映画『麗しのサブリナ』(1954)
“ 幸福な恋ならスフレが焦げる 恋に破れてるとスイッチを忘れる”
A woman happily in love, she burns the soufflé. A woman unhappily in love, she forgets to turn on the oven.
こんばんわ、唐崎夜雨です。
『ローマの休日』で一躍スターとなったオードリー・ヘプバーンが次に主演した作品が『麗しのサブリナ』(原題:Sabrina)です。
大富豪の運転手の娘サブリナがパリへ行って、今度は美しくなって戻ってくると、それまで彼女に振り向きもしなかった大富豪の兄弟は麗しきサブリナに惹かれてゆくという、ヘプバーンの魅力全開の映画です。モノクロ映画。
パリへ行く前の庶民的で男の子のようなヘプバーンと、パリから戻ってきたプリンセス的なヘプバーンと両方楽しめる。その変化を愉しめるのは、『ローマの休日』や『マイ・フェア・レディ』にも通じるかもしれません。
パーティでの華麗なドレスのヘプバーンも好きですが、パーティを木に登って眺めている少年のようなヘプバーンも好きです。
監督はビリー・ワイルダー。
『アパートの鍵貸します』『お熱いのがお好き』といったコメディ映画に定評のある監督ですが、アガサ・クリスティーの『検察側の証人』が原作の『情婦』や、ハリウッドの内幕ものの『サンセット大通り』等と多彩な作品を手掛けていて、好きな映画監督のひとりです。
物語はというと…大富豪ララビー家の運転手フェアチャイルド(ジョン・ウィリアムス)の娘サブリナ(オードリー・ヘプバーン)は、ララビー家の次男デイヴィッド(ウィリアム・ホールデン)に恋をしていた。
しかし、住む世界が違う。
傷心のサブリナは料理学校への留学という名目でパリへ渡る。
2年後。
美しくなって戻ってきたサブリナに今度はデイヴィッドが恋をする。しかしデイヴィッドにはすでに婚約者がいた。
あるパーティの夜、デイヴィッドは怪我をしてサブリナと踊ることができなくなる。遊び人の弟の代わりに堅物でビジネス重視な兄ライナス(ハンフリー・ボガート)がサブリナの踊りの相手をすることになる。。。
ヘプバーンのお相手は、ハンフリー・ボガートとウィリアム・ホールデンという豪華な顔ぶれ。二人とも決して若くはない。とくにボギーことハンフリー・ボガートとヘプバーンとは三十歳の実年齢差がある。
ここでは恋に至らないはずの二人が、という展開だから無理はない。
またそのボギーのロマンティック・コメディ出演は珍しいかもしれない。そんなに彼の出演作品を鑑賞していないだけで、他にもコメディはあるのかもしれないが、やっぱりハードボイルド的な印象の強い俳優だから。
ビリー・ワイルダー監督の映画といえば、小道具が効果的に使われる。
たとえば、兄ライナスの持つ傘と帽子。ライナスは専任運転手が車で送迎するから傘はいらないし、あえて本人が持って歩く必要もないと思うが、これは彼の用心深く堅物な人間性を現わしている。
傘を手放すことで、彼は生き方も変わります。
弟デイヴィッドの怪我とは、お尻のポケットにシャンパングラスを入れていたのを忘れてイスに座ってしまったからです。怪我の仕方も粋ですね。
別の女性とではお尻にシャンパングラスは成功しているので、サブリナを相手の時でもこのパターンを踏襲しようとしたら失敗したわけです。
ところがこのアクシデントは終盤で父親によって繰り返されます。うまくできてると思う。
ロマンティックなコメディ映画でも、どこかに冷静な視点があるものです。ミステリーやサスペンスにコミカルな要素を入れると緩急がつくように、コメディ映画にもクールな視点を持たせると素敵な作品になるんだなぁと思う。
ララビー家の人間は資産はあって身なりもいいけれど、どこかちょっと変わっている人ばかり。一方で、使用人たちは個性的だけどまっとうです。とくにサブリナの父親は娘の恋の行く末が心配ですからなおさらです。
“ 人生はこの車と同じです 同じ車に乗ってても、前の席と後ろの席は違います ”
“ 結婚できても、新聞や世間はララビー家を民主的だと褒める だが運転手の娘は褒めない 民主主義は不公平なものだ 金持ちと結婚した貧乏人を民主的とは言わない ”
この浮かれていない視点の持ち主が、ビリー・ワイルダー監督の代弁者かもしれない。ワイルダーはユダヤ人でドイツに招かれ映画をとっていたらヒトラーが台頭し、パリ、そしてアメリカへ逃げる。しかし故国に残してきた母親は収容所で殺されてしまう。
もしかするとハリウッドに渡って成功してからも、アメリカを信じてはいなかったかもしれないな、と思う。
この年のアカデミー賞ではイーディス・ヘッドが衣装デザイン賞(白黒部門)でオスカーを受賞している。でも、劇中で身に着けているヘプバーンの美しいドレス数点はジバンシーから彼女が買ったものらしい。ま、いっか。