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銀河オーバードライブ④

第2章

 壮大な旅が始まった。俺たちは船を飛ばして遂に大気圏を突破し、成層圏に達したあとで停泊可能領域で船を停めていた。俺たちは飛び立ったは良いものの、あることを決めていなかった。それを決めるために俺たちはラウンジで会議をすることになった。少し広い部屋で椅子に腰掛けながら、俺たちは無言のまま睨めっこをする。しばらくしてセイジが口を開いた。
「なあ、行き先決めてなかったよな?」
 俺とレイが頷く。セイジの言うとおり、俺たちは行き先を決めていなかった。今思うと、とても愚かだった。ただ勢いで始まったこのドライブは俺たちの性格が現れていた。

「じゃあ、どこへいこうか? この船と僕らの力で行けるところは限られているし」
 レイの言う通りだった。この船の一回の燃料補給で飛べる距離は限られているし、俺たちはパスポートを持っていなかったので、“この国”が管理している星にしか停泊できなかった。
「少なくとも、半径二十光年以内の星にしか飛べないよな…… 」

 俺が呟いた。俺たちの住んでいる“この国”はだいたい半径二十光年分の領域を保有している。この半径二十光年は俺たちにとってはそこそこに広かったが、それでもこの時代に人類が進出している領域全体の十五分の一に過ぎなかった。
「……まずはイギリスとか行ってみないか?」
 セイジが行き先を一つ思いついた。その星は、かつて地球にあったイギリスという歴史のある国の住人たちが移り住んで作り上げた星だった。“この国”の領域の一つで距離もここから近くだったので簡単に行ける。

「いいぜ」
 俺はすぐに賛成した。レイも少し考えてから、
「僕も賛成」
 と同調した。

「じゃあ、決まったな」
 セイジが嬉しそうにこう言った。レイはすぐに進路の設定のために操縦室へと向かおうとする。だが、

「ああ!!」
「どうした、レイ?」
「何?」
 レイが大声を上げて何か思い出したような顔をしていた。セイジと俺が一斉に聞き返す。

「船の名前もつけなきゃいけなかったの忘れてた」
 レイに言われて思い出した。そう言われれば、船の名前がなかった。自分たちの船がどれかを識別するために、船体登録番号とは別に船名をつけないといけなかった。この船はもともとは作家が所有していたそうだが、船名登録も作家の失踪と同時に本人が消していたようだったので、改めて名付ける必要があった。この船の二ヶ月間の修理の時にその話題はしていたのだが、すっかり忘れていた。

「どうするよ?」
 セイジが微妙な顔を浮かべる。レイは慌てた調子でこちらに戻ってくる。俺たちはまたしても椅子に腰掛けて、会議を再開することにした。窓から見える月が大きく感じられた。

 再び椅子に腰掛けた俺たちはこの船の名前を考えはじめた。それぞれが名前を頭の中で考えているために数分ほどの沈黙が続いた。
「アンカー」
 最初に声を上げたのはセイジだった。
「いや、まんまでしょ。だめ」

 即座にレイが却下する。またしても沈黙。練り直す。時間がさらに過ぎていき、俺は家から持ってきた辞書から使えそうな単語を探す。二人に目をやると、二人もそれぞれデバイスや辞書を取り出して眺めていた。
 俺は単語をひたすらに探す。派手な言葉や難しい言葉を当たってみるが、いまいち腑に落ちない。探す。ひたすら探す。ページをめくる瞬間、ある言葉が目に留まった。これだ。俺はこの言葉が気に入った。すぐに俺は二人に声をかけた。
「runaway」

 二人が当惑する。俺は押し返すように、
「逃げるって意味だけどさ、でも、俺たちのこの旅に合ってる言葉だと思わないか」
 と息巻いて言い切った。
「……いいぞ、それ!」

 セイジがまず共感してくれた。続いてレイも同意したらしく、頷いていた。
「よし、この船の名前はランナウェイで決まりだ」
 俺が手を掲げる。レイとセイジも勢い良く手を掲げた。
 落ち着いた時を見計らったかのように、レイが俺とセイジに向けて、
「よし、これでオッケー。すぐに機械の設定するから待ってて」
 と言った。俺とセイジはレイの話に頷いて了解した。レイは俺たちを見ると、すぐに操縦席へと向かって、部屋を出ていった。

 俺とセイジの二人だけになった。俺はふと、窓から俺たちがさっきまでいた“地元”を見つめた。改めて見ると綺麗に思える。そういえば、この船で田舎を出ようと決めた時から今まで何も考えてなかった、もう一つのことを思い出した。ここにいつ戻るかということだ。勢いで出てみたはいいものの、これから先の生活の方法すら考えてなかったし、帰るか否かの考えも頭に全く無かった。俺たちのそれぞれが持ってきた食料も一週間で底を尽きるほどの量だった。

 後になって思うと無計画にも程があった。だけど、あの二人とならば何かあってもなんとかなるかという考えが頭にあったのは事実だ。それほど、俺たちは互いを信じているということだった。
「なんとかなるか」
 つい呟いてしまった。セイジが不思議そうな顔をする。
「お待たせ。準備できたよ」

 そうしているうちにレイが戻ってきた。準備が整ったというので、俺とセイジはレイについていく形で操縦室へと向かう。
 この先については後で考えるか。通路を歩いていて俺はそう思った。
 操縦室へとたどり着いた俺たちは、席についた。レイが計器を操作する。
「じゃあ、準備はいいね?」
 レイが俺とセイジに尋ねる。俺たちは頷いた。レイはレバーを上げる。イギリスへのワープを開始した。ワープエンジンが起動した反動で、体に一瞬もの凄い圧力がかかった。

 “地元”がどんどん遠くなっていった。

(続く)

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