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増田俊也(1965.11.8- )「続 木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか 第五回 残酷な再会」『小説新潮』2018年7月号  鈴木大介(1973- )『脳は回復する 高次脳機能障害からの脱出(新潮新書)』新潮社  2018.2

『小説新潮』2018年7月号
新潮社 2018年6月22日発売
p.502-521
2018年8月4日 拾い読み
https://www.amazon.co.jp/dp/B07DKRPFY5
http://www.shinchosha.co.jp/shoushin/backnumber/20180622/

増田俊也(1965.11.8- )
「続 木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか
 第五回 残酷な再会
妥協なき取材、作家は取材の最中倒れた。病名は鬱。
しかし、入院先で彼はある人物と再会する。」

鬱病で入院中の増田俊也さんは
大学病院の医師、
北海道大学柔道部の後輩、
大森一郎に尋ねます。

「「直接聞きたかったんだけど、
電気ショック療法はどうして鬱病に効くんだろう?」
「先輩、パソコンはウィンドウズですかマックですか」
「マックだよ」
「じゃあ、わかりますよね。再起動です」
 … 
大森に会った私は主治医の診療時、
転院して電気ショック療法を受ける
決断をしましたと話した。」
p.507

「[電気ショック療法の]
頻度は週に二回のペースで、
間を置いて五回から十回、
効果が充分あったところで終わる。
週に二階というのを聞いて
なんだかウェイトトレーニング
みたいだなと思った」
p.513

「希死念慮は自殺願望という言葉に置き換えられるが、
自殺願望が現実逃避による自殺を指すのに対し、
希死念慮はもっと漠然とした死への希求を指す。

鬱病になるとなぜか死へと向かってしまうのである。
私も自分がこの病気だと認識する前に、
知らず自殺の準備をしていて途中で気づき、
驚いたことがある。」
p.509

1955年1月生まれな私もありました。
2004年11月にうつ病を発症し遷延化して
現在でも部屋からほとんど出られない、
障害年金受給のために必要な
診断書(毎年、私学共済に提出)
には「難治性うつ病」と記載されている
私には他人ごとではない文章です。

鈴木大介(1973- )
『脳は回復する
 高次脳機能障害からの脱出(新潮新書)』
新潮社  2018.2
https://www.amazon.co.jp/dp/4106107546

「病前に当たり前のようにやれたことの、
何もかもがまともにできない。
できないならまだしも、そのひとつひとつに
いちいち死にたくなるような苦しさがついて回る。
一事が万事、こんな感じである。
こんなにつらいなら、もう一歩も家を出たくない。
妻以外誰とも接触したくない。」
p.61「第一章 号泣とパニックの日々」

2004年11月に鬱病を発症した私の実感でもあります。

「不自由を障害にするのは環境の調整不全。
そしてその結果に現れるのが、二次障害だ。
高次脳機能障害における二次障害の典型例は、
脳梗塞後の鬱病発症、高次脳と鬱の併発だ。残酷だ。
 … 
鬱病や適応障害と
高次脳機能障害の症状は近しいものなので、
軽度の鬱なのか高次脳なのかの鑑別も難しい。
僕は病前の取材の中で、
本格的な鬱病の抱える苦しみが、
僕の味わった苦しさとは比較にならぬほど
凄絶なものだと知っている。
心底、鬱病は恐ろしい。
逃れられない心の苦しさに悶絶する日が
絶え間なく「何年も」続くという生き地獄。
心のみならず、全身の倦怠や、吐き気やめまいや、
怪我もしていないのに日々悩まされる身体の激痛。
もう痛みと苦しさから逃れるには
精神薬に頼るか死んじゃうぐらいしかない。
そして、それが五年や十年という長い単位で続く。」
p.207「第五章 「受容」と、「受容しないこと」のリスク」

2004年11月に発症した私の鬱病の症状は、
ここまでひどくはなく、「身体の激痛」を
感じたことはありませんけど、
「心の苦しさ」はその通りで、
「死んじゃうぐらいしかない」は実感です。
2006年夏に、アタラックスPを百錠ぐらい飲んで
自殺を試みました。
強烈な嘔吐感で覚醒して助かりました。

https://ja.wikipedia.org/wiki/増田俊也

公式ブログ
http://blog.livedoor.jp/masuda_toshinari/archives/52056077.html

http://www.hatirobei.com/ブックガイド/作家から/増田俊也/雑誌掲載記事 

 読書メーター
増田俊也の本棚(登録冊数14冊 刊行年月順)
https://bookmeter.com/users/32140/bookcases/11091431

https://note.com/fe1955/n/nff6eb86aa605
増田俊也(1965.11.8- )
「続 木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか
 新連載
 第一回 熊本の風」
『小説新潮』2018年3月号

https://note.com/fe1955/n/nf01486301794
増田俊也(1965.11.8- )
「続 木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか
 第二回 1993年の涙」
『小説新潮』2018年4月号

https://note.com/fe1955/n/neb24d6463920
増田俊也(1965.11.8- )
「続 木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか
 第三回 リアルファイトの黎明」
『小説新潮』2018年5月号

https://note.com/fe1955/n/nba752145631e
増田俊也(1965.11.8- )
「続 木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか
 第四回 だらしない精神
 木村政彦の汚名を雪ぐ。」
『小説新潮』2018年6月号

増田俊也(1965.11.8- )
「さよならスペンサーなんて言わない」
『本の雑誌』2010年5月号
http://blog.livedoor.jp/masuda_toshinari-about/archives/38339610.html

https://note.com/fe1955/n/n6ed20bab5a3b
Robert B. Parker (1932.9.17-2010.1.18) 
ロバート・B・パーカー
『約束の地』菊池光訳 早川書房 1978.8
『ユダの山羊』菊池光訳 早川書房 1979.9
『レイチェル・ウォレスを捜せ』菊池光訳 早川書房 1981.12
『初秋』菊池光訳 早川書房 1982.9

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