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日本の職場におけるウェルビーイング

この記事は、当社の調査研究をまとめて刊行致します、「Sustainability in Japan 3: 再生型ビジネスへの道」から抜粋したものです。英語版はMediumで入手可能です。

サマリー

  • ウェルビーイングは、個人レベルと集団レベルにおける持続可能な行動にとって極めて重要な基盤であり、コミュニケーションを改善し、企業のパーパスを共有することにより従業員のエンゲージメントが向上する機会を得る。

  • 日本の企業の従業員の多くは不満がある。それは年功序列などの構造的な要因にあり、積極性の欠如や疎外感が原因だ。

  • 職場におけるウェルビーイングへの取り組みは、首尾一貫した戦略を必要とする長期的な投資であり、結果的に飛躍的な利益をもたらすものである。

はじめに

1987年の国連ブルントラント委員会による最初の公式な定義¹以来、「持続可能性」は主に人的影響を示すための用語として説明されており、そのような観点から、「持続可能性」とは、将来の世代が許容できる生活条件を維持する力を意味しています。

この人間中心のアプローチにしたがって、人々のウェルビーイングは持続可能な変革を推進する上で基礎的な役割を果たすべきであり、企業は職場におけるウェルビーイングの浸透から多くを得ることができます。しかし、ウェルビーイングに関する取り組みは、特に日本企業のアジェンダの中で低い位置に置かれることが多く、多くの日本人は仕事に対して全般的に不満を持つようです。

実際、私たちの調査によると、すべての世代の持続可能性を意識するグループにおいて、ウェルビーイングが最も低いのが仕事、キャリア、経済面でした。それは一体なぜなのでしょうか?そして日本の組織はこの課題をどのように解決すればいいのでしょうか?

日本の労働文化によく見られる長時間勤務、プレッシャーのかかる環境、少ないキャリアアップの機会などは、人々のウェルビーイングに悪影響を与えかねないものです。残業が期待されるなどの労働に対する強い倫理観は、しばしば個人的な時間の制限をもたらし、ワークライフバランスの悪さ、不満につながります。

この傾向はコロナ禍に多くの企業がリモートワークにシフトしたことで、ある程度緩和されたのかもしれません。

2022年のWeWorkの調査²によると、半数以上の企業がハイブリッド・ワーク・ポリシーを導入しており、現在では4分の1以上の従業員が仕事のオン・オフを切り替え、必要に応じて休暇を取ることができると回答しており、週3日までリモートで働く従業員の平均ウェルビーイングレベルは高くなっています。

しかしながら、日本の企業のなかには、現在もウェルビーイングの浸透を妨げる構造的な要因や文化的な要因が多く存在しています。

年功序列

年功序列による昇進システムは、長い間企業に対する従業員の忠誠心や安心感をもたらしてきたわけですが、同時に若い世代の昇進が遅れたり社員の自主的な仕事への意欲を失わせる結果にもつながります。

多くの企業では新卒者の採用を継続することで組織としての年齢的な多様性は維持していますが、新卒を含む若年層が組織から平等に受け入れられ評価されていると感じるには、新卒採用をするだけでは不十分です。トップダウンによる意思決定やシニア層の偏見のなかで若い世代が貢献する機会は失われています。

また、シニア層が古いやり方から脱却するというチャレンジの芽を摘んでいると言えるでしょう。現在日本では、多くの企業が若い有能な人材の存在を理解しその活躍に報いる風潮が見られるようになりましたが、多様性を持つ実力主義的な企業文化を完成させるには、まだ先は長いようです。

トヨタやNTTなどの企業が大胆に採用しているように、年功序列による昇進から成果主義への移行は、若手メンバーの活力を生むための的確な解決策と言えます。しかし、勤続年数の長い従業員からの抵抗に遭う可能性が高いため、段階的なアプローチを採用する企業もあります。

このような段階的アプローチ期間に、年齢や年功序列に関係なく従業員表彰プログラムを実施するなど、世代を超えて協力し合うことを奨励する取り組みも障壁を克服する方法として検討すべきでしょう。

従業員の主体性

このような構造的な課題から、若い世代の多くは無力感を感じ、充実感を得られずにいます。

若い世代は職場における意思決定のプロセスにおいて影響力が小さく、先進的なアイディアを提案する機会も多くありません。特に大きな組織ではヒエラルキーが組織の変革を妨げているようです。

このように若い世代の意見が遮断されるということは会社の成長を妨げる要因にもなり、組織を改善するチャンスを潰してしまうことにつながります。職場の問題について意識的に考えたり、率先して議論して解決しようとする従業員は10%未満で、この傾向は特に若い世代に多いといえます。

若い世代が会社に対して無力感を感じたり、改善しようとする意思を持ち得なければ、仕事全体に対して前向きな感情を持つことが難しいのは明らかです。

そこで、企業は若い世代の活力を蘇らせるために何らかの対策を練る必要があります。重要な点は従業員からのフィードバックを定期的に収集、解釈し、それに基づくメカニズムを確立することです。同様に重要なのは、社内のコミュニケーションです。たとえば、社内調査やワークショップを導入すれば、参加した従業員はその結果によって生じた会社の動きを知り、自分たちの意見が反映されたと気づくことで初めて勇気づけられるでしょう。

日常の職場では、会議のテーブルを回ってメンバー全員の意見を聞くことようなやり方を通じて、より民主的なリーダーシップをマネージャーが学ぶ機会を作ることもできます。

また、若い従業員に独自のスキルや専門知識を上司と共有する機会を与えるリバース・メンターシップも非常に有効です。

ダイバーシティ・エクイティ・インクルージョン (DEI)

順応と調和を重視する文化を持つ企業で働き、その古い体質に馴染めない従業員は、自身の能力を存分に発揮できずに苦しむかもしれません。多様性を受け入れる寛容さの欠落もまた、仕事やキャリアに関する幸福感を妨げる要因になっています。調査によると、個人のアイデンティティに関係なく職場で受け入れられていると感じる人はわずか5%でした。

日本の企業では多くの場合、同質の、単一的な思考を持つ従業員を好み、新たな才能の中途採用よりもプロパー人員による昇進制度を重宝する傾向にあります。このことは、相対的に性別、民族、国籍、年齢などの多様性の欠落を招いています。

また、歴史的に日本企業に外国人勤務者が多くないのは、厳格な移民政策と独特な文化や言語が原因であると思われます。高い能力を持った多くの外国人たちは、より広い視野と豊富な経験を提供できるにもかかわらず、多くの軋轢と疎外感に悩まされています。この件については、高度な技能を持つ外国人に対して門戸を開いていくという政府の新しい政策が発表されており、状況は変わり始めています。

さらに、LGBTQIA+に属する人たちは職場における様々な課題に直面することも多く、ハラスメントを受けることもあります。2022年に日本のLGBTQIA+コミュニティが実施した3000人のメンバーを対象にした調査では、LGBTQIA+に関する特定の方針が職場に存在しないと回答した人は60%にも上りました。³

性別による不平等もまた日本の大きな課題となっています。日本は2023年6月20日に世界経済フォーラム⁴から発表された「グローバル・ジェンダー・ギャップ・レポート」で、日本は男女間の格差が過去最低の125位にランクされ、特に立法職、上級職、管理職における女性のシェアが低く、女性の経済参加と機会均等度では123位でした。

政府、官公庁、企業の不断の努力にもかかわらず役職につく女性の数は依然として少なく、女性に対するワークライフバランス、特に育児の共同責任に対するサポートは十分ではなく、仕事への参加意欲も満足度も低い状態が続いています。

このように外部からの圧力を受け、多くの日本企業が一貫したDEI戦略を開発する必要性を認識しており、従業員リソース グループ(ERG)を支援する戦略は、包括的な労働方針(例:育児休暇)の確立から多様な人材の採用慣行(例:匿名の履歴書)の導入、さまざまな形のDEI研修にまで及びます(例:個人の文化的背景、無意識の偏見など)。このような方針を導入するためには、トップダウンの意思決定が必要ですが、ボトムアップからの動きにも理解を示し、その動きをサポートすることが経営側の役割であることを認識することが重要です。

仕事に対する意味

労働者が職場や企業から受け入れられていないと感じ、自ら変化を起こすことに意欲が持てない状況は、自身のキャリアにおける3つ目の重要な基本的要素である「仕事に対する意味」も見出せない状態にあるといえるでしょう。

日本企業のアドバイザーであるコリン・ジョンソン氏は、その根本的な要因として日本には非効率的な仕事のあり方があると指摘し、プロセス重視の日本のアプローチと成果重視の欧米のモデルを対比させて次のように説明しています。

「日本にはスプレッドシートに記入し、本質的に管理的であって、価値を生み出すことのない仕事をしている例が多くあります。このような仕事を続ければ、必然的に彼らの精神的健康と幸福度に悪影響を及ぼします。軽度のうつ症状となり、意味の理解できない仕事を週に40時間もするのであれば、良い仕事をしているとは言えません。」
この問題に対する解決策は、企業のPurpose(パーパス)を創造または再発見し、それを明文化し、チームリーダーを通じて従業員たちの日常業務に反映させることです。

これには実際に活動を取り入れる前に数ヶ月間の綿密な調査、研究が必要です。その過程において全部署内で従業員たちのエンゲージメントを育成することができ、従業員の個人レベルから集団レベルまで、大いに意味のあることとなるはずです。

転職市場

従業員たちは、現在従事している仕事に意味を見出せないだけでなく、今後の明確なキャリアパスや現状から抜け出す方法も見出せずにいます。残念ながら望ましいキャリアパスの軌道上にいると感じている従業員は5%未満です。実際、従業員の29%が5年以内に転職を希望し、21%は転職を決めかねています。現在の会社に留まる予定の人は調査結果によると労働人口の半数のみです。

転職希望者が実際に転職する場合、公正な方針と報酬パッケージ、適切に管理された仕事量、先進的文化を備えた企業を求めます。
日本のように終身雇用が多く採用されている国では転職活動はネガティブに思われていましたが、現在では昇給希望が主な要因となっており、中途採用者の3分の1が10%以上の昇給を受けています。しかし、このような動きは未だ一般的ではなく、日本人労働者は英米の労働者と比較して最大で3倍、年数にして平均12年は同じ会社に所属しています。

日本企業は、転職市場の活性化(転職希望者の増加)という新たな現実を認識し、優秀な人材の流出を防ぐために、魅力的なキャリアパスの構築、より透明で柔軟な報酬体系の構築、従業員が仕事の内外でスキルを向上させるための機会を提供するといった対策を講じる必要があるでしょう。また、自社にはない専門知識と視点を持つ多様な中途採用人材を迎え入れることで、より流動的な雇用市場のプラス面を受け入れることができます。

サステナビリティ(持続可能性)

従業員個々人は企業の責任に関して多くのことを期待しています。しかしながら、企業がサステナビリティに関して本当に意味のある活動を行うと信じている従業員はたった25%で、残念ながら25%は全く期待していません。そのため、サステナビリティに関する確かな取り組みこそ、企業にとって逃してはならない従業員と分かり合えるチャンスなのです。

しかしながら、現時点で多くの企業が行なっている取り組みは、潜在的に最もそれらを期待し、それらの活動に積極的に参加したいと思う者に認識されないことが多いのです。「意識の高い」グループの約20%でさえ、依然として職場での取り組みに関わる機会に気づいていないことを考えれば、積極的なコミュニケーションによる取り組みへの関与を図る必要性が浮き彫りになってきます。積極的に関与したいと考えている4分の1が会社の抱えているサステナビリティの課題に気づいているものの、実際には関与していない状態も会社にとっては大きな損失となっています。

結論

従業員たちの不安な思いや不満は転職市場が活性化する一因になっていますが、それはまた企業全体のサステナブル・トランスフォーメーション(SX)の進捗にも影響を与えているようです。

サステナビリティ意識の高い従業員たちは、さらに高いレベルの仕事やキャリアによる充実感、特にインクルージョンやキャリアアップ、責任感や使命感を感じ続けることができる状態を求めます。
この主張は、企業が持続可能な考え方を前進させる前提条件となる可能性があるのです。

ウェルビーイングは個人レベルにおける持続可能性意識の基礎になるだけではありません。WHOは、ウェルビーイングを総称して「全人類全体が経験する現状を表すために社会レベルで適用されるべき概念」と定義しています。⁵同様に、それは組織全体として何を達成できるかの基礎にもなります。従業員全体のウェルビーイングに意欲的に投資する企業は、国家の、そして世界的な課題にも対処することができる企業であると言えるでしょう。

構造的な問題に取り組み、世代を超えたコラボレーションを促進し、自由な意見を交換できる環境を整えるなど、民主的なリーダーシップを通じて従業員たちに主体性を持たせ、DEI対策とパーパスを確固たるものにすることで、企業は従業員のエンゲージメントを揺るぎないものにし、より大きく貢献する機会を生むことができます。

手っ取り早く得られるものもありますが、職場でウェルビーイングの文化を育むことは、間違いなく長期的な投資であり、計り知れない価値の源泉を生み出すでしょう。


References

  1. Report of the World Commission on Environment and Development: Our Common Future (1987) Un-documents.net. http://www.un-documents.net/our-common-future.pdf

  2. ハイブリットワーク普及率、2021年から上昇し5割強に — WeWork調べ (2022). https://japan.cnet.com/article/35194290/

  3. Nijiiro Diversity (2022). Nijibridge.jp. https://nijibridge.jp/wp-content/uploads/2023/03/nijiVOICE2022_report.pdf

  4. Global gender gap report 2023 (2023). World Economic Forum. https://www3.weforum.org/docs/WEF_GGGR_2023.pdf

  5. Towards developing WHO’s agenda on well-being (2023) https://www.who.int/publications/i/item/9789240039384


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