死ぬために生まれた女の話

幼少期からずっと、自分の人生の根底にこんな考えがある。

「あたしは神様の失敗作で、死ぬために生まれたのだ」と。

本来死ぬはずだった、今にも死にそうな身体で生まれた赤ん坊のあたしは、ギリギリの所で生き延びた。生き延びてしまった。

神様はうっかり失敗作を生かしてしまった。

だから神様はあたしが死ぬように色々な事をした。
プールで溺れさせたり、車に轢かれそうにしたり、とにかく殺そうとした。
それでもしぶとく生きてしまったので、今度は精神的に殺そうとした。

小学校5年生でいじめに会い、何度も何度も死のうとした。この頃にリスカを覚えたし、飛び降りや首吊りについて日々思いを馳せながら残りの小学校時代を過ごした。
結局これも神様は失敗して、死に損ないの根暗の陰キャのブス女が生まれた。ある意味成功しているのかもしれないけれど。実際、中学校時代は、ほぼ生きる屍のような時代を過ごした。

高校生になって、ワンダーフォーゲル部(いわゆる山岳部)の合宿で滑落し、やや大きな事故になりそうだった事が1回。冬の山で吹雪に巻き込まれ、あわや遭難しそうだったことが1回。
これでも死ぬことは無かった。なんなら、中学、高校あわせて6年間の皆勤賞まで取った。神様はポンコツだ。

大学時代、良い友人に恵まれ、沢山のことを学んだ。4年生の時、就活鬱に陥り、精神的に死にそう、なんなら自殺も考えるほどに死にそうにまでなった。それでも死ななかった。

神様はこの先でかなり挽回した。

就職して、毎日死を意識しながら働いた。死にたい、死にたいと考えながら朝起きて、ベルトを首に巻く準備をしてから出勤するようになった。
1度本当に死のうとして若干宙ずり位までしたことがある。残念ながら死ななかった。

惜しいね神様、あと少しで殺せたのにね。

そして、今。
働くこともせず、バイトには落ち、世界から必要とされない、生きる価値のない、あたしという失敗作のゴミがまだ無意味に生きている。

神様、まだあたしを殺すことを諦めていないのなら、どうか早く殺してください。
お願いだから、これくらい苦難を与えれば死ぬだろうなんて考えはしないで。
どうか直接手を加えてください。早く殺して。

そんなことを思いながら、死にたい私は眠りにつく。
死ぬために生まれた女にとって、生きるという行為はあまりにも難しい。

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