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#082 スカンノへの旅 (その21) 「今日はゆったりとした気分だ」

 スカンノでは4日間、朝から夕刻まで一日中スケッチをした。画家でもなく、絵画の勉強をしているわけでもない私が、一日中、屋外でスケッチをする。それも4日間連続で。遊びと言えども、それは想像以上に大変なことだった。
 流石に4日目は疲労を感じ、集中力がなくなった。スケッチブックの白紙にペンを下ろすことが面倒になり、描き始めるのにヨォ〜イショ! と心の中で掛け声を掛ける始末だった。

 4日間のスケッチを終えて、スカンノを去る日となった。ホテルを10時に出発だ。スケッチブックや画材道具はスーツケースに仕舞った。もう絵を描く気力も体力もない。カメラを持って、最後の散歩に出掛けた。
 スケッチをしたそれぞれの場所に立ち、建物に声を掛けた。「グラッツェ」「チャオ」素敵な時間をありがとう。
 歩きながら、今日はもう絵を描かなくて済むことに、ホッとした気持ちを持った。待ちに待ったスケッチツアーだったが、4日連続で絵を描き続けて少しばかり疲労した私は、スケッチから解放されたことに安堵感をもった。ああ、今日は絵を描かなくていいんだぁ〜。良かったぁ〜と。

 町の中を歩いていたら、スケッチツアー講師の古山浩一画伯がバールの外の椅子に座り、カプチーノを飲んでいた。彼はカプチーノがお気に入りだ。私が彼の前に立つと、古山画伯は満面の笑顔を私に向けて、こう言った。
「今日は、ゆったりとした気分だ」
 古山さんは、いつもサラサラとペンを快適に動かして、空気を吸っているかのように自然に絵を描く。私が苦労しながら線を1本1本引いているのに、彼は何の苦労もないかのように線をサッと引く。鍛えられた頭脳と身体が呼応仕合い、一つの作品を完成させてゆく。その軽やかさを、私はいつも羨ましく思っていた。
 その古山さんが「今日はゆったりとした気分だ」と、私と同じようにスケッチから開放されたことを喜んでいる。
 プロの画家は、この4日間、私が想像する以上の闘いをしていたのだ。甘えは許されない。納得できるまで追求すべきものが多数あったに違いない。苦しみの連続だった。それらから開放された。俺は自由だ。なんて清々しい朝なんだ。
 カプチーノを口に運んだ古山さんの笑顔の奥からは、そのような思いが伝わってきた。

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