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宇宙語でしか説明できないことがある

 定期的に足を運ぶ喫茶店で、この日もお茶をしていた。常連がたくさんいる喫茶店で会話も起こりやすい。いつものように談笑していたら、ドアの鈴が鳴って、初老の紳士が入って来て、コーヒーを注文した。この老紳士こそが宇宙開発事業に携わっている偉い社長さんだった。立派な髭をたくわえて、袖から出ている厚ぼったい褐色の両手は、過去にきっと町工場で部品をつくってきたような雰囲気があった。「下町ロケット」みたいだ。

 貴重な機会なので、僕たちは社長さんからたくさんの仕事の話を聞いた。

 日本の宇宙開発事業にどんな展望があるのか、どんな技術が必要で、どの課題がクリアされるとどう道が開けるのか、実に多くの説明・資料・映像を拝見した。ひとつも意味がわからなかった。20分ほど経過してから、その場にいた大学の先生が、「御社は、何をしている会社なんですか?」と聞いてくれて、社長も丁寧に説明してくれたのだが、やっぱり意味がわからなかった。つまり、宇宙開発事業のどこに参画しているのか、宇宙開発とはそもそも宇宙の何を開発しているのかがわからなかった。
「素人質問で恐縮なのですが」と僕は言って、「この写真の工場は、なにをつくっているんですか?」と続けた。その答えもやっぱり僕にはわからなかった。

 専門的な用語はだいたいカタカナだったり、わけのわからない難しい漢字が連なっていたりする。世の中には「かっこつけて横文字使ってんじゃねーよ」と言う人も多いし、日常の会話では敬遠されるけど、こういった専門用語でしか語れない分野や世界というのはたくさんある。

 いきなり例え話になるのだけれど、日本の「神」を説明するときに「GOD」を使うと明確に誤解が生じる(宗教の話じゃなくて例えですよ)。アメリカ人がハイスクールで「日本には八百万のGODという概念があって、地位や気位のない、しょぼい、変なGODもいるんだよ」と同級生に説明したら、「そんなのGODではない。GODは偉い存在だからだ」と言われるだろう(と、思う)。
「カッコつけて日本語使ってんじゃねーよ」と言われても、アメリカの方には「カミ」という言葉を使って日本の八百万の神々を説明して欲しい。僕も一神教を説明するときは「GOD」を使いますから……。たとえ宇宙語のような専門用語を使っても、原典を尊重しないといけない時はあると思うのだが、これって屁理屈でしょうか?

 話がどんどん変な方向にいっているけれど、宇宙開発事業の社長さんも、原典や技術屋さんを尊重するほど、素人にはわからない専門用語を使うしかなかったのだ、という気がする。「オポチュニティ―」とか、「統覚」とか、「ファルスの欠如」とか、僕からすれば宇宙語なのだが、宇宙語には宇宙語の生態系があり、ロマンを感じる。

 今日の日記
「素人質問で恐縮なのですが……」と言って、本当に素人の質問をしてきた気がする。

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