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アイルランド音楽は誰のもの?

以前、アイルランド音楽はアイルランド人のものだから、日本人はどんなに頑張ったって蚊帳の外だよ、ということを日本の人から言われたことがあります。「アイルランド人の伝統」、というのがなかなか説得力があって、そのときは、そうなのかなと思いましたが、日本人だからダメなんだ、というのに引っかかりました。考えてみたいと思います。


アイルランド人とは、どんな人を指す?

「アイルランド音楽はアイルランド人のもの」、という場合のアイルランド人とは、どんな人のことを指すのでしょうか? カトリック教徒のことでしょうか、プロテスタントのことでしょうか。北アイルランドに住んでいる人もアイルランド人ですよね。アイルランドに住んでいる人ではなく、外国に暮らしているアイルランド国籍を有している人はどうでしょうか。両親がアイルランド人、祖父母がアイルランド人・・・。

では、イギリス生まれのアイルランド人の2世や3世はどうでしょうか?アイルランド生まれの日本人はどうですか?アイルランドに長く住んで居る日本人はどうですか?

音楽を人で区別しようとするとどこかで線引きすることになってしまいます。「あなたはアイルランド人ではないからダメ」というのは差別につながるのではないでしょうか。


演歌やジャズは誰のもの?

クラシック音楽は、イタリアからドイツ、そしてヨーロッパ全土で発展した(言うなれば白人の)音楽ですが、今では、日本を含めて世界中の人によって楽しまれています。アジア人やアフリカ人がそれを学ぶことを疑問視する人など誰もいません。

少し前、日本でアフリカ系アメリカ人の演歌歌手が活躍しました、演歌特有のこぶしの回し方、日本語イントネーションなども完全にマスターしていて、すごく上手だと感心しました。その人を指して、日本人ではないから駄目、という人はいたでしょうか。

ジャズ、ゴスペル、ボサノバといった音楽も、それが生まれたときは特定の国や地域の人々の音楽でしたが、今では、いろんな場所で楽しまれています。

音楽に限らず柔道、空手、ゴルフ、テニス、といったスポーツでも、ある国のある地域で生まれ、そして世界に広まっていたものばかりではないですか。


私たちは「伝統」「民族」という言葉にひっかかりがち

伝統」という言葉は、その「伝統」が不変なものとして保存されているように考えがちで、「民族」という言葉は、特定の民族のもの、だから他の民族はやっても無駄、といった排他的で偏狭な考えに結び付きやすいです。

私に「日本人は蚊帳の外だよ」と言った日本の人も、民族・伝統といった言葉にひっかかっているだけではないでしょうか。

「folk music」は民俗音楽と訳されますが、「民衆音楽」と訳している研究者もいます。なるほど、「アイルランドの民衆音楽 」これなら誤解が生まれにくそうですね。


世界の誰もが楽しむことが出来る

民俗音楽はその定義として、国、国籍、人種、言語の規定がないことを思い出してください。(『言葉の起源からたどる民俗音楽』をご一読ください。)

日本では、まだ学ぶ歴史が浅いだけなのです。音楽の様式を学べば、日本人でも、世界の誰がやっても、それはアイルランドの伝統的な音楽なのです。そのうち、本国の人をあっと驚かせるような「外国人」が現れてくるに違いありません。


転載禁止 ©2024年更新 Tamiko
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参考文献

The Encyclopaedia of Music in Ireland 『アイルランド音楽辞典』ユニバーシティ・カレッジ・ダブリン / アイルランド国立大学ダブリン校(UCD)編集 2013年

Pete Cooper, "English Fiddle Tunes", 2006, Schott

Edited by Roger Trim "The Musical Heritage of THOMAS HARDY Volume1", 1990, DRAGONELY MUSIC

"The Dorchester Hornpipe", 1997, Dorset Country Museum, Dorchester

Francis O’Neill. The Dance Music of Ireland. Waltons.(1907).

Brendán Breathenach. Ceol Ronce na hÉireann 1,3 . An Gum. (1963).

ブレンダン・ブラナック(竹下英二訳)『アイルランドの民俗音楽とダンス』
全音楽譜出版社 1985年

奥坊由紀子『レイフ・ヴォーン・ウイリアムズの国民音楽観ーフォークソングによるイングランド国民性の表出ー 2016 Core Ethics Vol. 12

桜井雅人『セシル・シャープの民謡観について』一橋論叢 第八十八巻 第六号(102)

潟山健一『民族音楽への視座ーセシル・シャープの立場性』2008年 同志社女子大学 学術研究年報 第59巻

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