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「なんのために勉強するの?」――15才のころの自分に、いま答えるなら。

「いい大学に入って、いい会社に入る」というキャリア形成のあり方が、年々揺らいできているなかで、もし今

なんのために勉強するの?

と中学生くらいの子に聞かれたら、どうこたえますか??
今回のnoteでは、10年前の自分に精一杯向き合って、この問いかけに答えてみようと思います。

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そっか。
いまの勉強がつまんない?
行きたい高校には、そんなにがむしゃらに勉強しなくても行けそうなんだ。

勉強する代わりに、なにか夢中になれることがあるの?
......キャンプかぁ(笑) たしかにキャンプもたのしいけどね。

夜に森のなかで、みんなでかくれんぼしたのが楽しかったって?
うんうん。あれは勉強にはない、ドキドキわくわくだよね。

......そっか、毎日楽しいこともあるけど、どんな未来がやってくるか、あんまりよく見えなくて、それが不安なんだね。
それはきっと大人も一緒だけど、たしかに先のことがよく分かんないと、目の前のこと、なんだかやる気なくなっちゃう感じ......分かる気がするなぁ。

ちょっとチョコでも食べてゆっくりしよか?
......あぁ、そうだ。最近読んだ本で、すごく心に残ったものがあってさ。
......ええと、どこに置いたっけな......。
あぁ、これだこれだ。
『歩きながら考える step8』っていう小冊子。
岩村奈実さんという方が書いた「未来に向かって後ろ向きに」という文章なんだけどね。
この文章では、「未来からの挨拶―Back to the Future―」という堀田善衛さんの書いたエッセイの内容が紹介されてて、
古代ギリシアでは、過去と現在が自分たちの前方にあるもので、見ることのできない未来は、自分たちの背後にあるものであると考えられていたらしいんだ。

岩村さんは、「未来が目の前に広がっているという考えはいつから定着したのだろう」「見えない未来に期待しすぎて、過剰に不安になったりがっかりすることも多い」って書いていて、たしかに!って思ったなぁ。

堀田さんは「眼前の歴史と現実を見て見て見抜いた人間が、背後にひとつの未来像を見出すことができるのだ」と1994年に記しているらしい。
ぼくら大人も、目の前の歴史と現実をちゃんと見抜けているか、100%の自信はないんだけどね。
きっと、未来ばっか見よう見ようとしてたら、やっぱりだめなんだと思う。

たしかに目の前にある学校の宿題とか勉強とかは、厄介なものもあるかもしれない。気持ちが乗らないこともきっとあると思う。
でも、目のまえにやってきたものを、今ないがしろにしていたら、きっとこれから出会う・目の前にやってきてくれるものに対しても、中途ハンパになっちゃうんじゃない? 
「これは自分に必要ない」とか勝手に決めつけて。
もちろん、批判的に物事をみることも大事だけどさ。

変に結果とかにこだわらないでさ、目の前にやってきたものにさ、ガチッとぶつかって向き合ってみようよ。
それにしてもさ、未来に向かって後ろ向きに進んでるって考えたら、ぼくはちょっと気持ちがラクになったよ。
だからさ、変に力入れないでさ。毎日気長にやってこ。

そうそう、さっき紹介した文章で岩村さんは「未来を見通す力よりも、過去と現在を見抜く力のある人が、結果的に新しい道を切り開いていくのではないか」って文章をまとめてるんだけど、勉強だってさ、ちゃんと真正面から向き合えば、「過去と現在を見抜く力」を少しずつ鍛えてくれるよ。
ぼくは今もそうやって、毎日まいにち、未来にむかって背筋のばして生きてるつもりだよ。

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参考文献:『歩きながら考える step8』歩きながら考える編集部、2016年。



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