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SF小説 『たけのこエレベーター』

 たけのこ。植物の一種である竹の若芽である。地域によっては食べ物として食されることもある。そんなたけのこだが、実は全宇宙に存在する最強の植物で、星一つの運命を決めることさえある。例えば、たけのこによって人類の宇宙進出が進んだ世界がある。今回はそれについて紹介したい。


 それはただの品種改良だった。はずだった。たけのこ生産の効率化を図るために日本の東京にある下町の町工場がたけのこの品種改良を行った。その結果、たけのこはみるみる成長して、やがて十五本のたけのこが芽が出てからわずか十ヶ月で直径一キロ、高さ百キロとなり、つまり地球の衛星軌道上の高さまで到達した。日本、いや、世界は驚いた。まさか竹が宇宙まで到達するとは。


 初めのうちは成長し続ける竹を切ろうと世界中が躍起になったが、やがて竹の木が宇宙まで到達した以上は仕方ないと判断した国連はこれの有効活用を試みた。苦節十年の時を経て、人類はこの竹の中の空洞を利用した軌道エレベーターの建設、実用化に成功した。人々からその軌道エレベーターはたけのこエレベーターと呼ばれるようになり、たけのこエレベーターを使った宇宙開発が盛んになった。この物語はそんな時代を生きる高校生男女の話である。


「なあ、ツキノ。今度月面にできるムーンランドに行ってみないか?」
 昼休み、学校の教室でタケシは恋人である同級生のツキノに自らが一ヶ月かけて悩んだ計画を持ちかけた。カノジョであるツキノはすぐに携帯の画面から目線をタケシの方へと向けた。
「そこの先行チケットプレミアがついてるよね。どうするの?」

 ツキノは諦めていた。なぜなら、ムーンランドは月面都市内に最近完成したばかりの新しい遊園地で、巷で話題だったからだ。だが、恋人のタケシはバックの中から二枚のチケットを出した。
「じゃじゃん! 実は先週なんとか二人分を買うことができました!」
「すごいじゃん! よし行こう!」
 かくして、二人はムーンランドに行くこととなった。


 当日の朝七時、二人はたけのこエレベーターの入り口に来ていた。民間人が使えるたけのこエレベーターは全部で十機ある。この日は十機全てがたいへんな混雑をしていた。
「やっぱり混んでるね」
「そうだね。これはいつもよりも混んでるかも」

 並ぶこと一時間半。二人はようやく軌道エレベーターの中に入る事ができた。

 軌道エレベーターは竹の中を昇りはじめた。たけのこエレベーターは一度に三千人を載せる事が可能で、地上から宇宙までは二時間かかる。そのため、エレベーター内には娯楽施設や売店があり、退屈をすることはないようになっている。

 二人はエレベーター内にあるファストフードの店で朝食を取ることにした。二人は和風の定食を注文した。中にはたけのこエレベーターにちなんで、たけのこご飯が入っている。
「美味しい」
 ツキノがたけのこご飯を食べた。タケシも遅れて自分の分を口に運ぶ。
「ほんとだ。美味しい」
「だよね。あと、この魚も美味しい」
「確かに。脂が乗ってる」
 彼らは次々に料理を口に運んだ。


 二人が料理を完食した頃には、エレベーターは成層圏まで到達していた。ツキノとタケシが乗ったエレベーターは月面基地へとノンストップで向かう物だった。

「乗客の皆様、まもなく当エレベーターは宇宙空間に入ります。宇宙空間に入りますと一分程無重力状態になります。すぐに人工重力がかかりますがご注意ください」
 乗務員が機内アナウンスをする。タケシとツキノはモニターを眺めた。そこには竹の木の表面に取り付けられた定点カメラからの様子が映されていた。日本の一部がぼんやりと見える。その直後、エレベーター内が無重力状態となった。荷物や売店の商品などが宙に浮かんでいく。タケシとツキノの体も宙に浮いた。二人はお互いの手を握って、離れないようにした。

 それから一分程で重力発生装置によって人工重力がかかりはじめた。物や人が少しずつ元の体勢へと戻っていく。地球上とほぼ変わらない重力になったところでモニターに月面都市の映像が映し出された。乗務員が告げる。
「皆様、まもなく月面都市に到着します。お出口を出ますと右側にシャトルバス、左側に鉄道がありますので、ぜひご利用ください」

 たけのこエレベーターの実用化に伴って、人類は本格的に宇宙空間での生活を開始した。月面都市内には酸素が循環し、重力もある。歩道や道路も整備されて車も走っているし、鉄道やバスなどの公共交通機関の路線も十分に広がっている。よって、地球上と同じように生活ができる。この時点で月面には二万人もの人々が移り住んでいた。そんな状況の中でできた新しい遊園地が、今ツキノとタケシが向かっているムーンランドである。


 時刻は午前十時半を過ぎたところ。ツキノとタケシがたけのこエレベーターを出ると、そこには最新技術によって作られた大都市が広がっていた。この月面都市はドーム状となっていて、その中には東京都約一つ分の広大な敷地が広がっている。ドームの天井はガラス張りになっていて(もちろん、何があっても耐えられるように特殊な強化ガラスでできている)、それを嵌め込んでいる柱と柱の間に取り付けられた何万個ものライトが街を照らしている。ライトは照度の細かい調整によって地球時間で言うところの午前六時頃から午後五時頃まで地球の朝から夕方にかけての明るさを再現し、それ以外の時間には夜を再現している。

「昼前に到着してよかった」
 タケシは時計を見て安堵した。遊べる時間は十分にある。
「そうだね」
 ツキノも時計を見て相槌を打った。
「どうやって行こうか」
「さっき看板を見たけど、今はムーンランド行きの臨時バスがあるんだってさ」
 ツキノは向こうの方を指差した。そこには確かにムーンランド行きの臨時バスの情報が載っている。二人はそこまで近づいて、臨時バスの情報をよく確認した。
「これで行こうか。電車よりも楽そうだし」

 二人は臨時バスを待つ列に並んだ。ただ並ぶだけで三十分もかかってしまったが、二人はなんとか乗ることができた。座席は幸い隣同士になることができた。バスが発車する。

 バスの車窓には月面都市の街並みが流れていった。閑静な住宅街、大きなショッピングモール、高層ビルの群れ。そこには地球上の都市となんら変わらない風景が広がっていた。
「昔さ、月面基地にはすごい街並みが広がっているのかなと思ってたけどさ、あまり私たちの街と変わらないのよね。思ってたのと違ったけど、それはそれでアリかなと最近思えてきた」

 ツキノは過ぎていく街並みに目を向けて、しんみりと語った。タケシにもその思いは理解できた。彼も幼い頃は月面基地には大きな憧れがあった。だが、十四歳の頃に初めて月面都市を訪れた時、少しがっかりした。なぜなら、中に広がっていた世界は自分達が暮らしている街並みと大して変わらなかったからだ。

 走るバスの中で二人は手を繋ぐ。自分達はこれからどんな生き方をして、どんな世界で生活していくのか。もしかしたら今後は宇宙船が普及してどこか遠い星へ移り住むかもしれない。そんな時代でも、タケシとツキノはお互いこれからも共にいたいと強く願った。

 バスに揺られること二十分、バスはムーンランドに到着した。
「さあ、行こうか」
「うん」

 二人はバスを降りる。目の前には三日月をひっくり返したような形をした巨大な正門があった。二人はまずそこで記念写真を一枚撮った。
「良いんじゃないかな。タケシの顔が硬いけど」
「ごめん、ごめん」

 入場口でチケットを機械にかざすと二人はすぐに入場できた。このムーンランドには月面上に建てられただけあって月にまつわるアトラクションがあった。無重力を利用した物や日本の昔話「かぐや姫」にインスパイアされた物など実に三十を超える。それを一日で周りきるのは不可能に近いため、二人は事前に気になっているアトラクションをいくつかピックアップしていた。


 順調に周る二人。ふと時計を見ると、時刻は午後の一時を過ぎた頃だった。「何か食べようか」
「そうだね」

 二人は園内にある食事スペースを見つけて座席を確保し、各々好きなものを注文した。
「すごい楽しいね」
 頼んだ料理が来るのを席で待っていると、タケシは楽しそうにツキノに話し始めた。
「そうだね。今の時点でどれが一番楽しかった?」
「そうだな、『かぐや姫インザムーン』かな」
「あれね、かなり面白かったよね。何も考えずにただ感じろってやつ、私好きよ」
「それは俺もだよ。映画もそういうのが好き」
「そうなんだ。例えば?」
「マッドマンシリーズとか」
「それ、だいぶ変わってる」
「そうかな?」
「でも、私もマッドマンは好き。主人公がめちゃくちゃなところが良い」
「でしょ! そこが良いんだよあの作品は」
「わかる。すんごいよくわかる」

 二人は笑い合った。落ち着いたところでタケシは時計を見て、ツキノに質問した。
「この後さ、夕方まで何をしようか?」
「そうだね、まだ気になるアトラクションはあるからそこを周って、疲れたら帰ろうかな」
「わかった」
 タケシにはこの後、更にある計画があった。それを成し遂げるためにはあと四時間は待たねばならなかった。昼食を済ませた後、二人は再び園内を歩き始めた。


 二人は午前中に周りきれなかったアトラクションを巡り、園内の建物の写真を何枚の撮影したりして過ごした。ベンチに座って写真の出来栄えを確かめる。写真に収められた笑顔が眩しくて、二人は幸せな気持ちになった。タケシは時計を確かめる。もうすぐ、計画を実行に移す時間だった。自分の想いが届きますように。彼は恥ずかしい気持ちを抑えて決意した。

 時刻はすでに夕方の五時を過ぎて月面都市は夜に向かって暗くなりはじめていた。タケシはついにこの計画を実行しようと、バックの中にずっと仕舞ってあった物を取り出した。

「ツキノ」
「何?」
「これを贈るよ」
 タケシは小さな小箱をツキノに差し出した。彼女は一瞬にして満面の笑みを浮かべた。
「良いの?」
「もちろん」

 ツキノは小箱を受け取った。すぐに箱を開けると、そこには綺麗なネックレスが収まっていた。
「ありがとう、とても嬉しい」
 彼女は涙ぐんでしまった。タケシはその顔を見て、思わず彼女のことを抱きしめた。

「これからもずっと一緒だよ。約束する」
「約束したね。絶対だよ」
「もちろん」
 二人は強く抱き合った。通りかかった人々が状況を理解して、祝福の拍手を送る。ドームの天井の色は丁度いい青と赤のコントラストで、夕空を再現している。とてもドラマチックな瞬間だった。タケシが一ヶ月前からずっと考えていた計画は大成功を収めた。


「帰ろうか」
「そうだね」
 二人は出口へと向かいはじめた。二人のこれからに幸あれと通りがかった人々は彼らが見えなくなるまで拍手を送り続けた。
 タケシとツキノの未来は明るい方へと進み出した。


 宇宙まで伸びたたけのこは世界を大きく変えた。そんな世界でも恋人たちの輝きは変わらない。タケシとツキノの二人のように。


 これはたけのこがもたらした事象の一つに過ぎない。なぜなら、ありとあらゆる宇宙でたけのこは世界を変える力を持っているのだから。

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