second_test 04

部屋に転がった死体の検分をアオハにまかせて、ダミアンは部屋を見渡した。モニタの並んだ側の壁に別のドアがある。本来の間取りならキッチンへ続いているはずだが、この改造された部屋を見る限り、ただの住居ではないことは明らかだった。
「指紋は入り口のIDの人物と一致してるよ。網膜はないから分からないけど、この建物に出入りしてたIDは一つだけだからこの人のもので間違いないだろうね」
死体をスキャンし終えたアオハが言った。奥の部屋に続くドアを覗いているダミアンのほうへてくてくと歩いてくる。
「なんか気になるものあった?」
ダミアンは黙って手招きして、アオハに隣の部屋を見るようにうながす。ドアの隙間から見えたのは大型のモニター。床には二本の足が見えた。上体は壁に隠れて見えない。
「ふうん。出入り口のIDは一人分しかなかったけどね」
止めるまもなくアオハはドアを大きく開けた。スペクターの警戒心の無さは、知識としてはあっても実際に遭遇するとひやひやする。
「うかつにその辺の物に触るなよ」
「大丈夫だって」
制止を無視してアオハはスタスタと部屋に入っていってしまった。慌てて後を追いかける。
「へー、興味深いや」
「……」
大型モニターの前に置いてあったのはスペクターが使うドールだった。頭部がなく、腹部が破損している。少し汚れてはいるが、着用しているのはISSAの白い制服だった。左胸の位置にロゴがついているのでひと目で分かる。
「これ、君と一緒に来た子のやつかな?」
「おそらくそうだろうな。他にスペクターが地球にいるとは聞いてない」
「ふーん」
アオハは破損したドールの脇にしゃがんで膝をついた。記録のために隅々まで眺めてスキャンする。
一方ダミアンは視線を感じた気がして部屋を見回した。視線の正体はすぐにわかった。大型モニターと反対側の壁に面した机の上に、目を見開いたドールの頭部が置かれていた。真っ白な長い髪を持ったドール。一緒にVTOL機に乗っていたスペクターに違いなかった。
胴体のスキャンを終えたアオハがそれに気づいて近寄っていった。躊躇なく頭部を持ち上げて、スキャンのために眺め回す。
「なんかこれ、ニクスのドールに似てるなあ……」
「そういやそいつ、そんな名前だったな」
「え!?これニクスのなの?マジか」
「知り合いか?」
「そんなところだね」
スキャンを終えたら興味がなくなったかのように、雑に頭部を机の上に戻して部屋を見わたした。
「なんか他に気になるものないかなー」
「お前、楽しんでないか?」
「ちょっとね」
「俺の命がかかってるんだぞ」
「大丈夫だって。あ、コアブロックみっけ」
スペクターは気楽な感じでそう言うと、大型モニターの隅に歩いていった。モニター脇の小さな机の上に立方体が置かれている。スペクターの脳とも言えるコアブロックで、通常はドールの腹部に内蔵されている、手のひらサイズのハイブリッドコンピュータだった。小さい割に高性能だが、一般人が容易に手に入れられる価格とスペックではない。
「……コピーしてる」
「何?」
「ニクスをコピーしてる。壊すからちょっと離れてて」
言うやいなや、アオハは携帯していたサブマシンガンを連射した。驚いているダミアンの前で全弾撃ち尽くすと、無言でマガジンを取り替えた。
大型のモニターには無数の穴が開いていた。
「何やってんだ。調べなくていいのか?」
「本人の同意がない意識のコピーは違法だよ。とりあえずニクスのコピーを止めることが最優先だと判断するよ」
「もっと静かに止める方法知ってるんだろ」
「データを消去するには物理破壊が一番確実なんだよ」
そういうとアオハはポーチから手榴弾を取り出してニコッと笑った。
「ちょっと離れてたほうがいいと思うよ」

二度の爆発音が聞こえてから、ダミアンは死体の転がったリビングから出た。
大型のモニターと本体は無残に大きな穴が開いていたが、コアブロックは原型を留めていた。至近距離で手榴弾の爆発を受けたアオハは、ドールに刺さった破片を引き剥がしていた。ドールに痛覚は無いとは言え、あまり見ていたい光景ではない。なんとなく、床に転がったニクスのドールの胴体に視線をやり、それから奥の机に置かれた頭部を見た。目が合う。なんとなく落ち着かない気分になって、せめてドールの瞼を閉じさせられないかと試みたが思った以上に固くて無理だった。繊細な見た目に反して頑丈である。

諦めてアオハの方を振り返る。
彼はポケットにしまっていたクラックナイフを取り出した。手榴弾で破壊したのはコピーしていたコンピューターの方だけで、コアブロックは原型を留めていた。そこにクラックナイフを突き立てる。
クラックナイフは刃物の形状はしているものの、物を切るのにはまったく役に立たない。それが役にたつのはスペクターのドールを破壊するときだけだ。
二人が見ている前で、ニクスのコアブロックはまたたく間に砂状になって崩れ落ちた。
「これでよし」
「気になることがあるんだが」
「なに?」

満足げな表情のアオハに対して、ダミアンは落ち着かない気分だった。隣の部屋にある死体。とてもではないが自死には見えない。
そう言うとアオハは心得ていたように言った。
「まあたぶんさっきの爆発音で犯人はこっちに気づいたと思うから」
「わざとやったのか?」
「怒らないでよ。コンピューターを壊すついでだって」
「相手はVTOL機を真っ二つにする奴だぞ」
「それなんだけどさ、ドクター・クバーレクって人を殺した奴と同一人物だとすれば、武器はオプションだよ。アレは狭い室内で扱えるようなものじゃないはずだ」
「その上でIDを偽装して建物を出入りできる者か?お前らの仲間じゃないのか?」
「スペクターってこと?アテナが把握してないドールはいないよ。それに違法だ」
「アンドロイドって意味だよ。野良のドールがいるかもしれないしな」
「アテナの管理外でドールは作れないよ。アテナが基礎設計図を管理してるから。犯人がいるとしても、ぼくたちとは全然違うモノだと思うな」
「質問を変えよう。犯人は人型をしてると思うか?」
「確証は持てないけど」
向かい合う二人から少し離れたところにある、廊下に続くドアが開いた。ダミアンはとっさに銃を構えて、アオハは顔だけをそちらに向けた。
「元が人間なら、人型のほうが色々と都合が良いんだよね」
「分かってるなら早く言え」
部屋の出口に、金属で出来た歪な人型が立っていた。


アテナはプランBを考えていた。
USSFから隊員が音信不通になった責任を問われて、とっさに戦闘経験のあるスペクターを調査要員として派遣すると返答したものの、データベースをひっくり返して検索しても該当者は一人しかいなかった。彼ならば問題はない、と推測できる。パーソナルデータを使ってシミュレーションを繰り返したが、問題解決能力は充分にあった。しかし、それ以上に予測できない事態が多すぎた。そもそも自分の「目」の届かない範囲があるということが充分に異常事態なのだ。
アテナに感情はないが、もしあったとしたら苛立ちに似たものを感じているはずだった。
改めてシェオル市民のデータベースを検索し直してみたが結果は同じだった。シェオル市民の中でもISSAの職員はごく一部である。その中でもドールがすぐに使用可能な上に野蛮な戦争ゲームをしている市民となると該当者はほんのわずかだった。更にそのなかから問題なくベーシックと意思疎通ができそうな人物となると、一人しか該当しなかった。アテナがTMW3プレイヤーを選んだのは気まぐれではない。銃の使用経験が必要だと考えた結果である。プラグインで対応はできるが、付け焼き刃のプラグインでは実戦での対応速度に差が出てくる。どうしても、無意識レベルで武器が使えるスペクターが必要だった。本来ありえない事態だが、アテナはそれが必要になると予測していた。相手が何者であれ。ちなみに生物だった場合はアテナからドールにセーフティを解除する信号を送らなければならないので、どのみち通信回復は必要だった。
もし八時間経過しても通信が回復しない場合は、別の手段を取らなければならない。いっそ頭数を揃えてゴリ押しすることもプランに入れつつ、それに掛かるコストを同時に計算して逡巡する。
アオハを地球に放り投げてから三時間が経過しようとしていた。まだ、計算する時間は残っている。


地球の公園を模したパーソナルスペースの隅に、人型の人物が現れた。白い長い髪を垂らしたスペクターである。アオハのアバターと同じデザイナーによるもので、ふたりの顔の作りはそっくりだった。
人影は木陰で相変わらず寝ているディーリーに無言で近づくと、人の腕くらいの長さのあるしっぽを掴んでふにふにといじり始めた。しっぽをいじられてからしばらくして、ディーリーがスリープモードから起動した。
「あれ?ニクスじゃねーか。なんとかっていう友達のところに行ってたほうか?」
「キュアノスのことですね。あなたって本当に人の名前を忘れるの、得意ですよね」
「いいじゃねーか。どうせ会うこともない奴だし」
「一回会ってみればいいでしょう。彼は哲学者で読書家ですよ。ディーリーと話が合うと思うのですが」
「俺はそういうのは人と話さないタイプだから」
「まったく、恥ずかしがりなんですから」
「そんなんじゃねーから」
巨大な猫はぷいと顔を背けるとしっぽを一振りしてニクスの手から逃れた。しかし、本体が移動したわけではないので再びむんずとつかまれる。
「ところでアオハは随分と長いことゲームから戻って来ませんね?」
「あいつなら一瞬帰ってきて、月に行くって言って出ていったぜ」
「そうですか。進捗があったようで何よりです。彼もコピーが作れるようになるといいのですが」
「あいつならまあ大丈夫だろ」
「そうでしょうか。長いことゲームしかしてないのでベーシックたちとうまくやれるか心配です」
「お前は自分の心配をしろよ。あいつはゲームですら友達いるらしいぜ」
「引きこもりでぼっちのあなたに言われたくはありません」
「うるせー」
二体のスペクターは一瞬黙った。風に吹かれた木の葉が一枚落ちてきて、地面に落ちると同時に消えた。この空間は贅沢なメモリの使い方をしているが、落ち葉を保存するほど潤沢なリソースがあるわけではない。
「そういえば、地球に行っている方のわたしがなかなか帰ってきません」
しばらくしてからニクスが言った。
「何か考えてると思ったらコピーの検索してたのか」
「はい。統合作業でもしようと思ったので。でもまだシェオルに戻ってきていませんでした。三十分くらいで終わる仕事を任されたはずなのですが、最後にバックアップを取ってから十時間以上経過しています」
「ふーん。まあ物質世界の時間の流れに合わせるの面倒だからな。手続きとか色々あるだろ」
「それもそうですね」
ニクスは表情をまったく動かさないまま巨大猫の耳をぱたぱたと動かし、「楽」の感情タグを飛ばした。ディーリーはそれを受け取ったが何も言わなかった。
ディーリーにもおそろいの人型アバターがあるのだが、人間嫌いの彼はそれを使うことはまずない。自己を生成してからほとんどの時間を、彼はこの巨大猫の姿で過ごしている。もちろん、ISSAの研究室でも猫のままだ。

「暇だなー」
「暇を謳歌するためのコピーシステムでしょうに」
ニクスはディーリーの隣に寝転がった。秋のはじめの日差しが葉の間からチラチラと見えて眩しい。薄いブルーの目を細める。
「また昼寝でもするか」
「睡眠という時間の使い方は最高に贅沢ですね」
「お前もたまにはやってみろよ」
「それもいいかもしれません」
ニクスはディーリーが送ってきた「昼寝プラグイン」を受け取って起動する。レム睡眠を体験できるプラグインで、本来夢を見るはずのないスペクターでも、自身の記憶から生成した合成夢を見ることができる。ちなみに「昼寝プラグイン」のソースコードは公開されているので、見る夢は好みに応じてカスタムすることが可能だ。
しかし今回はあえておまかせモードで起動する。二体のスペクターはすぐに合成夢の世界に入っていった。


アオハは金属製の人型が銃を構えるのを見て飛びかかった。目をやられないように顔の前に突き出した腕に数発被弾したが、構わずに相手の銃身を掴んで上に向けた。天井に穴が開く。弾は鉛だったが、銃は安価なプラスチックのコピー品だった。3Dプリンタで製造されたであろうそれは力を込めるとあっけなく折れ曲がった。ついでに左足を軸に回し蹴りをしてハンドル部分を吹き飛ばす。
「まあ、まずは落ち着いて話でもしようか。ドクター・クバーレク?」
「話が通じると思ってるのか?」
「あれ?違ったかな……」
アオハは困惑した。てっきり相手は死んでいたドクターだと思ったのだが。人型は無言だった。口があるのかもあやしい。
「下がってろ。いや、そのまま取り押さえろ」
「おっけー」
アオハはそれを観察した。体型はダミアンよりも一回りほど大きい。完璧とは言い難い造形を見るにハンドメイドだろう。腕や脚の一部にカバーがなく、人工筋肉がむき出しになっていた。おそらくドールと同じ炭素繊維製。ベーシックの義肢にも使われる一般的なものだ。頭部はフルフェイスヘルメットのようなもので覆われていて表情は伺えない。ふと、ドールのセンサーがわずかな生体反応を検出した。こういうときの対応方法はマニュアルにはなかった気がする。迷った末にとりあえず話しかけた。
「あのー、ちょっと話せるかな」

明らかに殺意を持ってこちらに襲ってきた得体のしれないものにのんきに話しかけているスペクターを見てダミアンは絶句した。一瞬正気を疑ったが、そもそも正気とはなんだっただろうなと考え始めた。思い返せば会った瞬間から、敵意がないだけであいつは正気では無かった気がする。
頭を振って余計な思考を止める。室内戦用に銃身を切り詰めたコンパクトなアサルトライフルを構えて、等倍スコープ越しに二体のアンドロイドに狙いを定める。スペクターのドールは頑丈だし、ナノロボットも使える。多少被弾したところで問題はないだろう。
武器を失った人型は、両手を上げて無防備に近寄っていったアオハの左腕を掴んだ。
「おわっ!?」
ハンマー投げのようにドールを振り回し、ダミアンに向かって投げ飛ばした。
「あぶねぇ!」
アオハは思わず叫んだ。
ドールの質量がぶつかったら骨折だけでは済まないかもしれない。飛んできたスペクターをしゃがんで交わす。背後の壁から派手な音がした。
「何やってんだ」
「困るんだよね、生き物相手は」
「あれが生き物に見えるのか?」
「サイボーグだよ。生体反応がある」
「どこに?」
「首から上」
「わかりやすくて助かるな」
ダミアンはアサルトライフルを置いて、背負っていたショットガンに持ち替えた。
「あいつの動きを止めろ」
「格闘は苦手なんだよね」
格闘用プラグインがドールにインストールされていたものの、相手の動きを計算して実行するまでにほんの少しだが時間がかかるプラグインは実戦に向かない。AIを使って動きを予測することも可能だが、外したときの隙きが大きいのでこれまた実戦向きではない。
こんなことなら素手の格闘術の訓練もしておくんだったな、と思いつつもプラグインは止めた。いざとなったらドールのパワーに任せてなんとかしよう、と楽観的に考えることにした。もっとも、生物相手の場合は使えるパワーも制限されるのだが。

サイボーグは明らかにダミアンを狙ってきた。低い姿勢で突進してきたそれに向かってセミオートのショットガンを撃つ。硬い人工筋肉に弾かれてあまり効果があるようには見えない。
立ち直ったアオハはサイボーグに向かって飛び蹴りした。もし脳があるなら脳震盪でもおこれせればと思ったが、途中で明らかに姿勢が崩れ、蹴りは予想よりも軽めに入った。無意識下でドールのセーフティが機能している。それでもサイボーグはわずかにひるんだ。そのすきにダミアンがショットガンを頭部に撃ち込む。衝撃でサイボーグは後ろに吹き飛び、ダミアンは胸を押さえた。
さっきので完全に折れた気がする。肺に刺さっていないといいのだがと、どこか他人事のように思う。折れている感覚はあるが痛覚だけ遮断されているので余計に違和感がある。

サイボーグの頭部を覆っているマット加工のヘルメットにはヒビが入っていた。防弾仕様だったらしい。ダミアンは思わずつぶやいた。
「ずいぶんと頑丈だな」
アオハは起き上がろうとするサイボーグの首に背後から腕を回して締めあげた。しかし技の掛りが甘くてすぐに抜け出される。
あいからわずダミアンを狙っていくあたり、ドールはターゲットではないのかもしれない。少し可哀想に思いながらも、思いっきり膝に向けてローキックを放った。生命維持装置の影響のない足元ならドールのセーフティが機能しないのではと思っての行動だった。狙い通りキックは思い切り入って、サイボーグが再び倒れこむ。アオハは首を片手で掴んで床に押し付けた。

メキメキと金属が軋む恐ろしい音がする。金属でできた人型二体が組み合っているのをみて、巻き込まれないように思わず距離を取る。二体の体格差は大きいが、意外にも力は拮抗していた。生身の人間が巻き込まれたら簡単に潰されるだろう。
アオハがサイボーグの上体に馬乗りになって、首を抑え込んだ。逃れようとするそれに近づく。

「首を撃ったほうがいいかも」
サイボーグの首元めがけて腰だめで銃を構える。一瞬めまいがしたが、構わずにトリガーを引いた。近接射撃の威力はさすがだったが、わずかに狙いが上にずれて、散弾はアオハの右腕ごとサイボーグの首に穴を開けた。
二体の破片と、サイボーグの生命維持に使われていたであろう液体とナノロボットが辺りに飛び散って、サイボーグは沈黙した。
「ナイスショット」
アオハは残った左手の親指を立ててニコッとする。
「皮肉か?」
「いやいや、本音だよ」
バランスを崩しながら立ち上がったスペクターを胡散臭げに眺める。
「ぼくたちのドールもそうなんだけど、関節部分はどうしても柔らかく作るしかないから脆弱性があるとすれば、そこだね」
てっきり腕を吹き飛ばしたことを怒られるかと思ったが、彼は怒るどころかなぜか笑顔で腕の破片を拾い集めていた。やっぱりこいつは正気じゃないなと思う。スペクターはみんなこんな感じなのだろうか。比較対象がいないので分からない。

非活性時のナノロボットは砂鉄のような見た目になる。床に散らばったそれに腕の断面を近づけると、吸い寄せられるように集まって水銀のような液状になる。活性化したナノロボットはまたたく間にドールの腕を修復しはじめた。
「便利だな、それ」
「うらやましい?」
「いいや別に」
わざわざスペクターになりたいとは思わない。少なくとも生きているうちは。そうして、死んだ同僚たちのことを思い返した。出撃前に全員、精神スキャンを受けている。通信が回復したら、彼らは出撃前の記憶の状態でシェオルで覚醒するだろう。そのときなんて声をかけたらいいのだろう?
散弾を受けた肘から先を、ナノロボットが骨から生成しはじめる。チタン合金の骨が腕と手を形作っていく。わずかに生成された人工筋肉が、骨にこびり着いた肉片みたいで生々しい。人工筋肉の色が濃い灰色なことだけは幸いだったな、とダミアンは思う。

ダミアンの心境をよそに、スペクターは死んだサイボーグの脚部分を剥ぎ取っていた。左足で胴体を押さえながら片手で防弾仕様の皮膚を剥いでいく。バキバキとすさまじい音がするが、本人の表情をみる限り楽しそうだ。骨格を投げ捨てて、中の人工筋肉を同じように引きちぎる。ミチミチ、ブチブチという音を立てて人工筋肉が引きちぎられていく。生き物ではないと分かってはいるものの、人間の形をしてるものがやっていい行為ではないと思う。
「……」

アオハは鳴り止まない損傷アラートを鬱陶しく思っていた。ドールのGUIには「資材不足」と表示されている。散弾によって粉々になった腕の破片は、同じように飛び散ったサイボーグの破片と混ざっており、選り分けるのは困難そうだった。
仕方がないので死んだサイボーグから素材を拝借することにした。護衛対象からの視線が痛いのは無視することにする。自分のやっていることを客観視したら蛮族みたいな行動なのは分かる。仕方ないじゃないか、と脳内で言い訳をする。
案の定、サイボーグの人工筋肉はドールとほぼ同じ素材で出来ていた。カーボンと合金で出来た特殊繊維はしなやかな上に頑丈さも併せ持っている。生成にコストがかかるが、汎用性は高い。
手に握ったそれを自分の右腕にあてがって、ナノロボットに修復を命じる。腕の断面から、吸い寄せられるように集まってきたナノロボットがすぐさま腕の筋肉を修復しはじめた。
「こいつはどこから入ってきた?」
ダミアンは室内を見渡しながら言った。いつまでもスペクターの修理するのを見ていたら気分が悪くなりそうだった。既に若干気分が悪い。
「あっちのドアだよ。あ、一人で行動しちゃダメだよ」
「子供かよ」
そうは言ったものの、手負いの状態で単独行動する気も起きなかったので黙った。室内は空調が効いているものの、額から汗が落ちる。骨折のせいだろう。あいかわらず痛覚はないので変な感じだが、めまいと息苦しさがある。こりゃ本当に肺をやってるかもな、と思う。

「どっかに屋上に出る階段とかがあると思うんだよね」
「屋上か……」
「衛星通信を妨害してるなら屋上にアンテナか何かあるはずなんだ」
「そういうのはお前のほうが詳しいだろ。任せたぞ」
「おーけー」
ドールの修復は終わったものの、砂漠迷彩のジャケットと皮膚は右の肘から先がなくなったままだった。むき出しの人工筋肉がなんだか痛々しい。
「それ、皮膚と服は直せないのか?」
「やろうと思えば直せるけど……」
「なんで直さないんだ」
「知ってる?損傷アラートって服は対象外なんだよ」
「知るかよ」
めんどくさいんだもーん、と言いながら先導するスペクターの後ろを、反動の少ないサブマシンガンに持ち替えながら移動する。怠惰なだけだった。
本当はアオハにも銃を持たせたいが、また相手がサイボーグだった場合、銃は役に立たないかもしれない。そう思ったが、スペクターは床に置いたショットガンに弾を込めながら得意げな顔をしていた。

「さっきの奴、他にもいると思うか?」
「この辺で行方不明になった人いたでしょ」
「……」
ブリーフィングで聞いていた情報だった。
「たぶん、その人たちの脳だよ。さっきのは。全部移植が成功してるなら、最低五人はいるはず」
「家主もか?」
「そうだろうね。脳と脊髄だけきれいに無くなってたでしょ。あの死体」
屋上に続く階段を上がる。
息が切れて、尋常ではない汗が落ちた。

「大丈夫?」
ダミアンが遅れているのに気づいたスペクターが振り返った。
「……」
「さっきので悪化したでしょ。ほら、確認するから座って」
「問題ないって。触るなよ」
そうは言ったものの、スペクターの強い力に肩を押されて渋々階段に腰掛けた。
手際よく装備とテーピングを外される。シャツをめくり上げたスペクターは顔をしかめた。
「うーわ。めちゃくちゃ内出血してるよ」
「……」
いたそー、などと言いながらシャツを元に戻す。
スペクターに痛覚はないはずだが、と思ってすぐにこいつはTMW3プレイヤーだったことを思い出した。あのゲームは変なところにリアリティに対するこだわりがあって、痛覚を含めたフィードバックもオプションで追加できるのだったか。もちろんほとんどのプレイヤーはそんな不利になりそうな機能を使わないのだが、世の中、あらゆる例外は存在するらしい。
「多分だけど肺から出血してるでしょ、それ。貧血の症状ある?めまいとか」
黙ってうなずく。
「ここで休んでる?」
「こういう時の単独行動は危険だろ」
「それもそうなんだよねー」
首を傾げるスペクター。目が慣れてきたのか、顔だけみればちょっとかわいいかもしれないと思うが、剥き出しになってる右腕の人工筋肉と物騒な装備がそれを台無しにしていた。
「ちょっと装備外しておこうか」
貧血の症状を抑えるほうが先だと判断したスペクターに勝手に装備を外される。正直、あまり動く気分にはなれなかった。
「まあ、こういうのあるから痛覚だけ遮断するの危険だと思うんだよね。油断するでしょ」
「痛覚ないのはお前も同じだろ?」
「ドールはほら、動けなくなるまで動けるから。生き物と違うから」
「そんなもんか」
「そうだよ」
ほら、と差し出された手を取って立ち上がる。そのときようやく、ドールの手が体型に見合わず大きいことに気がついた。
「手だけ大きいんだな」
「ぼくもさっき気がついたんだけどさ、ドールの一般的な手のサイズだと、銃のグリップを握るのがちょっとむずかしいはずなんだよね」
シミュレーションしたからしってるよ、というアオハの言葉を聞きながら、ベーシックの道具を扱うためにドールは人型をしているという説明を思い出す。
「ぼくはこんなカスタムしてないからアテナの仕業なんだけどね。なんでか知らないけど」
アオハは釈然としていない様子だったが、ダミアンは納得していた。なるほど、こいつのドールは銃を扱うのに特化しているらしい。
「なんでお前がここに派遣されたのか分かった気がする」
「そうかな?ぼくは全然納得してないけどね。帰ったらアテナにクレーム入れるから」
不満げな顔をするスペクターを見て笑いをこらえる。

ふと、階下で重い足音が聞こえた。ふたりは黙って顔を見合わせる。
「さっさと通信を回復させよう」
「それがいいね」
アオハは背負っていたショットガンを右肩に担いで、ダミアンの後ろに回った。
「君が先導してよ」
そうして肩をすくめて言った。
「つぎにあのサイボーグが出てきたら脚を狙うからさ」
「それでなんとかなることを祈るよ」
祈るってどういう意味だっけ、と独り言を言うスペクターを置いて階段をのぼる。相変わらずめまいがひどいが、立ち止まるほうが危険だ。
二階、三階と昇ってようやく屋上にたどり着いた。扉に鍵がかかっていたのでアオハに蹴り飛ばして開けてもらう。予測どおり、そこには巨大なアンテナがついていた。
顔をしかめたアオハも続いて屋上に出てくる。
「どうした?」
「この妨害電波、すっごい強力なんだよね。視界がぐにゃんぐにゃんになってる」
光学カメラは正常だが、電磁波耐性があるはずのドールに電波が干渉しており、GUIの表示がおかしくなっていた。
「そうなのか?さっさと止めようぜ」
「いいけどよく見えないからかわりに操作してくれない?」
「わかった」
電波塔の入り口を同じように蹴破って中に入る。そのとき、閉めたはずの屋上の入り口のドアが開いた。


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