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黄泉の探索者-09[無限の電力]


原生生物に覆われたそれは、たしかに建物だった。それもおそろしく巨大な建築物。
ニクスが照合した記録によると、基準時間で300年前の文明によく似た建造物らしい。ジンウー6が出発した年代からすると整合性が取れるのかもしれない。
ロケットの管制設備にしては大きすぎるので、なんらかの研究施設を兼ねていたか、住居もあるかもしれない、とニクスは予測した。

アオハを先頭にして、三人は建物に近づいて入り口探した。
蔓を切らないように慎重に取り除いて、三人はようやく入り口のドアを見つけた。

鍵がかかっていたが、アオハは無言でディーリーに許可を取り、ドアの成分と構造をスキャンすると足で蹴飛ばした。

ドールの力で蹴破られた両開きのドアは変形しながら吹き飛んだ。無機物は素材さえ揃っていれば修復可能なので、この程度は可逆的損害として扱われる。

無人の室内には薄っすらと埃が積もっていた。エントランスのような広々とした空間。ここが正規の入り口で間違いなかったらしい。

「誰もいませんね」
「もう何年もたった廃墟って感じ」

植物は建物内にも侵入していた。ドアや窓の隙間から入ったらしい。薄暗い室内でも十分に栄養はあるらしく、ふさふさに茂っている。根から養分を吸収しているのだろうか?

「どっから調べようか?」
「任せたぞ、記録係」

ディーリーは思考を放棄した。

「うーん……」
「屋上に行きましょう」

迷うアオハにニクスが提案した。

「AP-SPSの受光器はほとんどの場合、開けた場所か高い所にあります。まずはそれを見つけて電力を確保しましょう」
「確かにこの建物は停電してるね」
「人がいない証拠だな。AP-SPSは基本的に人の存在を検知して送電する」
「移民ってオービターを嫌ってたんじゃなかったの?」
「確かに、その場合は独自に発電機を作っていた可能性もあります。ですが」

ニクスは植物で覆われて半分しか見えない窓から外を見た。正確には厚い雲に覆われた空を。厚い雲を通してもベガの位置は確認できる。

「すぐそこに十分なエネルギー元があるのに、それを使わないのは非効率だと思いませんか?ベーシックとはいえ、ここにいたのは選りすぐりの研究者だったはずです。彼らが何を研究していたかはわかりませんが、車輪の再発明をすることに時間を割くとは思えないのです」

ニクスは遠回しな言い方をしたが、要するに”使えるものは使え”ということだ。それに、ニクス曰く移民が嫌っていたのはアテナによる完全監視社会らしいので、アテナの影響下から離れられればそれでよかったのかもしれない。

「じゃあ屋上を目指そうか」

アオハはそう言って階段を探した。ニクスに当時のベーシックの建築物の特徴を教わりながら、室内を散策する。階段は大抵の場合、建物の両端にあるらしい。
建物は見える範囲がすべて古びていた。人の手が入らなくなった建築物はすぐに朽ちる。これもニクスに教わったことだ。

人類史上最大の建築物であるAP-SPSはナノロボットを使って常に自己修復をしているので例外だ。シェオルサーバやドールももちろんナノロボットを使っている。しかし、ナノロボットの恩恵を拒否した移民の設備は定期的に人の手でメンテナンスしなければ古びていく。メンテナンスを放棄された建物は古びて、やがて廃墟になる。この建物にはもう人がいないことは明らかだった。

塗装が剥げ、壁には建物の自重のためかそれとも地震でもあるのかヒビが入っていた。ただでさえ植物に覆われて見えない窓は、曇っていて明かりを取り入れる役にも立っていない。
錆びた金属製の手すり。建築当時はピカピカだっただろう。

廊下を進んでいると、防火シャッターが降りている箇所がいくつかあった。

「火事でもあったのかな」

それが防火シャッターであることを教わったアオハが言った。しかし、火事があったような痕跡は見当たらない。それでも、ここで何らかのトラブルがあったことは分かる。

「この惑星に動物はいないのかな」

アオハがぽつりと言った。植物以外の生物の痕跡が、全く見当たらない。

「たしかにとても……静かですね」

ここに来る前に、アオハはニクスに地球の廃墟の映像を見せてもらっていた。
壊れた壁から緑が溢れ、鳥や小動物が訪れていた。昔、地球を訪れたスペクターが、3日間かけて撮影した映像の一部らしい。なぜかこの映像を撮影したスペクターは廃墟が好きだったという。彼がここに来たら大喜びだったかもしれない、とアオハは思った。何しろ廃墟だらけだ。
無人の宇宙船に、植物で覆われたロケット発射台。それと管制塔らしき建物。それと遠くに塔(ニクスは時計塔に似ていると言っていた)が見えたが、もしかしたらそこにはベーシックがいるのだろうか?

「ねえディーリー。もしここにベーシックがいたら……怖がらせたりしないかな?」
「そんなことは知らん」

ディーリーはめんどくさそうに言った。

「スペクターを嫌ってた移民の連中はなぜか片道25年かかるSOSを送ってきた。それほどヤバい何かがあったんだろ。だから俺らがやってることは救助だ」
「そのSOSはベーシックが送ったものじゃないかもしれないって」
「そうだったな。だが、それについて考えるのはここを調べてからだ。通信ログを追っかけるために中継機まで移動するのは効率的じゃない。中継機はベガを周回してる。ID:X56t70K0hDD7y51L0Po94がベガe2に最接近するのは3年後だ。だからまずは、ここをじっくり調べてからで問題ない」
「わかったよ」

以前にもしたやりとりをしながら、アオハはようやく上につづく階段を発見した。ここに来るまでに通った道と施錠されていた部屋を記録し、「あとで調べる」リストに追加していく。

ドアを破壊するのは簡単だが、すべての部屋を調べていては屋上にたどり着くのがいつになるのかわからない。


三人がたてる足音以外、一切の音がない階段を登っていく。建物の中央にあったエレベーターシャフトを直接登ってもよかったが、ニクスが電源の確保ができるまでは余計なエネルギーを使いたくないと言ったので階段を使うことにした。

三人とも、ベガe2の重力に慣れてきたので歩く程度なら最小限のエネルギーで活動できる。それぞれが独自に組み立てていた重力スクリプトが効果を発揮していた。

経年劣化したコンクリートの床はあちこち剥がれていて、もろくなっていた。経年劣化なのか、植物による侵食の結果なのかはわからない。階段にも植物は侵入していて、壁を這って上層を目指しているようだった。

三人の歩く振動で、ときどきひび割れた天井からパラパラと破片が降ってくる。ドールは小柄だが金属の塊なので、一体でベーシック三人分ほどの重量がある。地球より重力の強いベガe2なら尚更その衝撃は大きくなる。

「崩れたり、しないよね」
「そうなったら予備のドールを使えばいいだろ」

ディーリーはめんどくさそうに言った。彼はいつもめんどくさそうだ。自分だけ10体も予備を作っておいて何を言うのかと思ったが、アオハは黙っていた。

それからは無言で長い階段を登り、やがて三人は屋上についた。

見渡す限り平らな屋上にはゴム製のカバーで覆われた太いケーブルが縦横無尽に這っていた。そしてその中心に、廃墟に似つかわしくない新品同然の巨大なアンテナがあった。通信電波を受信するものによくにたパラボラアンテナ。しかしそれが受信するのは無線送電された電気である。ボロボロの建物とくらべて、それだけ植物の侵食もなく、経年による風化もなくきれいなまま存在している様子は異質だった。

「ありましたね」

AP-SPSに接続されている機器はナノロボットを使っているから、劣化、故障とは無縁である。もともとは人の手の届かない場所に設置する機械の修理をするために開発されたものらしいが、今ではスペクターとオービターの全てが使用可能になっている。

ニクスは受光器の周りを調べ、スイッチを見つけた。古い機械の如くレバー型のスイッチがあって、それを思い切り手前に引いた。ソレにON/OFFの概念はない。「人の手で動かされた」という事実をAP-SPSが認識することが必要なのだ。

それから三人は待った。ベガ周辺に展開しているAP-SPSの発電機に電波が届くまでは往復で12分ほどかかる。

突然、バリバリと雷のような音が鳴り響いた。と思ったら、直後に遠くの雲が光りだした。雷かと思ったがそうではない。アレはAP-SPSの送電レーザーだ。地上の大型受光器にめがけて大量の電力が送られてきたのだ。それは可視光線の赤いレーザーとなって、ベガe2の上空に渦巻く分厚い雲を散らして地上に降ってきた。
レーザーの熱で雲の水分が一気に蒸発して凄まじい音をたてて、雲が散った。一瞬ベガe2本来の空が見えた。それはあまりぱっとしない、薄ぼんやりとしたグレー混じりの青色だった。三人はその光景を黙って見ていた。

「起動したな」

ディーリーは驚いた様子もなく言った。彼はこの光景を、金星で採掘作業をしていたときに何度も見たことがあった。AP-SPSの送電レーザーは、その気になれば金星の雲をぶち抜くほどの高出力を出す事ができる。雲は、アレにとってなんの障害にもならない。そのときの記録をディーリーから見せてもらっていたアオハも、慣れた様子でそれを見ていた。金星のほうが音も光も衝撃もすごかった。

そうしてすぐに、地上の大型受光器からアオハたちのいる建物の受光器へと高出力の電磁波が届いた。宇宙空間ではレーザーで送電するのが一般的なAP−SPSであるが、地上間では電磁波に変換することが多い。そのほうが効率がいいと判断したのだろう。変換の際に生まれる電力の損失は、恒星から得られるエネルギー量を考えると些細なものだ。
それを判断するのはAP-SPSのオービターである。誰にも触れられることのない孤高の知性体。それがべがe2に降り立った人間の存在を検知し、電力を送ってきてくれた。
起動した受光器は、建物の中へ続くケーブルに電力を送り出した。受光器から電力を各所に送るのは人間の仕事なので、基本的には有線になる。無線でもできなくはないが、移民たちは原始的な有線送電を選択したようだ。

「これで電気が使えますね」

ニクスが”安堵”タグの送信と同時に言った。

彼はずっとドールのバッテリー残量を気にしていたのだ。とはいえドールのバッテリーは優秀なので通常作業ならあと300時間は活動できるのだが。

「心配性め」
「あなた達が楽観的すぎるだけですよ」

わいわいと騒ぎながら室内に戻る。建物内に電気が通ったため廊下に明かりが灯っていた。とはいえライトはほとんど破損していて、あまり当てにはできそうにない。

「アオハ、さっきマッピングしてましたよね?」
「もってるよー。どこから見る?」
「近場から片っ端に開けてこうぜ」

ディーリーのふわっとした提案に二人は賛成した。これといっていい代案も浮かばなかった。

最初に開けたのは倉庫のようだった。何に使うのかわからない道具が山積みになっている。
「ここには何もありませんね」

ニクスはそう言って次の部屋に向かって歩き出してしまった。

用途のわからない道具たちに興味を惹かれていたアオハだったが、ニクスからテキスト通信で「ただの掃除道具ですよ」と言われたところで諦めた。確かに手がかりはなさそうだ。


それからいくつかの部屋を見て回った。上層階は居住エリアと研究室を兼ねていた。ベガe2の天体、それから原生生物について。いくつかのレポートを発見した。電気が通ったおかげで、研究室にあった古いコンピュータをニクスが動かすことができたからだ。ベガe2では動物は発見されていないこと、ここには多種多様の植物が存在することなどが判明した。

「この建物が放棄されたことについては手がかりなしか……」

ディーリーが気怠そうな合成音声を発した。彼は三人の中で一番稼働時間が長いから、色々と器用なことができる。

「下の階にあるかもしれません」
「次は18階ね」

下の階を目指して廊下を進んでいる途中、大きな窓があった。建物の形状からして中心部に向けて作られた窓だった。どうやら中庭があったらしい。
天井は一面ライトで埋め尽くされていた。先程まで真っ暗だったそこは建物に電気が通ったことで本来の明るさを取り戻し、中庭を照らしていた。

ベガe2の植物は鮮やかな青色だが、そこにあったのは茶色の植物だった。葉の落ちた大木。地面を覆っていたであろう色とりどりの植物たちはすでに枯れ果て、ほぼ地面と一体化していたが、それは確かに地球産の植物であった。


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