#085 スカンノへの旅 (その22) 帰国の飛行機にて
スカンノには5日間滞在した。中4日間、朝から夕刻まで屋外でスケッチをするという、普段やらないことをやった。それは、ある意味、冒険でもあった。そのようなことが私にできるだろうかと不安だった。流石に4日目には集中力を欠いてきたが、スカンノの魅力的な町並みと同行者の笑顔が私を励ましてくれ、無事にスケッチツアーを終わらせることができた。
スカンノからローマへ。ローマから機中の人となった。飛行機の中での長時間をどう過ごすかが課題でもあり、楽しみでもある。過ごし方の一つに映画鑑賞があるが、映画を観ていて困ったことが起こった。
映画は美しいロケ地で撮影されることが多い。心に沁みるBGMとともに登場人物が語り合う。その映画のシーンを見て、映画の世界に引き込まれるはずが、映画の美しい背景を見ては、スカンノで目にした様々な光景が瞬時に思い出されるのだ。
乳母車を押した女性が歩いていた。すると通りがかりの人に声を掛けられ、あれよあれよと人集りができた。皆それぞれに乳母車の中を覗き込み赤ちゃんに声を掛け、母親も周囲の人達と楽しそうに会話をしていた。
石段の坂道でスケッチをしている時、ミサに出掛ける家族を見た。車椅子に乗った男性を玄関から出し、家族の力を合わせて石段を一段一段と登って行く。歴史地区に住む人達はバリアフリーとは程遠い生活を強いられることもある。足の悪い男性だけ家に残るという選択肢もあるだろうに、「家族全員でミサに行くという生活」を大切にしていることが想像できた。
映画の美しいBGMを聴くと、スカンノで耳にした「チャオ」「チャオ」の挨拶が思い出された。あちこちから耳に飛び込んできたイタリア語の響きが再現された。私はスカンノの人々の会話をBGMにしてスケッチをしていたのだ。
私は、少しも映画に集中できていないことに気付き、映画のスイッチをOFFにした。そして、目を閉じ、スカンノで過ごした時間を反芻して楽しむことにした。
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