乱入された女の話
中学時代、初めて人を好きになった。
あたしの中学生活は、あまりにも暗く、じめじめと湿っていた。
友達はできず、休み時間は図書室の本を借りては読んでを繰り返し、他人ととにかく話さなかった。
そんなあたしが、恋をした。
恋をしたのは他のクラスの男子。
当時のあたしが抱えていた、ヲタクはみんな暗くて地味という固定概念を見事にぶち壊すタイプで、クラスの中心でわいわいしているタイプだった。
あたしの初めての恋は、「こいつ良い奴だな」が降り積もり、「こいつ好きかもしれんな」がさらに降り積もり「こいつ好きだわ」になっていくものだった。
最初の「こいつ良い奴だな」は、図書室での出来事だった。
いつものように人の少ない図書室で本を読んでいると、なにやら今日は人が多い。他のクラスの男子が何人か集まっているようだった。
わいわいがやがやと、よってたかって話しているようでやかましかった。それがだんだん、数人になっていって、ある日彼が話しかけてくるようになった。
話していた内容は覚えていないけど、彼はあたしに頻繁に話しかけてきて、あたしは本を読みながらただ答えるだけみたいな構図だったと思う。
みんなあたしには近寄ろうともしないのに、変な奴だと思うと同時に「こいつ良い奴だな」になった。
次の「こいつ好きかもしれんな」は、その図書室でのスキンシップが更に増えたことからだった。
あたしがいつものように図書室で本を読んでいると、急に隣の席に座ってきたり、それまで名字呼びだったのをあだ名で呼んできたり、図書室以外でも声をかけてきたりした。
相変わらず変なやつとは思っていたけれど、「こいつ好きかもしれんな」と考えるようになった。この時はまだ、恋か好意かは分からなかった。
次の「こいつ好きだわ」になったのは、忘れもしない、初めて容姿を褒められた時だった。
髪が短く、男の子と間違えられることが嫌で、中学の3年間をかけて髪を伸ばし続けたあたしは、中学2年の後半でようやく髪を結べるまでになった。初めて髪を結んで登校した日の、西日の指す放課後の廊下で、彼は「髪結んだんだ、可愛いね」と言った。
それはそれは大きな衝撃だった。
今まで、ブスだのおばさんだのしか言われなかったあたしにとって、「可愛い」のその言葉は本当に大きな衝撃だった。
なにせ、初めて、親戚以外の異性に「可愛い」と言われたのだ。
その可愛いをきっかけに、あたしは「こいつ好きだわ」と、恋心を認めた。
しかし、田舎の狭い狭いコミュニティの仲で、誰かのゴシップは蜜よりも甘いごちそうだった。
それも、クラスいち暗くて地味でブスなあたしが誰かに恋をしただなんて、格好の餌だったろう。誰があたしの恋心を噂に流したのか、みんながこぞって「誰が好きなの」と聞いてきた。
恋というのは、こんなにも好奇の目に晒される面倒なものなのかと少し絶望した。
中学を卒業して、初めてスマホを持った時、彼とLINEを交換した。
初めてLINE電話をしたのも彼だった。
毎晩LINEをして、高校生活楽しいねーなんて話していた。この時が1番楽しかったかもしれない。
高校に入学して少したった夏の日、部活の先輩からある伝統を聞いた。それは我が母校に伝わる伝統で、高校1年の七夕までに彼氏ができなかった生徒は不名誉な称号を授けられるというものだった。
それを聞いた私は、来たる7月6日、彼に告白することを決めた。
ドキドキしながら、「電話していい?」とメッセージを送った。
電話口、あたしは「ごめん、好きです。」と言った。
まだまだ自尊心が低く、とんでもなくネガティブだったあたしは、「ごめん」を繰り返した。こんなあたしが好きになってしまってごめんねと。
彼は少し待って
「友達のままでいたい」
そう言った。
あんなにも気にかけてくれて、話しかけてくれて、可愛いと言ってくれた彼。
正直、脈しかないだろうと思っていた。
断られたことが一瞬理解できなかった。
1拍置いてすべてを理解したあたしは、涙が出そうだった。
泣くのを堪えようと、心の準備をした。
が、
ここでとんでもなくタイミングが悪く、兄が部屋に入ってきた。
兄は高校生ながらにタバコを嗜んでいたワルで、親にバレないように、ベランダと直結しているあたしの部屋に日常的に無断で乗り込んできていた。
もうあたしはパニックだった。
泣きたいし、悲しいし、どうしようもないのに、こんな特別な場面で
一世一代の人生初の告白という唯一無二の大舞台で
夏の風が吹く甘酸っぱい青春のアルバムの1ページで
あんなこともあったと大人になってから微笑みとともにノスタルジーに浸る場面で
兄が乱入である。もうどうすればいいのか分からない。ほんとうに。
彼は現場の様子が分からないから、呆気に取られて押し黙ったあたしに「泣きなよ」と、親切なのかよく分からないフォローを入れてくる。
あたしはなんとか「ごめん、ありがとう。じゃあね。」と電話を切るしか無かった。
あれから数年経ち、LINEもTwitterもInstagramも、何も繋がっていない彼と、言葉を交わすことは無い。
そして、あたしは未だに恋人が出来たことがない。
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