道を探す女の話

「おれ、おれおれー」
「なんだいおれおれー!休み取ったんかぃ?」
「休みというか、報告あるんだわぁ。今家出たとこだから待っててー」

仕事をやめて、一時帰宅2日目。
父方の祖父母の家に行った。祖父母宅に行く前に、電話をして、上記のようなやりとりをするのはあたしのいつもの役割。

祖父母には仕事を辞めたことについて何も伝えていなかった。
祖母には仕送りということで1度食料を送って貰っていたので、その際にお礼と共に「転職先を探してる」とは伝えていた。
祖父母は何を言うだろうか。
祖父母には就職祝いとして、支援をかなりして貰っていたので、罵倒されようと、怒鳴られようと仕方がないだろうと思っていた。
こんな不出来な孫、嫌いになったって仕方がないだろう。あたしだったら、少なからず失望する。

まず出迎えてくれたのは祖母だった。
いつもならあたしがインターホンを鳴らしてから出てくるのだけれど、今日はインターホンを鳴らすよりも早く玄関を開けてくれた。
祖母は何かを察していたのだろう
「辞めてきたのかい?」と、言った。
あたしは「辞めてきた」と答えた。
祖母はいつもの柔らかい笑顔で「そっかそっか、まあ、上がりな」と、リビングへ通してくれた。

リビングのダイニングテーブルにつくなり、祖母はお茶におかしにパイナップルにいちごに…と、いつものように沢山おかしを出してくれる。
相撲の中継を見ていた祖父もやって来て、おかしをぱくつきながら「休みかぃ?」と訛りの強い大声で聞いてきた。

あたしは、仕事を辞めたことを報告した。

祖父も祖母も「ああ、そうかい、早めに辞めてよかったねぇ。」と、ますますお菓子を勧めてきた。
何かを蒸し返すことも、責めることもせず、普通の会話をした。
途中、あたしの時はこうだった、俺ん時はこうだったと、色々と話してくれた。
帰りの時間、別れ際のいつもの挨拶に、祖母はあたしを抱きしめて、「よかったねぇ」と声を震わせた。
また泣きそうだった。

なんであたしを責めないんだろう
散々迷惑かけて、無駄金を使わせてしまったのに
いらない心配を沢山かけたのに

帰りの車の中、泣かないようにするのに精一杯で、狐の嫁入りが降る窓を見つめ続けた。

その夜、夕飯を食べ終えてから、母が話をしようと持ちかけてきた。

母は父から事の顛末を全て聞いていたらしい。どんな言葉が飛び出てくるかと思ったら、

「お金のこととか、お仕事のこととか、迷惑かけたなんて思わなくていいんだからね。」

「お金のことを考えて、あんたが先に進めるように動くのは親がすることだからね、あんたは好きなことをやりなさいね。」

「迷惑かけたって、思ってるかもしれないけどね。あんたの担当の営業さんは、それが仕事だから。そうやって社会は回ってるんだから、迷惑だなんて思わなくていいんだよ。」

「バイトをしながら正社員の道を探すのでもいいし、バイトずっと続けてたら社員になれることもあるかもしれないしね。何にせよ、あんたはまず、これから何をするかをじっくり考えなね。ここにはずっと居ていいんだから。」

「あんたには服を作れるって手があるんだから、それはあたしにはできない事だし、せっかくの手なんだから、できることを仕事として生かすのがいいんだよ。きっと。」

「たった1ヶ月で辞めたダメなやつなんて思っちゃダメだよ。あんたはダメな人なんかじゃない。やりたいことがあったから、これは向かないと考えられたから今を選んだんだよ。だから大丈夫。あんたはダメな人なんかじゃないよ。」

母は、そんな言葉とともに、あたしが知らなかった家族のことを色々と話してくれた。
母の職歴のこと。
父が一時期、鬱の薬を飲みながらも働いていたこと。
順調に就職した兄が、実は精神的にかなり消耗しながら働いていたこと。
知らないことばかりだった。

就活をしていた時、母は頑なに販売職で就活することを否定した。あたしはそれに反発した。
あたしは就活をしていた時、自分の技術のなさや才能のなさを笠にずっと販売職を志望して就活していた。
それを否定する母は、あたしに職人になって有名になって欲しいのだと、そんな淡い夢物語を展開しているのだとずっと思っていた。
でも、そんなこと無かった。
母は母なりに、あたしは人を相手取って商売すること、嘘をついてまで客を取ることが出来ないだろうということを見抜いていたのだ。そしてそれは的中していた。
現に、心を病んだ女がここにいる。

あたしと母は、きっと言葉が足りていないのだと思う。
母もあたしも口下手で、人と群れることは苦手だ。家の中でも外でも、よほど仲のいい人の前で無ければずっと口を噤んでいて、話しかけられなければ話をしない。そんな典型的な無口。
無口と無口、当然会話など発展するわけが無い。
そんな、言葉が足りない2人が日付が変わるまで話をしていたなんて信じられるだろうか。

1時間以上話し続けて、あたしは一先ずバイトを探すことにした。
ゆっくりでいいから、とりあえず今できることを、やれることを探そうと思った。
今のメンタルで正社員になろうとも、なれるとも思えなかった。
担当営業に迷惑かけたことも、自分が仕事から逃げたことも、未だに罪悪感が拭えないけれど
「そんな時代もあったね」と、いつか話せる
「あんな時代もあったね」と、いつか笑える時が来るといい。

あたしはまだ道を選べるのだから。
























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