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黄泉の探索者-11[工業都市]


異界の森林の中は、自分たちがたてる物音以外全くの無音だった。

「”植物が発する低周波のため、地上では短距離無線通信が使用できないことが判明した。その結果、我々はジンウー6を経由する衛星通信を都市との間に作ることにした”。ね。やっぱり植物のせいだったでしょ」
「納得できません。植物が電波を発するなんて」
「ニクスは頭固いなあ」
「そういう仕様ですから」

短距離無線通信が使えないので、三人は合成音声を発して会話できる範囲から離れないように移動していた。足場は密集した原生植物のために非常に悪い。視界も悪いので少しでも離れるとすぐに互いの姿を見失いそうになる。それでも、スペクター特有の学習機能のために三人は早くも現地に適応していた。

より効率よく移動するための手段を、三人それぞれ独自のスクリプトを構築しながら移動していた。それは常にアップデートされ、より最適化されていく。

「ねえ、この惑星って磁石も役にたたないけど、住民の人はどうやって方角を調べてたんだろうね?」
「だからこそ、町に塔を建てたんでしょう。目視できるギリギリのところに。大気の突然の変動があったそうですから、以前はもっと空気が澄んでいて見晴らしもよかったと推測します」
「なるほど。さすがニクス」
「あー、視界が乱れるのがうぜえ」
「我慢しなよディーリー。みんないっしょだよ」
「わかってるよチビすけ。今のは愚痴っていうんだ」
「覚えとこ」

三人の絶えず発するおしゃべり以外の音がない森の中、唯一他に動くものがあった。青色をした植物の一種が、急速に成長している姿だった。それはベガe2到着直後から観測されていたもので、三人とも「この惑星の植物の成長スピードは早いんだな」程度の印象しか持っていなかった。ニクスだけは怖がっていたが、それは彼の地球の常識を詰め込んだサブストレージに保管されているデータの影響である。

「ねー、この青色のエネルギー源ってなんだと思う?」
「太陽光でしょう」
「でもずっと曇ってるよ」
「地面になんかあるのかもな。レポートにあったろ。採掘場の地下が大気変動の原因だったって。地下になにか熱源が資源でもあるんだよ」
「うーん、二人の話を聞いてると勉強になるなあ」
「お前もその空っぽの頭で仮説をたててみろよ」
「えー。そうだなあ……」

頭上を覆うように生えている硬い植物をくぐるようにして通り抜けると同時に、足元をうねうねと這うような形の植物を跨ぎながら、メインプロセッサで考える。ベーシックたちはこの植物とどうやって付き合っていたのだろう。そもそもベーシックがいなくなってから植物が活性化したのかも、当時からこんなに活発だったのかもわからない。
ふと、ベガ星系にきてから今まで収集していたデータが結合した。それは無意識領域での処理だったのでアオハは自覚していなかったが、たしかにアオハの成長にしたがって構築してきた意識OSの独自の処理だった。

「もしかしたら、大気の変化そのものが植物を活性化させてるのかも」
「元々はベガe2はこうじゃなかったかもってことか」
「わかんないけど、その可能性もあるじゃない?こんなところに町を作るのは大変だと思うもの」
「たしかにな」
「ベーシックは我々ほどではないとはいえ、環境に適応する能力は強いものです。この惑星の環境にも適応していたのではないでしょうか?」

あーでもないこーでもないと議論を交わしながら森を進む。
しばらくすると小さな町が見えてきた。

「やっぱりここもすでに廃墟か……」
「ほんとにこんなとこにベーシックが住んでたのかな?」
「でも、生活の痕跡はありますよ」
「だよねえ……」

建物は植物と一体化していて、それが人工的な直線を描いていなかったら気づかなかったかもしれない。
ドアの残骸を開けると、案の定中に人骨が転がっていた。

「ここもか」
「たしか、宇宙港と工業都市ってところの間にいくつか町があるって書いてあったよね」
「この町も中間拠点として活用されていたのでしょうね」

黙祷を捧げ終わったニクスが言った。
ニクスは毎回変わったことをしているな、とアオハはそれを記録しながら考えていた。


「じゃあいくよ?」

アオハは植物と金属でできた塔の前に立って振り返った。目の前にディーリーが立っている。

「いつでもいいぞ」
「ほい」

自分の半分程度の質量しかないディーリーのドールを抱え上げると、塔の上部に向かって思いっきり放り投げた。


投擲されたディーリーは、正確に塔のてっぺんに到着した。ここ2回、同じような町を発見しては塔を登らされていたアオハが提案した方法である。

ディーリーは各種カメラの付いた頭部パーツをくるくるを回しながら周囲を観察した。

「あったぞ。今度のはいままでのよりもデカいな」

同時にアオハとニクスに座標が送られてくる。ジンウー6と宇宙港を基準として、三人は独自の地図を作っていた。太陽が登ってくるほうが東、と仮定して方角を定めて探索をしたいる。

ディーリーが示したのはここからさらに南のほうだった。宇宙港から見て南西の方向に向かって、点々と小さな町が存在していた。それも目視でギリギリ見える範囲に高い塔が建っているので、高いところから見れば大体の場所が分かる。

「やはりここに住んでいたベーシックたちは星を見たことがなかったのですね。そして磁石も使えないとなれば目印を建てるでしょう?」
「不便だね」
「宇宙港と工業都市はなるべく交流しないという制約があったと、レポートにありました。なぜかはわかりませんが、移民たちの間に軋轢か派閥でもあったのでしょうね。ベーシックはいつもそうです。だからなるべく距離を置こうとした。そして、その間に拠点としてこうした小さな町を作ったんですよ」
「うんうん。ニクスの言うことは勉強になるなあ。ベーシックが何考えてるかなんてぼくはあんまり気にしたことがないかも」
「以前のお前はそうじゃなかったんだけどな。ベーシックに興味津々だったぞ」
「え、そうなの?」
「なんかやりづれぇな……」

ディーリーの最後の独り言は無視して、三人はマークされた地点に向かって歩き出した。

塔の上部から、植物を足場にしてぴょんぴょんとディーリーが降りて来た。

「ベーシックに会いたいからってISSAのドール使用認定試験受けるくらいには熱心だったぞ」
「なるほど。今のぼくがこうしてベガ星系にいれるのはベーシックへの興味があってこそなんだね。なんだかへんなの」
「へんなのはあなたですよ……」

雑談を交わしながら数時間移動して、たどり着いた先はこれまでとは比べ物にならないほど大きな街だった。

「わあ……これが工業都市ってやつ?」

アオハの疑問に答える声はない。二人とも街を見て言葉を失っていた。実際は意識OSのプロセッサをフル稼働させているに違いないのだが。

そこにあったのは金属でできた、幾層にも重なる不思議な造形をした人工物だった。それが何種類もの植物に覆われている。隙間から見える錆びついた壁やドア、柵から道と建物の天井を兼ねる頑丈な床まで、
すべてが様々な金属でできていることが見て取れた。それが地面から生えてきたように、三人の目の前に壁を作っている。

「おーすげ。サイバーパンクってやつだな」

何らかの処理を終えたらしいディーリーが、意気揚々と先陣を切って歩き始めた。

「ちょっと、先頭はぼくの役目でしょ」
「いいだろ少しくらい。譲れよ」

ディーリーはてくてくと四本脚で植物の間を器用に登っていく。
アオハとニクスも彼に続いた。本来は階段かはしごでつないでいたらしい建物の間も植物で覆われているので、登るのは容易い。

「ほお……」

ディーリーが感嘆の言葉を漏らした。わざわざそんなことを言うのは、短距離無線通信がエラーになるために感情タグが使えないからだ。

「ディーリーってこういうの好きなんだ?」

街の中心に、これまでとは比べ物にならないほど巨大な塔が立っていた。てっぺんにアンテナのようなものがついている。

「お前も好きだっただろ、古典SF映画」
「覚えてないですー」
「ああ、あそこに受光器がありそうですね」

ニクスは二人のやり取りを無視して塔を指した。
ここまで通ってきた道で、大型受光器があったのは宇宙港の近くだけだった。それ以外の町には小型の受光器があるだけだったので、町を中継して送電していることがわかっている。

大型受光器の周辺は危険なので住居からは遠ざけるのが一般的で、このあたりは地球と変わらない。


なんとなく、目立つ大きな塔から調べることにした。

「ねえ、これなんだと思う?」

三人は塔の前に立って見上げていた。
他の建物と同じように植物に覆われていてるが、他よりもしっかりとした作りに見えた。

「時計塔に見えます。前にも言いましたが。しかし……」
「針の形が……なんだありゃ?」

ディーリーとニクスが何やら言い合うのを無視してアオハは塔の中に入る入口を探した。アナログの時計が12時間表示なのはニクスに聞いて知っていたが、実物を見たことがないし、完成されたものに対してそれほど興味もなかった。それよりも、この塔が何をするために作られていたものなのか知る必要があるように思われたのだ。

手慣れた様子で建物を覆っている蔦上の植物をそっと取り除くと、入り口を見つけてこじ開けた。

「わーお……」

塔の内部は複雑に組み合わせられた機械のように見えた。
太いケーブルが均等に張り巡らされ、植物の絡まった銅板に接続されている様は基盤のようだ。ニクスなら使い方を知っているだろうか。そう思って振り返ると、入り口にニクスが立っていた。後からディーリーが続いて入ってくる。

「わー。すごいなこれ」

塔の内部は比較的植物が少なかった。それで短距離無線通信が復活したのか、ディーリーから”歓喜”タグが届いた。よほど感情タグを送りたかったらしい。

「これなんだと思う?」
「初期のコンピュータによく似ています」
「そうだな」
「へー」

アオハはそれがどんなものか知らない。ニクスがそっと右手を差し出したので、その指先に触れる。接触通信で何枚かの画像が送られてきた。
二進法を刻んだ用紙、多数の真空管をつなげたもの、部屋いっぱいの機械etc. 
これがコンピュータなのかと首をかしげるアオハと対象的に、ニクスとディーリーは何かを言い合っていた。

「この塔全体が計算機ですか?」
「いや、というより……」
「何の話してんの?上まで行かないの?」
「そうだな、行ってみるか。なんだか規模が大きすぎて驚いちまった」
「ディーリーがそんなこと言うなんて珍しいね」
「そうか?」
「とにかく、この塔がなんのために作られたのか調べる必要があります。みたところ古い大型の計算機……しかし、宇宙港にもジンウーにもコンピュータならありました。当時の型ですから古いのは当然ですが、なぜこの街はコンピュータをイチから手作りしたのでしょう?」
「それを調べるんでしょう?」

アオハは感情タグがエラーで送れなかった代わりにとびきりの笑顔を作った。

「たのしそうだね」

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起承転結の「起」くらいで文字数多くなったので一旦区切ります。

誤字脱字等ありましたらコメントかツイッターで報告いただけると大変ありがたいです。

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