを見てよ!」 
 放課後、俺と一緒に帰ろうとしていたセイジの前にレイが急いだ様子でやってきた。手には紙の新聞を持っている。
「どうしたんだ?」
 セイジがレイに尋ねる。レイは急いで来たために息が上がっており、一呼吸休んでから話を切り出した。
「これを見てくれ。森の宇宙船の持ち主がわかったかもしれない」

 セイジと俺はレイが持ってきた新聞記事に目をやった。そこには、一人の男の顔写真が載っており、見出しには有名作家行方不明と書かれている。
「どういうことだよ」
 俺がレイに質問する。レイは冷静に答えを返した。
「この写真の作家がこの町で目撃されたのを最後に行方不明になっていて、彼がここまでやってくるのに使われたとされる船もどこにあるかが分からないんだってさ。そして、作家が所有していた船の型は僕たちが見つけた船と同じ型だって」
「それってまさか、俺たちが見つけたあの船がその作家の物だってことか」

「そうなると思う」
「まてよ。じゃあ、あの作家が見つかればそれで話は片付くんじゃないのか?」
 セイジが食い下がる。確かにその通りだ。だが、レイはすぐにその可能性を否定した。
「それはもうできないと思う。この記事が出てからもう三年は経っているから、この作家の生存は絶望的なんじゃないかな」
「そんな……」
 俺たちの間に沈黙が流れた。あの船が仮にその作家の船だったとしたら、作家はあの場所に船を停めたあと、亡くなったという可能性が大きい。つまり、あの船が帰りを待っているであろう人物はもういないのだろうということだった。俺たちは一言も話すことなく帰り道を歩いていた。三人揃ってこの事実へのショックが大きかったから、何も話せなかったのだと思う。俺たちの心は大きく沈んでいるのに対して、日が暮れて月が見えるようになった夕空は俺たちに構うことなどなくて、ただ綺麗だった。


 俺は黄昏たまま家へと着いた。なんの変哲も無い二階建ての一軒家。リビングに向かうと晩ご飯を作っていた母がいた。忙しそうだったので母とは特に何も話さず俺は階段を登って上へと上がり自分の部屋に入った。どうやら父はまだ帰ってきていないようだった。

 荷物を置いて、着替えた後でリビングへと向かい、ご飯を食べることにした。下へと降りる。母は何も言わずにご飯を出してくれたが、心の中は冷めきっていたと思う。俺の家族の関係は少し拗れていた。俺が歳頃だったということも大きいが、両親は喧嘩が絶えなくなり、俺はその影響でどちらからも冷たく扱われていた。今思うとこれは異常だった気がしている。それでも、当時の俺にはどうすることもできず、ただただ、世界から必要以上に無視され続けられているような心地がしていた。会話も無い食卓。かまってもらいたくは無い。でも、本当に何もかまってくれないのが辛かった。
「ねえ、最近何か隠してるでしょ?」
 母が尋ねた。意外な言葉に動揺しながらも俺は答えようと口を開くが、
「何か隠してるでしょ!」

 その時、母は叫びながら皿を俺に叩きつけた。咄嗟のことで混乱したが、母は俺の答えを聞く前に怒鳴って、物を投げた。それだけの事実がそこにあった。俺はまたこれかとなって、怒鳴る母を宥めるために対話を始めた。
「落ち着いて。何も隠してはいないから」
「そんなの嘘だ!」
 確かに宇宙船のことは隠していたので実際嘘になる。それでも、そう言うしかできなかった。
「……わかったわ」
「……」
 母は十分ほどヒステリックになった後すぐに落ち着いた。落ち着いたのを見計らって俺は自室へと戻った。直ぐに母との対話で疲れ果て、明かりも点けずにベッドで横になる。当時の俺はこのヒステリックな母とこの惨状を見もしなかった父との日々に限界を感じていた。


 二、三時間ほど寝た後でモバイルにメッセージが来ていたことに気がついた。相手はレイとセイジで、こう書かれていた。
『宇宙船の件で思いついたことがある。至急、赤松公園へ』
 それを読んだ俺はただならぬ直感が働いた。そして、レイとセイジに会うために急いで身支度を済ませて、俺は母に気づかれぬように玄関へと向かい、家を出た。

 時刻は二十一時を過ぎていて、田舎とはいえ光っている町のネオンを横目に俺は全力で自転車を漕いでいる。二人が指定した赤松公園は高校からは近かったが、俺の自宅からは遠かった。十五分ほどかけて俺は公園にたどり着いた。辺りを見回すと少し遠くの方にレイとセイジが見えた。二人は少し前からいたようで、既にその場のウッドテーブルに様々な資料を置いて打ち合わせをしているようだった。俺は自転車を停めて、ゆっくりと二人の元へと向かう。夜の闇を照らしている月はとても輝いていた。
「来たか、ワタル」
 俺が座れる状態を整えながらセイジが喋った。

「来たよ。で、なんだよ。話っていうのは」
 座った俺が尋ねる。よく見ると、二人の端末には“宇宙船の整備方法”、“宇宙船の操縦方法“などと書かれた電子書籍が表示されていて、紙媒体のいくつかの資料は俺たちが見つけた宇宙船の設計図、部品リストだった。
「…… セイジと僕で考えたんだけど、僕たちであの船を動かせないかな?」
 どうやら、三人揃って船を動かそうと考えたらしかった。俺は同意の意味で頷いてから質問をぶつけた。
「それは、俺も動かしたいとは思う。けどな、そのあとでどうするんだよ?」
「それは、また同じ場所に戻して、さよならだよ」
 セイジが返しを入れる。だが、俺はもっと凄いことを考えていた。

「それじゃあ、あまり意味がない気がする。だから、だから…… 」
 俺が言葉に詰まる。
「だから?」
「だから…… ?」

 レイとセイジが訊き返す。不自然な間が少し空いた。俺はやっと、自分が言いたい事を言葉にできたので遂に口を開いた。
「なあ、行ってみないか? 宇宙とやらに」
「はっ?」
「…… 」
 セイジとレイが俺の突拍子もない提案に唖然とした。二人は船を少し動かして近所の上空を飛ぼうとしていたらしかった。後になって考えると、自分でもあの時の提案は突飛だったと思う。

「宇宙に行くって、どういうことだよ?」
 セイジが訊き返す。俺は少し興奮気味で返した。
「宇宙に行って、どこか違う星に行こう! いろいろ考えるのはその後だ!」
「つまり、家出するってこと?」
「違う! ちが…… 、はい。よく考えるとそうでした」
 レイが的確な疑問を投げた。俺は苦い顔をしてそれを認めた。

 俺たちは静寂に包まれた。何も喋らない俺たちを置いて、時間はただ進んでいく。あと、もう少し経てば日が昇る。俺はこの沈黙を破るため、そして自分の思いを吐き出すために声を振り絞った。
「俺は、もうこんな日々が嫌なんだよ! 田舎町に、学校、うんざりするほど喧嘩する親。こんなのが続く毎日で、やってられんねーよ! 」
「…… 」
「…… 」

 レイとセイジが沈黙の中ハッとするような顔を浮かべる。そして
「僕も飽き飽きなんだよ! こんな、何もない田舎町でただ過ごすのは!」
 レイが叫んだ。普段は大人しい彼が抱えていた思いを聞いて、俺とセイジは驚いた。更に
「俺もうんざりだ! 人前で良いやつを演じているのはもうたくさんだ!」
 セイジも叫んだ、三人は揃いも揃って、この日々に不満を抱えていた。だからこそ、俺たちは声を合わせて全力で叫んだ。

「宇宙へ行くぞ! おお!!」
 空には太陽が昇りはじめていて、辺りが明るくなりだしていた。三人揃って叫んだ後に見た朝日はとても美しかった。

(続く)

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