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お彼岸、ぼた餅と29年前の思い出

こんにちわ、唐崎夜雨です。
今日は春分の日。お墓参りにはお彼岸が過ぎてから行く予定。
とりあえず、ぼたもち食って彼岸気分。

ぼたもちとおはぎの違い。
春はボタン、秋はハギと季節の花になぞらえているという説をよくみかける。なるほど季節感重視の和菓子ならありうる由来。

しかしながら、
粒あんのつぶつぶ感をハギの花に見立てるのはまだわかるのですが、春のボタンはいささか解せない。

季節が微妙に違う。春の花といってもボタンの花は、彼岸よりも遅い時期に咲く。おはぎはともかく、ぼた餅の語源は別なところにあるんじゃないだろうか。

そこで無い知恵を絞って想像してみた。

ぼた餅といえばお彼岸の定番。お彼岸は仏さまと親密な時期。
なので、「仏陀〔ぶっだ〕餅」もしくは「仏〔ぶつ〕餅」が転じて「ぼた餅」になったのではないか。

寝ざめに思いついた新説。だが根拠はないから忘れてくれ。

さて、3月20日は29年前に地下鉄サリン事件が起きた日。
約30年も経っていると、若い人でも知らない人が多いだろう。事件の詳細は省く。

当時、地下鉄の日比谷線中目黒方面を利用して出勤していた。
日比谷線中目黒方面の列車はもっとも被害が大きくなった線である。あとから知ったが列車内のサリンのバックを乗客が停車駅で蹴りだしたため、その駅や後続の列車にまで被害が及んだらしい。

事件当日は事件が起きた何本か前の地下鉄に乗っていた。なにごともなく出社している。もし、ちょっとでも家を出るのが遅くなっていたら、どうなっていただろうか。

今みたいにスマホや携帯電話はなかった時代。事件が起きたことはテレビなどで報道されてていただろうが、どこまで事件の詳細が報じられたかは不明。こちらは勤務中ということもあってか、地下鉄で何か起きたらしいことだけは知り得ていた。

私の場合、日比谷線が使えないのなら、他の地下鉄かJRを利用すれば帰宅できるので、そんなに大事だとは考えていなかったと思う。
その日は会社を出たのち同僚とボーリングに行っている。

実はサリン事件の当日の思い出は事件のことではない。
このボーリング場で学生時代のバイト先で知りあった友人と再会したことなのだ。

友人とは社会人になってから疎遠になっていたが、互いの会社が近いことが分かった。この日はむこうもこっちも会社の同僚と遊びにきている。日を改めて今度飲みに行こうよといって別れた。

この友人との再会をよく覚えているのは、この友人がその後、自動車の事故で亡くなったからだ。サリン事件の起きた日が最後なってしまった。

まだ若き友人を事故で失ったことは非常にショックだったのを覚えている。

訃報に接したのは事故からしばらく経っていた。共通の友人とご自宅へお焼香をさせていただきにうかがった。

なんでも彼女とドライブをしていたときに事故にあったようだ。彼女のほうがどうなったかは覚えていない。

お彼岸ですから、こんな思い出話も構わないかな。
我が家の棚に、ぼた餅なんかあったためしがない。

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