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銀河オーバードライブ⑤

 “イギリス”へのワープを開始してから三十分が過ぎ、幾らかの惑星や衛星を一瞬のうちに通過して、到着まであと十分程のところまで来ていた。俺たちはその間無言だったがあと十分というところでレイが声を出した。
「……、僕たちさ、何も考えずに飛び出したけど、この先どうしようか。どう考えてもいつかは戻らなきゃいけないでしょ」
 そうレイに言われた俺は少し戸惑った。少なくとも俺にはもう帰る場所などなくて、この言葉にどうやって返したらいいのか言葉に詰まる。セイジも表情から見るに悩んでいるらしかった。場の空気が重くなる。

 俺たちは行き先も目的もなく、ただ自分たちの世界に嫌気がさしたから飛び出しただけだった。この先どうやって生きていくかの当てもない。それでも、どうにかしなきゃいけないことだけは確かだった。そうしているうちに、目的地近くまで到達したことを告げるアラームが鳴った。レイがワープエンジンを停止させる。直後、俺たちの目の前に一つの星が見えてきた。“イギリス”である。俺たちは、この目で初めて他の星を見ることになった。その星は見るにとても豊かそうだった。

 俺たちの船は星の中へと突入していく。地上の街が次第に鮮明に目に写ってきて、俺はそれに目を奪われていた。その間にレイは下の街を見下ろしながら船を操縦し、セイジはデバイスで調べ物をしているらしかった。レイが停泊場を見つけて、適当な場所に船を着陸させた。窓の外には“ロンドン宇宙港”と書かれた大きなモニターが宙に浮いていて、周囲には大小様々な船が上空を行き交っている。船のエンジンを完全に停止させた後、俺たちはこの地で今からすることを決めることにした。

「で、ここで何をする?」
 セイジが話を切り出した。俺は少し考えて、
「まずは宿を探さないか。話はそれからでも良いはずだ」
 と返した。すぐにセイジが同意の仕草をした。何かの作業をしていたレイも俺の考えに続いた。するとレイは俺とセイジにフックのついた五メートルくらいはあろうロープを渡してきて説明を始めた。

「この港には盗難防止の為にフックが地面に据え付けられているから、念のためにそのロープで船と地面のフックを繋いで盗まれないようにする。今からそれを繋ぐから手伝って」
 俺たちはフックを繋ぐために外に出ることにした。レイが出入り口を開け、新鮮な空気が入ってきた。今まで感じたことのない、新しい空気だった。初めて、他の星の地面を踏む。俺は少し感慨深くなって、不思議な気分になった。俺たちは手分けして着陸脚と地面のフックをロープで固定し、その上でレイが南京錠を取り付けて厳重な盗難対策を施した。

 船を固定し終え、一度船内に戻って、最低限の荷物を準備する。準備が整い、俺たちは船を降りた。レイがスロープを閉じたことを確認し俺たちはその場を離れ、宿探しをはじめた。時刻は午前を過ぎ、真昼の空に太陽が昇っていた。


 港を後にした俺たちは繁華街へと向けて歩いていた。繁華街に出れば、宿が見つかるだろうという算段だ。もうしばらく歩いた先で、高層ビル群と古い造りの時計塔が見えてきて、この星の首都ニューロンドンに到着した。この星には、イギリス系の人々が移り住んできたこともあって、“地球”にあったイギリスの歴史的な建物や遺跡を可能な限り再現してあるのだという。
「見ろ、ビックベンだ!」
 セイジが興奮した様子で時計塔を指さした。セイジは歴史に詳しかった。だから、歴史的な建物を見て、感動を覚えているようだったが俺はその場では軽く受け流してしまった。

 更に街をしばらく歩いていると、観光案内のドローンが至る所に飛んでいることに気がついた。観光客らしき人々の目線くらいの高さで飛行し、彼らと会話しながら何かを案内しているようだった。
『私はワトソン。なにかご用件はありますか?』
「うわあ!」
 その直後、俺たちの前に例のドローンが現れ、優しい男性の声で話をかけて来た。俺たちは声を合わせて驚いてしまったが、すぐに体勢を立て直す。このドローン、いや、ワトソンにはカメラとプロジェクター、それから紙のパンフレットをたくさん載せたカゴが取り付けられていて、映像と音声から得られる情報を人工知能を使って処理している、比較的簡単な作りのドローンだった。

『なにかご用件は?』
 ワトソンが繰り返し尋ねる。俺たちは目を合わせたあと、俺が代表して返事をかけることにした。
「この近所でどこか泊まれる所はないかな?」
『少々お待ち下さい』
 ワトソンは沈黙した。どうやら、情報を検索をしているらしい。三十秒ほど経ってアラームが鳴った。どうやら検索を終えたらしかった。

『ここから、半径百メートル以内で百二十件の該当がありました』
「情報を見せて」

 レイがワトソンに要求する。彼はプロジェクターを起動して、俺たちの目線くらいの高さで空中に情報を映し出した。俺たちは映し出された宿情報を一気に流し見ていく。観光地だけあって、どこの宿も一泊するだけでかなりの金額を取られる。俺たちはできるだけ安い宿を探したが、俺たちが満足できそうな良い宿は見つからなかった。
「もう、大丈夫だよ。ありがとうワトソン」
 レイがワトソンに別れを告げた。
『承知しました。良い旅を』
 それに応じてワトソンはその場を離れ、どこかへと飛んでいった。

「どうする?」 
 セイジが俺とレイに聞いてきた。確かに。どうすれば良いのだろうか。いつのまにか日が下がりはじめていて、このままだとまずいということを俺たちは理解した。
「少し、デバイスで調べてみるよ」
 そう言って、レイがデバイスをポケットから取り出したその時だった。何かがレイの手に近づいてきて、デバイスを奪い取った。
「ああ! 待って!」
 俺たちはその何かを追って走り出した。空の色は、もう暗くなりはじめていた。

「待って!」
 俺たちは無我夢中でレイのデバイスを盗っていったドローンを追いかけたが、やはりドローンの速度には追いつけなかった。俺はもう諦めるしかないのかと思った、次の瞬間だった。
「君たち。後は任せろ」
 俺たちの前方に1人の中年程の紳士が現れ、俺たちは足を止めざるえなかった。ドローンはどんどん遠くへと飛んでいく。
「おじさん、ちょっと!」
「いいから、いいから」

 そう言うと紳士は自分のデバイスを起動して、何やら操作をした。俺の目にふと見えたデバイスの表示には“Crack”の文字があった。
「ええと、これで良いかな。えいっ」
 紳士がデバイスの操作を終えた瞬間、俺たちが追いかけていたドローンが突如墜落した。地面に落下したドローンに驚いた通行人たちが群れを成しはじめる。落下したことを確かめていた紳士は、ドローンの方へと歩きはじめた。俺たちはその後を追いかけることしかできずにいた。

 紳士はドローンの側まで行くと、いくらか様子をみるような素振りをした。そして、レイのデバイスをドローンから離して、後を追っていた俺たちの方まで近づいて、俺にデバイスを手渡した。よくみてみると、デバイスは今の騒動で幾らか破損しているようだった。
「君たちが盗られたのはそれかい?」
 紳士は俺の手にあるデバイスを指差した。
「そうです。これです」
 レイがデバイスを目で確かめて、紳士に返事をした。

「取り返せて良かったな」
「でも、いくらか壊れてる…… 」
 紳士の言葉にレイが残念そうに返した。紳士は落ち着いた調子で、
「ああ、安心しろ。私が直してあげよう」
 と約束してくれた。

「ありがとうございます」
 レイはお礼を言った上でお辞儀をした。俺とセイジもそれに続いた。
「ところで、あなたは?」
 セイジが紳士に一つ質問をする。確かに、この紳士のような男性は何者なのだろうかと俺も改めて思いはじめた。
「ああ、そうだったな。自己紹介がまだだった。私はエドワード。エドと呼んでくれ。この近くでちょっとした発明家をしている。そういう君たちは? 」
 どおりでドローンの操作を乗っ取れた訳だ、と俺は感心した。俺たちの方も自己紹介がまだだったので、三人それぞれの紹介と俺が代表して軽い挨拶をすることにした。

「セイジです」
「僕はレイ」
「ワタルです。この三人で、ニホンからやってきました。宿探しをしていた最中にああなってしまったんです。今回はありがとうございます」
「なるほど。宿探しをしていたのか。では、我が家に来ないか? 案内するよ。ついて来い」
「でも…… 」
「いいから、いいから」
 そう言ってエドは俺たちに有無を言わせず案内を始めた。空を見ると、気づけば、空には月が綺麗に見えはじめていた。

(続く)

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