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王に学ぶライフハック

「手相の勉強してるんですけど、見せてもらえませんか?」

十数年前、ステラおばさんの甘い香りが充満した横浜駅西口のCIAL下に、よくこういう人がいた。横浜駅の異名、サグラダファミリアが完成に近づくにつれ、待ち合わせのメッカも、手相を見たがる人たちも消えた。昨今のやんごとなき事情か、はたまた手相の教育方針が変わったのか。

あれだけ数多くの人が行き交う中で、なぜかわたしは「それでも/一億人から/君を見つけたよ」レベルで頻繁に手相を見たがられた。
今は話しかけないでオーラは、往々にして赤の他人には通用しない。

先輩はこういうとき、回避方法としてこう答えていたそうだ。

「僕は社会学を勉強してるんですけど、あなたの社会を見せてくれますか?」

こう言うと、大抵の人は身の危険を感じてリリースしてくれるらしい。

学びには学びで回避。

わたしも社会学をかじっていたため、今度声をかけられたらそう応えよう、とワクワクしていたのだが、かまってくれたまえオーラが出てしまったのか、そこからパタリと手相を見たがられなくなってしまった。

でもいまだに、ひとりで歩いている時によく声をかけられる。話しかけないでくださいどころか、急いで脇目も振らず歩いているときに限って。

土曜出勤日の21時頃、一刻も早く帰りたくて東京駅構内をずんずん歩いていた時、線も眉毛も細い若い男性がずんずん並走しながら声をかけてきた。

「秋葉原の方でマッサージ店やってるんですけど、バイトとか興味ないですか?」

土曜日の夜に、リュックを背負って髪を振り乱して黒づくめで死んだ目をして歩いていると、仕事を追う人に見えるらしい。

あいにく、仕事に追われてこの時間にここにいる。この時は一刻も早く撒きたかったので、「はたらいてます」と棒読みで答えて逃げた。明らかに怪しげではあったが、お兄さんも好きでやっているわけではなさそうだ。気の利いた返しができず申し訳ない。むしろマッサージに行きたい。

余裕と勇気があれば、

「今度催事があるんですけど、設営とか興味ないですか?屈強な男紹介してくれませんか?」

とか聞いてみればよかった。

職業斡旋には職業斡旋で応対。


また先日、人でごった返す商業施設内を一刻も早く出ようと、ジブリに出てくる少女のようにずんずん歩いていたところ、若い男性が右斜め後ろからスーッと近づいてきた。イヤフォンで音楽を聴きながら歩いていたのだが、何となく気配は察した。

中庭を抜けて再度屋内へ入る入り口付近だったので、消毒検温の啓発かと思い、一瞬イヤフォンに手をかけた。
しかし近づき方と距離感が明らかにおかしい。今度は並走どころか、わたしが進もうとすると、行く手を阻むように身を近づけてくる反射神経のよさ。

先方は何か喋っているようだったが、わたしのイヤフォンからはエレファントカシマシの「今をかきならせ」が爆音で流れている。ライブで初めて聞いて以来、ツボに入ってしまった激しめのロックナンバーだ。

宮本さんが疾走感溢れるビートを従えて、「行け!!そのままで行け!!」と吠える。

わたしはプロボクサーがパンチを交わすように、男の進行方向とは逆にひらりと身をかわして進路を確保した。そして振り返ることなく、そのまま行った。イヤフォン越しの宮本さんが「走れ!とりあえず走れ!」とさらに吠えているような錯覚に陥ったが、危ないので走らない。対戦相手はそれ以上追いかけてはこなかった。 

反射神経には反射神経で応戦

そして冬になると、洋菓子メーカーは最繁忙期を迎える。帰宅が午前様近くなることがあるため、動いているのは信号機の灯りだけ、という夜道を歩かざるを得ない。周りに自然が多いうえ、入り組んだ住宅街なので、よく自己顕示欲がありあまる変質者のみなさん情報がエリアメールで流れてくる。

これはそもそも遭遇したくない。こういう時、わたしはコートのフードを目深に被り、わざとジグザグにふらふらと歩く。

なんなら犬のおまわりさんを口ずさんで、さらなる怪しさをまぶしたりする。自分自身が怪しい人を装えば、先方も標的に選ばないだろうという寸法だ。あと、自分自身の恐怖感も軽減できる。

幸か不幸か、職質担当の警察官も歩いていない。いるのはハクビシンかタヌキといった、リアルなケモノたちだけである。あとは「音痴なサイコパスが現れました」というエリアメールが流れてこないことを祈るだけだ。

変質者には変質者で防御。


目には目を、歯には歯を。
学びには学びを、職業斡旋には職業斡旋を。
反射神経には反射神経を、変質者には変質者を。

わたしのハンムラビ法典式ライフハック。

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