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わかりやすい美しさ、と人間らしさ 【♯6Feeling good ever! 〜お相手はポルノ依存症〜】

どんな男性も見事に起ち直らせる(!)祈祷師に会いに行き、汚部屋を片付け、タケシさんを無事部屋に招くことができた淑女研究家のわたくし。

ケータリングで頼んだお料理を手料理風に盛り付け、テーブルに運び終えると、どこからか、聞いたことのあるダミ声が響いて参ります。

タケシさんが見ているテレビ画面を見ると、見覚えのある風景が映し出されておりました。

こ、この風景は、もしかして・・・。

画面上部に映し出されたテロップを読むと、“伝説の女子プロレスラーカップル、お宅訪問”と書かれております。


ひぃ!!


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画面に映し出されたお母さまのお顔には、現役時代と同じ稲妻のメイクが施されております。

思わず悲鳴を上げそうになりました。

「おいゴラ、ここのスミがまだ磨けてねぇだろが。エ?」

お母さまは、見た目に反して細かいのです。
リポーターでやってきた芸人の方に掃除をさせたお母さまが、画面上でキレておりました。

「このサンダーって人、やばいな」
キャメルクラッチを芸人の方に食らわせているお母さまの様子を見て、タケシさんが爆笑しています。

わたくしにはなにが面白いのかサッパリわかりませんが、タケシさんが面白がっているのでチャンネルを変えることができません。

お母さまについて知られることだけは、絶対に避けなければなりません。

それなのに、なぜタケシさんがいらっしゃる時に限って、こんな番組が放送されるのでしょう。


タイミングの悪さを呪います。

パートナーのチムニー・ケイコさんから私生活では甘えん坊キャラだと暴露され、本気で照れているお母さま。
この番組が日本全国に流れているかと思うと、ゾッとします。

「この人たち、ブレイクしそうじゃない?」
「おかわりする?」

わたくしはタケシさんの質問をスルーして、空になった茶碗を受け取ると土鍋ごと届いた白飯をよそいました。

「それにしても、すごい量だね」
うなぎ、レバニラ、豚肉のガーリック炒め、カキフライ、オクラとアボカドのサラダなど、ケータリングでオーダーした精力増進料理を前に圧倒されたのでしょうか。タケシさんが苦笑いしておっしゃいました。

「タケシさんが小食なんですよ。頑張って作ったんですから、遠慮なさらず、もっとお食べになってね」
「あれ? あの写真」
声を弾ませお食事を勧めると、今度はタケシさんが話をそらすように壁に掛けた写真を指しました。

「俺の写真、本当に飾ってくれてるんだ」
タケシさんが聞いてきたお写真は、彼の故郷である飛騨の古川祭りのお写真です。
背中合わせに太鼓を打つ男たちが乗った起し太鼓と呼ばれるやぐらに向かって、上半身裸の大勢の殿方が突進していく様を捉えています。

タケシさんから頂いた作品は二点。
インドで撮影したもう一つの作品は寝室に飾りました。

「タケシさんの地元のお祭りの写真なんでしょ?」
「古川」
タケシさんは、ポツリと言ってから続けました。
「古川って祭り以外、本当、なんもないんだ。みんな祭りのために生きててさ。祭りの日は学校も休み。会社も休み。太鼓打ちになれるって、地元では凄いことでさ」

やぐらの上で太鼓を打つ男性を、太鼓打ちと呼ぶのでしょう。
推測しながら相槌を打ちます。

「つぅても、親父も太鼓打ちだったしさ。俺も小さい頃なりたかったしね。思えば、世界狭かったよな。でも、今でも憧れるんだ。俺も親父みたいな男になりたいって」

わたくしは、タケシさんのお話しを聞きながら、しばらく会っていないお父さまのことを思い出しました。
お父さまとお母さまが離婚した原因は、明らかにお母さまのせいです。しかし、当時レスリングをたしなんでいたわたくしにも原因があるのではないか。


せめて、娘のわたくしがもっと女らしくしていれば。

わたくしは当時のことを想い出し胸が痛くなりました。
淑女研究家として活躍している現在のわたくしの姿を、どこかでお父さまが見てくれていますように。

「右下のこのオヤジ、見える?」
お父さまに思いを馳せていると、タケシさんが写真に写る一人の男性を指さしました。
「この右端の方?」
「そうそう。このオヤジ、ずっと頭をガードしてるから気になってさ。二時間くらい? 俺、ずっと見てたんだよ。そしたら予想通り、人に押された瞬間、ズルってズラが取れてさ。その慌てっぷりが面白くって」
思い出し笑いをしながらタケシさんが説明しました。
「そんなに笑うなんて、失礼です」
「違うよ。そうじゃなくて」
タケシさんは笑い過ぎたせいで涙が出たのか、指で目尻を拭っています。

「なんだろう? 人間らしくて、嬉しかったんだと思う」

笑っていいのか悪いのか、わたくしはタケシさんのお話しを聞いて反応に困ってしまいました。
「で、撮った写真がコレ」
確かに、男性の必死な形相から、相当焦っていることが伺えます。
タケシさんの説明を聞いてから見ると、随分写真のイメージが変わって見えます。
わたくしは思わず吹き出しました。
「それって、説明がないとわからないじゃないですか。せめてビフォアー、アフターの写真が必要ですよ」
「まぁね。自己満足だけどさ」

タケシさんはそう言うと、楽しそうにご自身で撮られた写真を眺めました。

「俺、人らしさが見える瞬間が好きなんだと思う。一生懸命カッコつけて生きてるのに、ふとした仕草や行動から人間らしさが見える瞬間ってあるでしょ。そういう時、みんな一生懸命生きてんだなって、安心すんだよね」

今、タケシさんがお話ししている内容そのものが、わたくしには人間らしく思えます。

センスが良いとか悪いとかはどうでもよく、他人は知らないであろうタケシさんの一面を知って、わたくしは嬉しくなりました。

「またそういう作品、撮ればいいのに」
わたくしが提案すると、タケシさんの表情が強張ったように感じます。
「わたくし、なんかマズいこと言いましたか?」
「いや」
タケシさんはそう答えると、お箸をテーブルの上に静かに置きました。

「前は心が動く瞬間に反射神経で撮ってたけど、今は‘こうしたらいいんだろ?’って、どっか頭で計算してんだよ。そう考えたら、もうこういう作品は撮れないかも」
 
誰が見ても美しく、わかりやすい写真を撮影するのと、こういう作品を撮るのとでは、使う神経が違うのかもしれません。

「それは今、タケシさんが商業用写真ばかり撮影してるから、余計そう思うのでしょうか?」
わたくしの質問に、タケシさんが慎重そうにゆっくりと頷きました。

「消費されて金になる映像って、みんな現実より、よくも悪くもオーバーな画を求めてるから、そういうのに慣れたっつぅか。自分自身、本当に撮りたいことが、最近よくわかんなくてさ」
「わたくしも似たようなこと、考えたことがございます」
タケシさんの話を聞き、峰岸さんに依頼されている今回のお仕事を思い出しました。

「沢山の情報の中から、わたくしのコンテンツを読んでもらうためには、よくも悪くも大袈裟で、わかりやすくないと誰も見てくれません。当たり前ですが、伝えたい想いより、読む人やスポンサーにとって都合のいい情報が求められますよね。

そのためにも、真実さえ変な方向に歪ませてしまう場合だってございます。本当はそんなこと、したくないのに。そんな妥協を繰り返すうちに、自分がしたかったことも思い出せなくなる時が最近多くて」

女性の立場で幸せを追求する淑女の生き方を世界に広めるべく、わたくしは六年前に会社を立ち上げました。

そもそも男性と女性は違うのですから、男性を基準にした生き方は女性にはそぐわないと感じているからです。

しかし、いくら理想を掲げたところで、ある程度の利益を出さなければ、生きていくことができません。

多少の妥協は必要だとわかってはいるのですが、峰岸さんのお話しを聞いてから、どうも納得できないのです。

「よりショッキングで、より綺麗で、より汚い情報に価値が生まれる世界で、なんの事件も起きない、平和で幸福で平凡な情報を必要とする人間は、どれくらい存在しているのかしら」
「さぁ、どうだろうね」

古川祭のお写真を見つめながら言ったわたくしの呟きに、タケシさんが答えました。
お互い写真を見つめているだけなのに、心が繋がったような不思議な感覚です。

一人じゃない。

そう、感じたのでございます。

「俺、皿洗うよ」
「いっ、いいですっ。結構です」
急にタケシさんがお皿を持って立ち上がったので、わたくしは我に還りました。
慌ててタケシさんが運ぼうとしているお皿を奪い取ります。
「そうだ! お風呂は?」
お料理をした形跡のないキッチンは、見せるワケにいかないのでございます。
「お風呂に入ってくださいまし」
わたくしはタオルを押し付け、つい先ほどまでカビだらけだったバスルームへタケシさんを連れて行きました。


ここからが勝負なのです。


のんびり落ち着いてる場合じゃございません。
汚れた食器をシンクに放り投げるように運び終えると、わたくしは寝室へダッシュいたしました。





つづく▼

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ラジオでも喋っちゃってます。▼


「性、ジェンダーを通して自分を知る。世界を知る」をテーマに発信しています^^ 明るく、楽しく健康的に。 わたし達の性を語ろう〜✨