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竹中優子「みどりちゃん」



 みどりちゃんと出会ったのは店先だった。店にはいろんな子がいた。派手なプリントで目立っている子もいた。足指の部分が五本指に分かれていて健康にいいとか、機能性があってスポーツには最適とか、みんなそれぞれに売りがあった。中でも私が羨んだのは、繊細なレース編みの美しい体を人形の足にぴったりと添わせて、店の一番目立つところでスポットライトを一身に浴びている子だった。彼女はいつも、つんと上を向いていて、私と目を合わせることは一度もなかった。店の棚に私は「三足セットでどれでも千円」と値札を貼られてたくさんの靴下たちと一緒に並べられていた。
 みどりちゃんとお母さんが現れたのは、何気ない日だった。ふたりは「三足セットでどれでも千円」の値札が貼られたコーナーを二、三度行き来した。
「ほら、これなんか可愛いじゃない? 始業式には、新品の靴下を履いていきなさいよ」
 お母さんが花柄とかピンク色とかそういう靴下を手に取って、みどりちゃんに勧めた。みどりちゃんはどれも気に入らないようで、首を縦には振らなかった。
そして、みどりちゃんはスポットライトの彼女の方に一度視線を向けた。
「いやねえ。あれは大人の女の人が履くものよ」
 みどりちゃんの視線に気が付いたお母さんが笑いながら言った。
みどりちゃんは何も言わずに、私の方に向き直った。そして迷う素振りもなく、私を手に取った。白地に薄いストライプの模様の生地で、足首のところは小ぶりのレースになっている。
 それが、私だ。
「あと二足、選んで」
 そう言うお母さんに、みどりちゃんは黄色い水玉模様のものとクマのイラストがついた靴下を選ぶ。私には、みどりちゃんが一番気に入ったのは私だってことが分かっていた。だって、他のどの子も、みんな子どもっぽい。あのスポットライトを浴びた彼女に、一番似ているのは私だった。
 お母さんがレジでお金を払う時、隣に並んで「どうも、ありがとう」と言った。それが初めて聞いたみどりちゃんの声だった。ビニール袋の中で揺れながら、私は選ばれることの誇らしさに胸を満たした。

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6,419字
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