「死にたい」に対してどう答えるか?
突然だが、身の回りの人間に「死にたい」と言われたらどう答えるだろうか?
「死ぬなんて、そんな事軽々しく言うもんじゃない!」
「生きたくても生きれない人もいるんだよ」
「そんな事言ったら家族が悲しむよ」
「生きてたらきっと良い事があるから、そんなこと言わないで!」
答え方は無数にあるだろう。
だが、本当に「死にたくなった」その人間に、
これらの言葉が一体どれほど響くだろうか。
先に伝えておくが、私は自殺を推奨しているわけでもないし、自死が良い事だとは思っていない。
ただ、「死んではいけない」この世の中で、
「死にたい」人の気持ちを本気で考える人間が、どれくらいいるのだろうと、そう思うのだ。
人が死にたくなる理由は様々だろう。
仕事、家庭、育児、恋愛
これらのストレスがほんの少しずつ重なりあって、無視できないほどの大きさになった時、全てを手放したくなるのではないだろうか。
数年前の私がそうだ。
自分の人生の選択全てが間違っていて、仕事でもプライベートでも価値のない自分に絶望し、生きていく事に疲れてしまった。
詳しく語れば自分の苦労自慢のようになってしまつので割愛する。
そんなお先真っ暗な、目の前に暗闇しか広がらなかった時、
かけられた言葉の全てが、私の心の中とは真逆の言葉達だった。
頑張れだとか、死なんて考えてはダメだとか、前向きにだとか
全てが正論なのだ。
その正論は私からわずかな救いを奪った。
この苦しみから逃れるための救い、それが仮に世間一般的には良くない方法だとされていたとしても、
その時の私にとっては、唯一の救いだったのだ。
幸いな事に、私は今死にたいとまでは思っていない。
そこまで自分で浮上する事が出来た。
だがそうでない人、もっとずっと悪い状況に、私以上に、私が想像できないほどに辛い思いをしている人がいる。
その人にとっての唯一の救いが死であれば?
私にはその人を救う手段なんて一つもないのに?
生きろと諭したあと、その人の苦しみを緩和できないのに?
それなのに無闇に生きていくべきだと、辛くても耐えるべきだと、
そんな無責任な事が言えるのか?
私には言えない。
もちろん自らお勧めはしない。
そんな悲しい道。
ただ、救えもしないのに、「頑張れ生きろ」とだけは言えない。
私はそう思うのだ。
「死にたい」
身近な人からこう言われたら何と返すだろうか?
私は、第一声に、
「そっか。死にたいんだね。どうしてそう思ったの?」
こう聞きたい。
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