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つながってつながって

よく行くお店でFishmansの曲をかけてもらった。店番をしている友達とは音楽の趣味が合い(友人がとても幅広く聴いているから、必然的に重なる部分があるというだけかもしれないが)、おしゃべりしながら流す曲を決めたりすることがままある。

このお店には店長がいない。もともとの店主は震災を機に東京を離れた。同時に店もたたむはずだったのだが、あまりに良い場であり良いコミュティであったため、惜しむ声が多数あがり、常連たちで共同運営をすることになった。それぞれ本業を持つメンバーがボランティアで、日々代わる代わる店番に立っている。運営メンバーの入れ替わりもありつつ、10年以上その状態が続いている稀有な場所だ。

最近わたしも店番に立たせてもらえることになった。この日は研修で、店番歴4、5年の友達にあれこれ教えてもらっていた。

そうこうしていたら、恋人がやってきた。夕方から夜にかけての研修だったので、終わったら一緒に帰ろうと待ち合わせていたのだ。彼もまたこの店の常連であり、店番をする。わたしたちが出会ったのもこの店だ。

店の名物は、ホールスパイスをその場で挽いて淹れるチャイだ。元店主がインド旅行でレシピを仕入れてきたというエピソードがまた味わいを深くする。ただ、手順が多いし、スパイスや砂糖の加減が難しく、店番初心者を悩ませる存在でもある。これまでの研修でも何度か作ってはいたものの、毎回味が変わるのだった。

彼は席に着くなりチャイを頼んだ。1回目の研修は彼とだったので、私に最初にチャイの淹れ方を教えたのは彼である。3回の研修を経たチャイをどぎまぎしながら待つ様子に、子の成長を見守る親心のようなものを感じた。ただ試験のようでもあり、こちらもちょっと緊張する。なんとか恙なく淹れた。彼が美味しいと言ってくれてほっとしたが、あとでよくよく聞いたら少し甘すぎたらしい。日中、プールで泳いで整体に行って、床屋にも行ってくたくたの彼にはちょうどよかったと思いたいが、チャイ道は険しい。

ずっとFishmansがかかっていた。床も机も棚も全部厚い木でできた温もり溢れる店内で、ゆったりと。

「WEATHER REPORT」が流れ始めたとき、彼が「なんの曲?」と聞いた。バンドの名前と曲の名前を伝えると、好きかもみたいなことを言いながら、眼鏡を外してうとうとし始めた。机の上で組んだ腕に頭を乗せて、気持ちよさそうに耳を傾けている。

わたしがFishmansを知ったのは、かつて恋人だったひとが「いかれたBaby」を聴かせてくれたからだった。わたしの部屋でごろごろしながらその人のスマートフォンで聴いて、好きかもみたいなことを言った気がする。

そのひとに振られたときはひどく落ち込んで、もうこの先誰も好きになんてなれないと思った。でも、目の前にはとてもとても好きなひとがいて、かつて好きだったひとが教えてくれた音楽に体を預けている。

つながっていくのだと思った。つながっているのだ。ぜんぶ。

見えなかったり気が付かなかったりするだけで、降り注ぐすべての物もことも、誰かと、なにかとつながっている。チャイを出すとき、レシピの由来をいちいち説明しないこともある。それでもそのチャイは、たしかにインド旅行の記憶を纏っている。同じように、いまここになにかがある、こういう私がいる、こんな考え方をするあなたがいる、そのすべてが誰かと、なにかと、つながっている。そして、つながっていく。きっと、わたしもあなたもいなくなった世界まで。だって、Fishmansのヴォーカルはもうこの世にいない。

つながってつながって、お店があること。つながってつながって、音楽を知ること。つながってつながって、彼と恋人になれたこと。すべてが嬉しい夜だった。

今度、初めてひとりで店番に立つ。そのことがきっと、この先につながってつながって、いったい何が起きるだろう。

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