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増田俊也(1965.11.8- )「続 木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか 第四回 だらしない精神 木村政彦の汚名を雪ぐ。」『小説新潮』2018年6月号

増田俊也(1965.11.8- )
「続 木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか
 第四回 だらしない精神
 木村政彦の汚名を雪ぐ。
埃にまみれた古書を渉猟し、
関係者への取材を始める中、
後輩・中井祐樹がルールなしの
危険なリングにあがった――。」

『小説新潮』2018年6月号
新潮社 2018年5月22日発売
p.410-432
2018年7月11日 拾い読み

https://www.amazon.co.jp/dp/B07CXZ9DBK
http://www.shinchosha.co.jp/shoushin/backnumber/20180522/


「ストレスと過労で倒れた」
p.414
増田俊也さんは鬱病で入院します。

「誰が言いだしたのか "心の風邪" などという
柔らかい言い方がされ、
しかし逆にこの言葉が患者を苦しめている
 … 
軽い鬱病はその表現でハードルを下げ、
患者の助けになっているかもしれない。
しかし中程度の鬱、そして重篤にになった鬱病になると、
とてもそのような表現では追いつかない。
鬱病は死に至る病である。
私は多くの知人をこの病気で失った。」
p.421

「鬱病になってひとつだけいいことがあったのは、
二十四歳で夭折[自殺]した[北大柔道部後輩]
吉田寛裕の気持ちがわかったことである。
鬱病は自然にその方向へ向かってしまうのだ。
私もいちど危なかったことがある。」
p.429

私もありました。
1955年1月生まれの私は、
2004年11月に発症したうつ病で、
最初の休職から復職して数か月後、
2006年夏に、オンラインで拾い読みした
『完全自殺マニュアル』で知った
アタラックスPを百錠ぐらい飲んで
自殺を試みました。
強烈な嘔吐感で覚醒して助かりました。
目が覚めた時、妻に言われた
「私達と一緒に生きているのがいやなの?」
が忘れられません。
私は、その時、
生きているのがいやだったというより、
生きていることに耐えられなくて、
自分の意識を無くしてしまいたかったのです。
私が存在しなければ私は何も感じない、と。
希死念慮。
うつ病は、私にとって、そういう病気です。
発症からもう20年も経った今でも。

「あらゆる抗鬱薬を試したが効かなかった。
鬱病とは心の病気ではなく、
脳という臓器の機能障害である。
それは糖尿病が
膵臓という臓器の機能障害である
のと同じである。」
p.429

「抗鬱剤は誰にでも効くわけではない。
薬の効かない難治性の鬱病に、
別のチョイスとして、
電気ショック療法が行われることがあることは、
入院前から知ってはいた。」
p.430

2004年11月にうつ病を発症し
遷延化して現在でも部屋からほとんど出られない、
障害年金受給のために必要な診断書
(毎年、私学共済に提出)には
「難治性うつ病」と記載されている
私には他人ごとではない文章です。

「主治医は
電気ショック療法を受けたほうがいいと強くすすめた。
 … 
なぜ受けることを躊躇したか、二つ理由がある。」
p.431

私も主治医から
電気ショック療法の説明を聞きましたが、
受けませんでした。

増田俊也さんが受けたのかどうかは、
次回に「つづく」です。

https://ja.wikipedia.org/wiki/増田俊也

公式ブログ
http://blog.livedoor.jp/masuda_toshinari/archives/52056077.html

http://www.hatirobei.com/ブックガイド/作家から/増田俊也/雑誌掲載記事 
には、
『新潮』2019年11月号
「 山羊のレイプニュース」
以降の記載がありません。
四年間も、何も発表していないのか、
このサイトが更新されていないだけなのか?

読書メーター
増田俊也の本棚(登録冊数14冊 刊行年月順)
https://bookmeter.com/users/32140/bookcases/11091431

https://note.com/fe1955/n/nff6eb86aa605
増田俊也(1965.11.8- )
「続 木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか
 新連載
 第一回 熊本の風」
『小説新潮』2018年3月号

https://note.com/fe1955/n/nf01486301794
増田俊也(1965.11.8- )
「続 木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか
 第二回 1993年の涙」
『小説新潮』2018年4月号

https://note.com/fe1955/n/neb24d6463920
増田俊也(1965.11.8- )
「続 木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか
 第三回 リアルファイトの黎明」
『小説新潮』2018年5月号

増田俊也(1965.11.8- )
「さよならスペンサーなんて言わない」
『本の雑誌』2010年5月号
http://blog.livedoor.jp/masuda_toshinari-about/archives/38339610.html

https://note.com/fe1955/n/n6ed20bab5a3b
Robert B. Parker (1932.9.17-2010.1.18) 
ロバート・B・パーカー
『約束の地』菊池光訳 早川書房 1978.8
『ユダの山羊』菊池光訳 早川書房 1979.9
『レイチェル・ウォレスを捜せ』菊池光訳 早川書房 1981.12
『初秋』菊池光訳 早川書房 1982.9



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