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黄泉の探索者-08[宇宙港]

当初の計画通りの日に戻ってきたディーリーと一緒に、三人はベガe2へ降りた。
中継機に行くには遠すぎて、予定通り惑星に降りるほうを優先することにした結果そうすることにしたのだ。
着地地点はジンウー6に記録されていた。頻繁に行き来していた記録と座標があったので、ひとまずそこを目指すことにした。

ディーリーの作った宇宙船は三人乗るには狭すぎて、アオハとニクスが文句を言った以外は特に問題もなく、三人はジンウー6の記録にあった地点へ降り立つことに成功した。

ただし、ベーシックの乗る宇宙船のように丁寧な着陸機能などついていないので、着地の衝撃でディーリーの足がまた折れて飛んでいった。アオハとニクスのチタン合金の骨も折れたが、皮膚と服のおかげでディーリーのように飛んでいくことはなかった。
外骨格はだめだ。皮膚か毛皮で覆うべきだとニクスが主張したが、ディーリーは素材の節約とかなんとかいってはぐらかした。

アオハとニクスも、それぞれ折れた手足を修復した。ナノロボットを使っている機械は、壊れないように大事に扱うより壊してから修理するのが時間的効率がいい。


「まあ、実はベガα2は資材が豊富でな」

ディーリーは折れた足をくっつけながら言った。前に見た光景だな、とアオハは思った。

「ドールの予備を10体ほど作ってきた」
「ずるいぞ!」

すかさずアオハが言った。ドールは貴重な素材を大量に消費するから、基本的に一つのミッションで一体しか支給されることはない。が、今回は地球圏外ということもあり、現地で調達できる素材は自由に使っていいことになっている。ただし宇宙条約の範囲内で、という制約付きではあるが。

「おちつけ。お前らの分も作った。一体ずつだけな」
「素材は既に採掘してあったはずですが」
「まあ念の為ってやつだ。事故ったときの復帰は早いほうがいいだろ」
「それで、これはどうしてくれるんですか?」

ニクスが宇宙船の着地、というより墜落地点を指して言った。ベガe2の酸素濃度は十分らしく、合成音声で会話ができる。

彼の指差す先には、原生生物らしきものが燃え尽きた跡があった。

「これが生物だとしたら、我々は大変な損害を与えたことになります」
「まあおちつけ。第一に、ここにアテナはいない。第二に、これが生物かどうかまだわからん」

ディーリーは四本脚で歩いて残骸に近づいて、マニピュレーターでつついた。衝撃と熱で溶けたようにも見えるし、焦げているようにも見える。

「あー、なんかまずかったの?」
「アオハ。地球での記憶をどれだけ残してきているかわかりませんが、あなたには説明する必要がありそうですね。いいですか。我々は、生物に絶対に不可逆的危害を加えないという制約の元、ドールの使用許可が出ているのです」
「はい」

ニクスは足元を見た。緑がかった固い地面の上に、短い草のようなものが生えている。それは写真でしか見たことがない、地球の海のような鮮やかな色合いをしている。ニクスは慎重に、足を草のようなものから離してむき出しの地面を踏んだ。岩にも土にも見えるが、とにかくそれは無機物に思えた。正確なことは成分分析をしなければなにもわからないのだから、そう見えるとしか記録することができない。

「初めて地球に降り立ったドールは、その場から一歩も動くことができませんでした。地面が芝生で覆われていたからです」
「なるほど。でも今のぼくたちは、ほら」

アオハはそう言いながらブーツに覆われた足先で有機物のようなモノをつついた。柔軟性のあるそれは、一度踏まれてからゆっくりと元の形に戻っていった。

「踏めるよ」
「そうです。先人たちの努力の結果、今のドールは生物に可逆的損傷なら与えることが許可されています。だからあなたは足元の……その、植物のようなものを踏むことができる」
「なるほど」
「でもちぎったり、切ったりすることは不可逆的損害です。可能な限り避けてください」
「物質世界での制限は記憶してた気がするけど。そんな話しは聞いた覚えがない」
「全くこのポンコツが」
「もっとも、そもそもこれが植物かどうか、生物なのかすらあやしいのですが」

ディーリーが戻ってきて、溶けた物体の成分分析結果を渡してくれた。ほとんどが炭素でできた、ごくありふれた物質だった。

「すべすべした黒い枝があって、葉っぱか花みたいな飾りがついてる。植物に見える。みたことない形だけど」

記録のために声に出して録音する。

「そうですね」
「そもそも地球の植物も画像の記憶しかないんだけどね」
「成分は炭素、酸素、窒素、その他諸々。対して珍しくもない。逆に地球の生物と同じような構成をしてるってことに、俺はちょっとがっかりしてるよ。そして問題はこいつが細胞分裂するのかってとこだが、そこまで調べている機材と時間がない。俺たちの目的は移民のほうだ」
「どこから調べる?」
「仮にこれをベガe2の固有の生物だとしましょう。そうですね、植物に見えるので植物と一旦定義します。それで可能な限り、宇宙条約に関する事故も防げますし」
「どうせ誰も見てないよ」
「念の為、ですよ」

ニクスは手近な背の高い、鮮やかな青色をした植物を慎重に手で払って、上空を指差した。

「蔓状のものに覆われていますが、あれは発射台のように見えます。ロケットの。ということはここは地上とジンウー6を行き来する拠点だったのでは?ジンウー6はたしか静止軌道にありました」
「そう考えるのが自然だな」

ディーリーは太い木のようにしなった植物の上を四本脚で登って行った。空は分厚いグレーの雲に覆われていたが、それでもベガの青白い光は地上まで十分な光量を届けていた。ここの植物に見えるものも、光合成で成長しているのだろうか。


「ねえニクス、ぼくこの植物みたいなの調べたい」
「たしかに気になる存在ですが、先に移民の痕跡を調べましょう。惑星の調査は我々の仕事ではありませんし。見たところ、もう何年も人の手が入っていないように見えますが、人がいたならどこかに記録があるはずです」
「仕方ないね。で、どっちに行けばいい?」
「アオハ」

ディーリーは前足代わりのマニピュレーターで植物に覆われた塔を指した。

「登ってみてこい」
「なんでぼくが」
「記録係」
「はーい」

そう言われては反論する意味がない。アオハは渋々、発射台と思われる物の方へ向かって歩きだした。あたりはニクスが植物と仮定した物体に覆われていて視界が悪い。足元も悪い。

そうして歩きながらも意識OS内の仮想エディタで、ベガe2の重力加速度に合わせてドールの力加減を調整するスクリプトを生成していく。はじめはぎこちなかった動きが、次第になめらかに、最小の動きで植物をかき分けで移動できるようになる。ベガe2は地球に比べて若干重力が強かった。ドールにかかる負荷が大きい。そうすると使用するエネルギーも増えるから、なるべく負荷をかけない動きをスクリプトに記述していく。OSを書き換えるのではなくスクリプトにするのは、次にここに他のドールが来たときに共有しやすくするためだ。誰かが来るとは思えない辺境の地だが、スペクターには変わり者が多い。もしかしたら植物学者か暇人が興味を持って来るかもしれない。

発射台の周りは背の高い植物に覆われていて、森のように薄暗かった。実物の森を見た記憶は削除したかもしれないのだが、画像でなら見たことがある。しかし、あたりに生えているのは緑色の透き通る葉ではなく、黒と鮮やかな青色でプラスチックのような質感だ。

記憶とともに一般的なスペクターやベーシックの感覚を削除したためか、その光景を不気味とも不思議とも思わなかった。ただ目の前に「そういうもの」があるだけだ。しかし、それを詳しく調べたいという好奇心だけがあった。


溢れ出る好奇心を抑えつつ、目的地の塔へたどり着いた。
近くで見上げるとたしかに、ロケットを垂直に支えるための塔に見える。蔓状の植物の合間から見える素材は錆びた金属に見えた。地球ではどうだったろうか。アオハはメインメモリに少しだけ残していた地球の画像を参照する。

地球と月、それと火星の間ではマスドライバーが一般的なようだった。マスドライバーは垂直のローンチパッドと比べると、使用するエネルギーは少ないがより広い場所を必要とする。

ベガe2では広い面積を確保することが困難だったらしい。きっとこの植物が伸びてくるせいだな、と思った。そうして、やはりこれは成長するのだと考えた。ということは生物と定義しても間違いではない。

勝手にそう結論づけて、それをニクスとディーリーに送信しながら、アオハは塔を登り始めた。原始的な方法だが、高い場所から見下ろすことは何よりも目的地を明らかにしてくれる。
本来ならジンウー6のカメラでも見れたはずなのだが、故障していたために地上の様子は全く見えなかった。どのみちこの雲では何も見えなかったことだろう。

アオハは楽観的だった。そして好奇心に溢れていた。みたことのない惑星と見知らぬ植物のような物体と、人間の痕跡。まるで廃墟じゃないか。それをこれから調べるのだ。移民はまだ生きているだろうか。生きているのならどうやって暮らしていたのか知りたい。知りたいことはたくさんある。そのためにここに来たのだ。

蔓状の物体を傷つけないように慎重に塔の頂上まで登ってあたりを見回すと、少し離れた位置に人工物らしきものが見えた。他の場所と同じく青い色の植物に覆われていたが、今登ってきた塔と同じくらいの高さの直方体に近い形状の物体。おそらくベーシックの作った建物だろう、とアオハは思った。ここへ来る途中に写真で見た街の映像に、似たような建築物があったからである。

腰のポーチに格納していたレーザーポインタを取り出して、目的地をマークする。同時にディーリーとニクスにも座標が届いた。

「あそこに建物っぽいものがある」
「でかしたぞチビすけ」
「他にはなにか見えませんか?」

ディーリーの暴言を無視してあたりを見回す。この発射台は周囲の何よりも高かった。そして、そのおかげで遠くまでよく見渡すことができた。見渡す限り、あたりは平らな地形だった。原生植物に侵食されて、地面はほとんどみえない。雲を透かして見える太陽、ベガとは逆の方向にかすかに盛り上がっているところがあるのに気がついた。ベガe2の大気の成分を詳しく分析してはいないが、遠くに行くほど視界が悪く、霞んで見えた。

単眼の高倍率スコープに持ち替えて、そちらの方向を見る。そしてそれは、確かに人工物だった。高い塔のような大きな建築物。
その映像をニクスに送信したら、地球のロンドンにかつて存在した時計塔とよく似ているという結果が返ってきた。

アオハはその塔もレーザーポインタでマークする。しかしレーザーは大気で散乱して届かなかった。

「まず近くから調べましょう。それから時計塔らしきものへ。詳しい座標は取れませんでしたが、方向は大体わかりました」
「そうだな」
「ぼくの苦労をねぎらってほしいんだけど?」
「おつかれさまでした」

ねぎらってくれたのはニクスだけだった。アオハは発射台の上から、なるべく植物が少ない地面に向かって飛び降りた。両足の骨が折れたので、すぐに修復する。
損傷アラートが静かになると、ニクスとディーリーの待っていた地点へ合流した。

アオハはしばらく記録のために喋っていたが、黒と青の植物以外のものがない代わり映えしない景色のために話すことを諦めた。

三人は無言で、最初にアオハがマーキングした建物らしきものへ向かって移動を始めた。

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つづきます。

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