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チロルチョコなバレンタインデー、嗅覚の未練がましさが恋を誘導した。




1日目


「この匂い…」
その少し濃い匂いと共に彼の顔がパッと浮かんだ。


そうして

なんだか気持ちよくなって人気のない奥の席を仰いだ時、


恋に落ちたことに気づいた。



「こんにちは〜」

オープンしたばかりの夜間食堂にやってきたのは、
店長の知り合い達だった。

まだ広告も出していないからか、お店を出して連日知らない顔ぶれの人たちがゾロゾロと店長と会話を交わしながらお店に入る。


ホールで接客することにまだ慣れない私は、緊張した手つきでどうにか懸命に接客をする。


「こちら〇〇定食です」


先ほど入口から入ってきた3人組の席へ運んできた定食を置く。

手前に座っている男性はニコニコと愛想が良く、私の方をよく見てくれなんとなく印象が良かった。

お会計の時に、
その男性を茶化すように奥にいたリーダー的な男性が私の方を見て話す。


「今度一緒に定食屋さん行きましょうって言ってこいって」

笑いながら恥ずかしがる男性と、ふざけるもう一人の男性
やめなさいと笑う女性とでなんだか嬉しいような恥ずかしいような感覚だった。


前の仕事ではなかなか出会いがなかったので、こう言った形でも出会いがあってなんだかワクワクしていた私は

少し舞い上がり、また来ないかななんて少し照れていた男性を思い出す。



この時はあの人のことは全く意識なんてしていなかった。





2日目

次の日も相変わらず知り合いが来る中、昨日の男性二人が他の数人を連れ
また来てくれた。


なんだかご縁だなと嬉しくなり、
注文をとりにいくとたびたび声をかけてくれてなんだか嬉しかった。


こういう集団の楽しそうな飲み会に参加してみたかったな。

なんて思い、仕事をしながらその雰囲気に紛れて浸る。


連絡先をそろそろ聞かれるかななんて思って、
恥ずかしがって聞かないシャイなその人をみて微笑む。

いつもならついがっついてしまうが、
これからはちゃんと距離を保ちながら詰めていこうと決めたところだった。


追いかけてくれる人を一度くらい待ってみよう。


結局その日は何もなく、終わった。


仕事中もなんだかそのことを考えるだけで笑みがつい漏れ
幸せな気持ちになった。




3日目


「ありがとうございました!」


お店を出た後に、言い忘れたように少し顔を覗かせた。

この行動だけで彼をとてつもなく意識した。

3日目、1日目の綺麗な女性と一緒にきたあのリーダー的な男性。

おしゃれなハットに、全体的に統一感のあるおしゃれなファッション。

かっこいいな。
もしかして私のことを意識してついおしゃれにしてくれているのだろうか。

またハピネスな勘違いが作動した。




彼はその日から一週間毎日来ると店長に話していたのを耳に挟むみ、

つい
私にアプローチしたいからなのかなと思い込んでしまった。

いつも声をかけて冗談を言ってくれるのも、
個人に対しての声かけをしてくれるのも

ただのいい人なのか。
少しくらい好意を持ってくれているのか。


勘違いしたかった。
いや、正直心はそう勘違いしていた。


4日目


次の日、もしかしたらその人が来るかもしれないといつもと違って
少しおしゃれをしてみる。

いつもはついお店の雰囲気に合わせてシンプルな黒の長袖にスリット入りのタイトスカートを履くものだから。

今回は赤色のカーディガンにタイトスカートで可愛らしいものを意識してみる。


「来なかったか。」

用事がどうとかで今日は来れなかったらしい。

目の前で店長がそういうのを聞き内心すごく残念だった。


会いたかったな。


会いに行っちゃおうかな。

そういや飲食店経営しているんだっけ。


いやいや待てよ。

またがっついてしまって、勘違いだった時、
いやそうでなくても
今いってしまってこっちが行かなくても来てくれる女になってしまっていいのだろうか。



いろんなことを考えて行動を止める。


いつもなら行く。

でもいつもと違う結果が欲しい、

ならやめておこう。

そうして片手にタオルを包み、水滴がまだ新しいグラスを手で取る。





5日目



もう2日来てないよ。


そうかと心寂しく思う。

まぁ、毎日流石に同じ店で夜ご飯食べたいとはなかなか思わないよな

いや厳しいよな。


なんて納得して、また寂しくなる。


会えたらいいなって思ってついつい意識して
別のお客さんがぼちぼち来るのを笑顔で接客する。


今度はいつ来るだろう。


こうやってずっといたものがなくなって、意識してっていう
作戦なのでは!

そうやってウブな私はまたきっと考えすぎて勘違いをしていた。


でもそれがなんだか楽しくて、もう楽しんじゃおうとご機嫌でその日もグラスを洗っては拭くのだ。


6日目

「こんにちは〜」


知らない男性が入口から入り、
もう一人が入ってくる。

あ、
来てくれた。


嬉しい気持ちがつい出ていたかもしれない
「お久しぶりです!」

「いや2日だけどね」

と会話が入る。


笑顔でついつい言ってしまった。


席についた二人へお冷を運ぶと

「そういや明日バレンタインデーだね。
今年もらえるかな」

なんて会話を目の前で聞く。


欲しいってことか?

そうして私はワクワクしてカウンターへ行くのであった。

ニヤニヤが止まらず、少し経って
バレンタインデーでチョコを渡すなんて最近は考えていなかったななんて
少し大人になった気持ちになり寂しくなる。



作ろうかな。

いやチロルチョコをポンと明日渡してみようかななんて思う。


明日来てくれないかな。

明日は精一杯おしゃれをしてこよう。


会いたいな。


知り合いが連日来るというのが落ち着き、まだ人気のない店内で
店長はそこの席で男性達と話しだした。


盛り上がっているので、
何か理由をつけてみに行くのはできないな。


諦めて他の人と話す。



今日はその人は酔った様子はなく、なんだか落ち着いていて雰囲気が違った。

お酒を飲んでいるからその場のノリで楽しそうなだけだったのだろうか。


勘違いから少し冷める時、
ほんの少しだけ変に大人になってしまったのかななんて大人になるのが怖くなる。



7日目 バレンタインデー






「あの、」


ゴミを出していた私の前からその人が姿を現す。

なんでだろう、さっき帰ったはずなのに。


声をかけられてなんとなくドキッとした私は、接客の癖か少し笑う。



握った手を差し出され、
彼が口を開けた。


続編は明日
ニヤニヤだ。

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