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ステンレスの陽極酸化について

新潟で工業デザイナーをしています。ステンレス製品はピカピカのモノを使い込んでつや消しになった状態が好きです。キチンと手入れして細かな傷が作り出す表面が美しくて、サテン仕上げと呼ばれる状態とは違います。デニムのジーンズに似ていると感じています。作為的にダメージを付けたデニムよりは履き込んだジーンズの方が素敵だと思います。

FD STYLEというブランドで商品を販売しています。ステンレスの製品が中心ですが、ほぼステンレス色の製品はありません。多くのモノがアノニマス化したものが好まれ、普遍的でデザイナーの存在を感じさせないモノが好まれる現代にあえて他には無いモノを作っています。先に書いたように自分が好きだからというわけでもありません。自分なりの地域に対する投資だと考えています。つまりステンレス素材の最大の特徴である「生地のまま」商品にできる金属というのは、商品の差別化がしずらいのではないかと感じているからです。

ステンレスは鉄とクロムの合金でその歴史は浅く約100年、それ以前は耐食性のある金属といえば銅が使われていました。新潟県燕市はキセルに始まり銅製品の産地として栄えてきました。ステンレス製品の産地に変わるのも理にかなっているというわけです。銅製品の製造でも溶かして型に流す鋳造ではなく、鎚起と呼ばれる板材を叩いて変形させる方法で製品を作ります。今日のステンレス製品の様々なプレス加工もそれらの発展させたものだと思います。最新の機械はアマダやコマツといったものが多いですが、古い機械は燕や三条で作られていました。プレスの金型にも産地ならではのアイデアが豊富にあります。ステンレスはマルテンサイト系、フェライト系、およびオーステナイト系ステンレス鋼に分かれJIS規格でもおよそ200種類以上あるそうです。ですが、一般的なのはSUS304 SUS430 SUS420J2です。

ニッケルが入って錆びにくく加工性が良いSUS304が最もよく使われるステンレスです。18-8ステンレスとも呼ばれます。磁性があるのでIHクッキングヒーター等に使われるのがSUS430です。比較的安価ですが加工性がいまいちで職人からは嫌がられるかもしれません。18クロムとも呼ばれます。ステンレスの刃物に使われるのがSUS420J2です。焼きが入るステンレスです。これら以外のステンレスは特別な目的があるとき以外は使うことがありません。

例えばお玉であれば18-8のSUS304で作るのが常識です。ところが価格競争の為にSUS430のお玉も見られます。以前NHKの子供向け番組で磁石がくっつくかどうかという設定で「お玉」に磁石がくっついていました。私の常識ではお玉に磁石はつきません。まれにプレス加工のストレスで磁性を帯びることが無くはないですがそれでも磁性は弱いです。良いステンレス製品は目的に合わせたステンレス素材が使われています。しかしながら見た目上はほとんど見わけがつきません。こうしたことがステンレス製品はどれも同じように見えてしまい「安い方でいいよ」と言う事につながる事も多いのではないかと思います。

ピカピカのステンレスのデメリットは他にもあります。その一つが手に取りづらいという点です。指紋がついて表面が汚れてしまう為手に取ることをためらう方も多いでしょう。ステンレスの可能性を広げるモノづくりを続ける理由はそこにあります。そうした中で取り組んでいる一つが陽極酸化と呼ばれるステンレスを酸化発色させた製品です。陽極酸化自体は以前からよく知られた技術です。ステンレスはクロムが酸化被膜を作るために錆びないのですが、この酸化被膜を厚くすることで光の屈折により特定の色がついているように見える現象です。シャボン玉に光が当たることで7色に見えるのと同じ理屈だそうです。

以前の酸化発色はステンレスを鏡面に研磨したうえで発色させたものが普通で、昆虫のような光沢が良い感じには思えませんでした。ササゲ工業の捧常務と酒器三作を作ったときにステンレスの様々な表面加工と酸化発色の組み合わせで金属とは思えないような質感を作れることを経験しました。この技術は安定性が低く同じ色の再現性が低いという欠点はあります。逆に考えれば工業製品の欠点である同じものが沢山できてしまうという事がありません。丁寧に伝えることが必要ですが可能性が高い技術だと感じています。

冒頭の写真はササゲ工業のステンレスの皿URAGUです。金属なので割れることはありません。既存のステンレス製の皿は割れないけれども、機能性だけで上に乗った料理を美味しそうに見せることはありません。良かったらステンレスの陽極酸化で発色させた商品を手に取って見て欲しいです。

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