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黄泉の探索者-10[移民の痕跡]


「これは……」

ニクスは枯れた木を分析しながら”驚愕”タグを送ってきた。

「ケヤキの木に見えますね。東アジアで一般的な樹木です。樹齢30年以上は経っていたかと」
「少なくとも30年間はここに人が住んでいたってことだね」
「そういうことです」
「さっさと下行こうぜ」

ディーリーは中庭に興味なさげだった。あとで中庭も調べましょう。ニクスはそう言ってアオハを階下へと急かした。


階下も研究室と私室を兼ねていたエリアだった。一部屋ずつ見ていったが、散らかっていて慌てて出ていったような様子だった。ほとんどが植物に侵食されている部屋と、そうでない部屋があった。驚いたことに紙もあった。原生植物から作ったのだとしたら、アレは繊維質のものでできていて、地球の植物とは色こそ違うものの作りはそんなに変わらないのかもしれない、とはニクスの言葉だ。

なるべく原生植物の侵食が少ない部屋を見つけて、三人はそこに入った。ディーリーは”退屈”タグを定期的に送ってきていたが、アオハは無視した。彼はこのベーシックの痕跡に興味がないのだろうか?こんなに楽しいのに?

床に散らばった紙を調べみると、この部屋を使っていたベーシックは植物の研究をしていたらしいことがわかった。原生植物のイラストと写真、それからその生態について走り書きがあった。

「ニクス、この機械動かせない?」
「やってみましょうか」

部屋にあった電子端末に興味を持ったアオハが言った。他の部屋にあったものと比べて、劣化が少ないように見えたのだ。

「動きました」

ニクスが電源を入れると端末が起動した。長い眠りを邪魔されて不機嫌だとでも言うように、チカチカとホロディスプレイが点滅する。

「これは……ジンウー6のサーバにアクセスしていたようですね」
「へー」

ニクスが端末を操作するのを、アオハは観察していた。自分には古い機械の操作方法がわからない。ニクスならそれを全部メモリに入れてきているから、なんてことないのだが。

「ジンウー6で手に入れたもの以上の情報はなさそうです」
「それは残念」
「はやく下行こうぜ」
「なんでそんなに急かすのさ」
「ここを調べても意味がないと思ってるからだ」

ディーリーはめんどくさそうに言った。彼はめんどくさがりだったかな、と思った。なにしろシェオルにいたときの記録を削除してきたからわからない。シェオルにいた頃の自分ならディーリーの思考が予測できたのだろうか。

「なんでそう思うの?」
「ただの勘だよ」
「勘って経験から得た結果でしょ?ちゃんと分析して、ぼくらにわかるように言語化してよ」
「あー、めんどくせぇな。わかったよ」

ディーリーはそう言うとしばらく無言になった。意外にも、言語化してくれる気になったらしい。

「まあ……なんていうかこういう光景には見覚えがある。もちろん実際にみたことがあるわけじゃない。大昔の映画とかでだな。で、ここでは明らかになんらかの危険があった。そういう場合に備えてあいつらはシェルター的なものを作っておくんだよ」
「避難施設ですか」
「そんなイメージだな。俺たちはここまで12階分の部屋をすべて調べてきたわけだが、全部空っぽだった。ということは、そこにいたベーシックたちはシェルターかどこかに移動したんだよ。そこを探すべきだ。生存者がいるかもしれないし、いなくても何らかの手がかりがあるかもしれない」
「そういうことは先に言ってよ」
「今思い出したんだよ」
「で、そのシェルターってのはどこにあるの?」
「近くには見当たらない。遠くにある別の建物か、地下か」
「なるほど、地下ですか」

ニクスはしきりにうなずいていた。

「しかし、ここは植物の繁殖が盛んな惑星です。地下に空間を作れるでしょうか?」
「だからこれからそれを調べるんだよ」
「階段で行く?」
「1階から階下への道はありませんでした」
「中庭だな」

ディーリーがとんとんと、前足のようなマニピュレータで床を叩いた。

「あそこを調べるべきだ。通路かなにかあるかもしれん」
「ディーリーの意見に賛成ー」
「エレベーターで降りましょう」
「ニクス、電力得た途端に積極的じゃん」
「やかましいですよ、アオハ。」
「ほら喧嘩すんな。さっさと降りるぞ」
「へーい」

三人は通路の中央付近にあるエレベーターシャフトへ向かった。電力は戻ったがエレベーターは故障しているのか動かない。

仕方なく、というより当初の予定どおりラペリングで1階まで降りることになった。
片手でエレベーターのケーブルを掴んで勢いよく降下する。摩擦熱はすべて耐熱性のグローブが吸収してくれる。ドール本体も熱には強いが、模擬スキンを修復するのはグローブを修理するより面倒なので、アオハは合皮のグローブを付けていた。ニクスも同様だ。ディーリーは、と思って上を見ると、器用に四本のマニピュレーターでケーブルを掴んで降下していた。その動きが気持ち悪いな、と思った。

ガシャン、と音をたてて一階に停止していたエレベーターの上に降りる。着地の衝撃でわずかに天井部分がへこんだが、気にしない。

三人とも一階につくと、ニクスはエレベーターの天井にあたる部分からメンテナンス用の天板を見つけて外した。そこからエレベーターの箱内部に降りる。
箱の中は建物の他の部分と同じく古びていた。当時は真っ白だったであろう壁は変色し、シミになっていた。天井についている明かりがかろうじて内部を照らしていたし、階層を示すランプも点灯していたが、どちらも力尽きる寸前のようにチカチカと点滅を繰り返していた。

ディーリーの指示でアオハはエレベーターの入り口を力任せにこじ開けた。ドールの力でなんなく開いたドアの先は、最初に入ったエントランスだった。

意識OS内の仮想ディスプレイで組み上げた建物のマップを参照し、中庭の位置を予測する。エントラスから左の通路の奥から行けそうだと予測した。


その予測は的中し、三人は枯れ果てた、かつては立派だったであろう庭園に立っていた。

「すごいですね。地球の自然環境をここまで……」

ニクスの目がこころなしか輝いて見えた。連続して送られてくる”感動”タグだけのせいではなさそうだ。役割分担したメモリのせいで、ニクスは地球のものに、アオハは未知のものに強い興味を示すようになっていて、ここに来てからその差異が顕著になっていた。
もっとも、アオハにとっては目に映るものすべてが新鮮なのだが。

中庭の中央には枯れた木が立っていた。ニクスはそれに手をあてて、ナノロボットを流し込み分析を始めた。

「生物にナノロボットを使ったらいけないんじゃなかった?」
「これはもう死んでいるので大丈夫です」

ニクスが言うならそうなのだろう。木の観察はニクスにまかせて、アオハは枯れた植物で埋め尽くされた地面をまじまじと見つめていた。知らない形状の植物ばかりだ。茶色に変色しているのは死んでいる証だとニクスに教わったので、そうでないものがあるか調べてみる。

ディーリーはシェルターへ続く通路を調べるため、中庭の壁をくまなく調べていた。ここへ来て三人ともそれぞれの分担に慣れてきたのもあって、短距離無線通信を使わなくても作業分担ができるようになっていた。

「ねえニクス、この黄色いの、なに?」

地面の枯れた植物の間から除く、小さな黄色い物体を指してアオハが言った。植物とは形状が違うが、植物にしか見えなかった。

「ああ、これはキノコですよ。菌類の一種ですね」

アオハのそばに来たニクスは、見ただけでそう言った。

「すごいです、菌類まで地球から運んできたのですね。ということはこの土自体、地球のものでしょう。ベーシックはどこまで行っても地球から離れることができないのですね」
「でも移住したんだよね」
「故郷を離れるほうが、アテナの配下にいるより苦痛だったということですね。アオハ、このことも記録しておいてください。アテナの運用方法について、我々は議論する必要があるかもしれません」
「それはアテナが決めることじゃないの?」
「ええ。ですからアテナに意見を言うのですよ」
「りょーかい」

黄色いキノコを見ながらあれこれ話していたら、ディーリーが大音量で言った。

「おい、地下に続く入り口あったぞ」
「ディーリー。そんな大声で言わなくても短距離無線通信で十分だよ」
「うるせー、チビすけ」

わいわいと騒ぎながら、三人はディーリーの見つけた入り口付近に集まった。

「これがシェルターってやつの入り口なの?」
「わからん。だが気になるだろ?調べてみようぜ」
「気になる!」
「まったく、アオハの無邪気さがたまに羨ましくなります」
「ぼくと役割交換してもよかったんだよ?」
「お断りします。メモリをほぼすべて消去するなんて……」

無邪気に言い合いをしながら地下に続く通路を降りていく。階段ではなく長いスロープになっていて、ゆるやかにカーブしながら下へ下へと続いていた。

そうして到着した先にあったのは錆びた金属製の大きなドアだった。
先頭に立ったアオハが遠慮がちにノックする。しばらく待つ。反応なし。

ディーリーに無線通信で許可を取り、押すタイプのドアを全力で開きにかかる。鍵はかかっていなかった。ただし、ドアの前に大量のバリケードがあったらしく、ドアが開いたときにはそれらが一斉に崩れてものすごい音をたてた。

「……中に誰も生存者がいなくてよかったね」
「良い結果とは言えません」
「まあ、ある意味予想どおりだ」

地下シェルターに散らばった無数の人骨を見た三人はそれぞれの感想をこぼした。
人骨の一部は白衣を着ていたため、彼らがかつてこの建物にいた研究者であることが分かる。ジンウー6のときと似たような感じだな、とアオハは思った。


三人はそれぞれ無言で人骨を調べ始めた。アオハは遺留品を、ニクスは死因を特定にかかる。ディーリーはシェルターの中をうろうろとしながら何かを探していた。


「生存者はなし。死因は餓死か衰弱死でしょう。死後50年と推定します」
「じゃあ、SOSが送信されたときは生きてた人がいたかもしれないんだね」
「彼らが送信したと思いますか?あれは中継機から……」
「そのことは後で考えようぜ」

ディーリーが話を遮った。てくてくと四本脚で歩いてくる姿は、慣れてくるとかわいいとおもえなくもない。
アオハは手にしたノートを持って立ち上がって、それを見ていた。

「なんか見つけたか?チビすけ」
「うん」

ディーリーの暴言もすでに慣れて気にならなくなっていた。ニスク曰く、人は慣れという最強の環境適応能力をデフォルトで持っているらしい。それが機能しだしたのだ。

「なんか紙の束みたいな」
「いいぞ。他にもないか調べてくれ」
「はいよ」

ディーリーに手帳を渡すと、アオハは再び人骨の周囲を調べ始めた。

> 8/16日
工業都市から来たと言う三人の若者が訪れた。どうやら工業都市でもここと同じ状況に陥っているらしい。しかもあちらは我々と違って医療設備も物資も不足している。彼らは我々に助けを求めにきたらしいが、我々にも原因がわかっていない。

原因はあの植物であることがわかっている。わかっているが、それ以上のことは何もできない。アレを避けるしか方法がないのだ。何せ、アレがどうやって我々の同胞を殺しているのか検討もつかない。ここ130年ほど、この惑星は安全だと思っていた。それがなぜ突然、毒性を持つようになったのか、そもそも毒なのかすらわかっていない。ジンウー6の乗員のほうがまだ現状を理解しているだろうか。

ディーリーが読み上げる日記の内容を、二人はそれぞれ作業をしながら聞いていた。

> 8/17
三人の若者のうち、少女の一人が感染の症状を示している。そもそも工業都市からここまで着た時点で三人は空気感染していたと思われる。
ベガe2の大気は危険だ。地下シェルターは大気を濾過して取り込んでいるからまだマシかもしれないが、地上に出たら最後、耐性のない者はすぐに一次感染するだろう。
我々の調査の結果、一次感染はそれほど問題ではない。問題なのは二次感染で、これに感染すると48時間以内に100%が死亡している。回復の見込みはない。

「ねえ、空気感染の何かはジンウー6に記録があったよね?」
「αという物質ですね。それと関係がありそうですね」

> アイーシャという少女の禁断症状が強くなってきたので若者たちは地上へ出ると言った。彼らと話していてわかったのだが、この大気に蔓延する猛毒はどうにも地下から出てきたようだ。最初の感染が確認されたのが採掘場の作業員だという話を聞いてそう思った。採掘作業員たちはガスか何かを掘り当ててしまったのではないだろうか?しかし、採掘場から500km以上離れているここまで到達するようなものなのだろうか?


「終わりだ」

ディーリーが言った。

「ほかを探せ。何か記録が残ってるかもな」
「記録を残すなら電子端末では?」
「あのー、ディーリー、これ……」

アオハは歯切れ悪く紙の切れ端を差し出した。ディーリーのように読み上げるというまどろっこしい真似をしないで画像形式で無線送信した。三人とも、すぐにその内容を理解した。

採掘場、爆破、失敗、通信途絶。

「なるほど。まとめると」

ディーリーは仮想ディスプレイを起動して二人に共有した。三人の視界にテキストボードが表示される。ミーティングとかでよく情報を共有するツールです、とニクスからこっそり個人通信が届いた。アオハが使い方をわからずに戸惑っているのを察したらしい。

「遠くにでっかい街がある」
「最初に見えた塔?」
「それにしては距離が近い気がします」
「この宇宙港とでっかい街を繋ぐ中間の小さい町があったらしい。さっき地図を拾った。あの塔はその街のものだろう」

ディーリーはボードに地図を表示させた。
手書きの地図には方角と、距離を示す数値が書かれている。宇宙港から工業都市、と書かれた場所まで直線距離で470kmとあった。

「道なんか無いよね?」
「当時はあったとしても、もう植物で埋め尽くされてますね」
「方角を調べてから、最短距離で街まで移動する。とりあえずその工業都市ってのを調べてみようぜ。鉱山に行くには街を経由する必要があるし、生存者がまだいないとも限らない」
「でもそのメモにあった……ケヴィンて人たちが街に戻ったときにはもう誰もいないって書いてあったよ?」
「いいかチビすけ。この目で、っつーかカメラで見るまでは断定するな。すべて記録しろって言われたろ?ここで何が起こったか調べるのが俺たちの役目だ」
「そうだね。工業都市に行ってみよう」
「決まりですね。で、肝心の方角ですが」

ニクスは天井を見た。その目にはベガの空が映っているのかもしれない。

「どうやって判断するんです?」

ベガe2の空は厚い雲で覆われている。ベガはかろうじて見えるが、夜になっても星を見ることはできないだろう。そもそもベガe2の星空をみたところで方角などわからないのだが。

「ジンウー6にあったからベガe2の記録を拝借してきた。自転と地軸の傾き、宇宙港の場所は記録されていたから大体の方向は検討がつく」
「えらいねディーリー」
「うるせー。仕事しろ記録係」
「実はぼくも持ってます」
「はいはい。それでは移動しましょうか。早いほうがいいでしょう。ここには死体しかありませんでした」
「日記があったよ。それで、街があって、そこから逃げてきた人たちがいることがわかった」
「そうだな」

念の為に三人はもう一度シェルター内を調べて回った。
収穫はあった。

街から来た三人はケヴィン、ダニー、アイーシャと名乗る三人だった。彼らは採掘場の最下層の空洞を爆破することで大気に蔓延したガスか何かを封じ込めようと目論んでいたこと。そして、若い研究員──アルベルトと明記されていた──が一人、彼らに同行したということ。

「ベガe2では基本的に長波から超短波無線が使えなかったようです」

ニクスが手にした紙を見ながら言った。

「街と宇宙港の通信はジンウー6を経由していたと記録があります。研究員の同行者は通信兵のような役割をしていた可能性が高いですね」
「通信兵ってなに?」

アオハの疑問には、ニクスから無言で説明書が送られてきた。


「我々の使っている短距離無線通信も妨害される可能性がありますね。何が原因か突き止めたいところですが……」
「あー、それなら植物みたいなのが原因ぽいよ。植物に近づいたときにディーリーにメッセージ送ろうとしたらエラーになったんだよね」
「なるほど。植物の間を移動するときは音声で会話したほうがいいかもしれませんね。しかし、電波を妨害する性質のある植物ですか……」
「気になるよねー。詳しく調べたいなー」
「バックアップはどうしますか?」

ドールを使用中のスペクターは、定期的に意識OSのバックアップを取っている。現在は移動用ポッドに設置した通信装置を経由してベガ・ステーションにバックアップを行っている。

「送電ができてるから、高周波数での通信ならできるはずだ。最悪、受光器を改造して送ればいい」
「そうしましょう。それでは、工業都市と呼ばれていた街へ向かう、ということでいいですね」
「りょーかい」


ここに閉じこもって最期を迎えた人たちは何を思っていたのだろう。紙に記録されていたそれらはすべてアオハのメモリに記録されている。

しかしニクスは途中で読むのをやめた。死を待つしかない人間の心境というものを、不死であるスペクターには理解しがたいが、三人の中で一番ベーシックについての知識を持っているニクスには、彼らの不安と絶望が手に取るように見えた。だから読むのを途中でやめた。アオハが全部記録して持って帰ってくれれば、それでミッションは完了できる。

シェルターを出る際、最後尾を歩いていたニクスは、振り返って軽く黙祷した。

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つづきます。長くてすみません。

ご都合主義ですがそうしないと話が進まないのでサクサク進めます。テキストを集めて真相を調べていくアドベンチャーゲームのイメージで書いてます。

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