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サステナブルな企業を作るには:投資家からの視点

この記事は、当社の調査研究をまとめて刊行致します、「Sustainability in Japan 3: 再生型ビジネスへの道」から抜粋したものです。英語版はMediumで入手可能です。

インパクト投資家である鈴木絵里子氏は、サステナビリティとウェルビーイングに焦点を当てた投資を行っています。現在はご自身で創設したKind CapitalのCEOであり、また国内スタートアップ数社の社外役員でもあります。VCでの経験から、投資家として企業のパーパスについて独自の考えを持つようになった鈴木氏に日本にサステナブルな企業を生み出す方法について伺いました。

健康に関わるスタートアップに投資されたことは広く知られていますが、VCの世界に入られた経緯についてお話しいただけますか?

よろしくお願いします。大変長い話になりますので簡潔にお話しさせていただきます。

大学に在籍中に世界の貧困問題への取り組みを支援したいと考え、経済と事業開発について学び、アフリカで働き始めました。しかし、そこにはとても官僚的な公共部門と多くの大型組織が存在していました。この大きな組織の中で、1つの歯車にすぎない私はどのような影響を及ぼすことができるのかわかりませんでした。そのような状況でしたが、ケニアの地に社会起業家精神のほんの僅かな産声を聞くことができたのをきっかけにビジネスについて学ぶことを決めたのです。

卒業してからの私のキャリアは投資銀行から始まりました。そこでの仕事は素晴らしいものではありましたが、同時にあまりにも資本主義の中心に位置していたため、矛盾も感じました。その後2人の子供を持つようになったことで仕事についての考え方を改めるようになり、スタートアップに参加しました。そこでテクノロジーが及ぼす影響力を実感し、金融とテクノロジーを融合させたVCの世界に入っていくことになったのです。

VCによって、ソーシャルインパクトに対する興味が湧いてきた経緯を教えてください。

私が最初に参加したのは孫泰蔵氏が運営するVCでした。健康、教育、食育でより良い世界を構築するという長期的ビジョンがあり、影響力を発揮しそうなスタートアップに投資することで富の分配を生み出そうとしていました。それから私はいくつかのVCに参加してきましたが、その全てが同じような考え方を持っていました。私は投資家という視点で世界を眺めているうちに、ある疑問が生じました。このような方法は課題を解決に導けるのかもしれませんが、資本主義システムの中で、果たして持続可能な方法での解決はできるのでしょうか?

そして5年前、金融業界で働きながら日本で2人の子供を育てている私にとってはとても重要な、健康とウェルビーイングに携わるようになりました。私たちは本当にお互いのこと、そして次世代のことを考えていかなければならないのです

健康とサステナビリティに関して、VCは現在どのように捉えてますか?

まず初めに、日本における様々な動きや変化のスピードが早くなりました。
情報化が進み、重要な情報がすぐに手に入るようになったので、以前は5年かかったことが今は2年でできるようになりました。とはいえ、社会的インパクト、持続可能性、ウェルネスの領域では、世界的に見ても若干の違いがあります。ヨーロッパでは、これは非常に基本的なことで、社会のあらゆる側面、あらゆる年齢層に影響を及ぼしています。しかし、アメリカではもう少し限定的で、こうしたことを考えるのは若い世代です。しかしアメリカには物事を革新する強烈な力もあります。

アメリカでは現在、金融市場が非常に厳しい状況にあります。日本でもインフレ率の上昇によって厳しい状況を感じられているかもしれません。オールバーズをはじめ、環境やウェルビーイングに貢献するD2C企業などによって良好な時代が10年ほど続きましたが、D2Cのビジネスモデルは、採算が取れる規模に達するまでに莫大な設備投資を必要とするため、もはや持続可能ではなくなっています。D2Cは、小売店の棚スペースをなくすことはコストを削減すると思われましたが、オンラインで顧客を獲得するコストも数億ドルに上るため、厳しい金融事情の中、そのような大規模な投資はもう見られません。

ほとんどのVCは5年から10年のスパンでリターンを求めるために、このようなD2C企業は年ベースで30%から50%の成長が必要になります。いくつかのD2C企業のビジネスモデルは期待したほどの経済効果がみられないことから、実店舗モデルに戻らざるを得ないケースも存在します。サステナブルファッションブランドを立ち上げても成功するとは限らないことを学ぶ必要があります。しかし、これらの企業が持つコンセプトに人々が共感したのはよいことで、消費者として、こうした考えを持つ企業の商品を購入して応援することもできるわけです。

鈴木さんがおっしゃっていた日本と欧米との違いについてもう少しお聞かせください。新しい考えを受け入れることについて、どのような違いがありますか?

まず初めに、私は言葉がとても大切だと思います。(ある事柄を表現するのに)適した言葉があるということは、大きな推進力になると思います。欧米諸国では、持続可能性とウェルビーイングを中心としたライフスタイルを表現するボキャブラリーを持ち始めています。「ヨガをしています」とか「堆肥を作っています」とか「再生について考えています」とか「セラピーを受けています」などです。そして、TikTokやインスタグラムによって、そのようなリテラシーに広くアクセスできるようになり、集団的意識が高まることで様々な新しい事柄におけるコミュニティが形成されるようになりました。しかし、日本ではまだそのような専門用語に全体的な広がりは見受けられません。

コミュニティの形成におけるプロセスもまた大きな違いがあります。欧米諸国では、コミュニティの形成が容易である一方、社会がより多様化しているのでコミュニティとつながるための力は必要です。その力がないと誰ともつながることはできません。日頃からコミュニティに参加して新しい役割を得ることに人々は慣れ親しんでいます。しかし日本では、同質的な環境の中で暮らしています。それぞれの会社やクラブに所属しているので他のコミュニティに参加する必要がありません。これは稲作文化に起因しているという説があります。稲作は世代を超えて行うものであり、身近な隣人と知恵を出し合い行います。別の土地に移って突然始めるものではないというのです。

ステークホルダー資本主義は日本では新しく確立された概念ですが、強みの源流でもあります。スタートアップがこの強みを生かし、さらに影響力を持つような計画を立てていくにはどうすればいいでしょうか?

アーリーステージのスタートアップに投資する立場としてそのことは常に考えています。今現在、mymizuのような優れたスタートアップや、その他にも教育や健康の分野に影響力のあるスタートアップが出現しています。しかし、長期的資本投資は十分ではありません。社会的価値を生むベンチャー企業は長期的な視野を持っているのですが、投資を行うVCの最近のトレンドとしては短期的投資が主流です。私はもっと長期的視点で考えるVCが増えてくれることを心から望んでいます。そうした中で、ゼロから新規事業を立ち上げる企業は大きな可能性を追求して、小さくまとまらないようにして欲しいです。日本に見られる高齢化社会や性別に関わる大きな課題を解決するような企業があれば私たちは長期的な視点で投資して行きたいと思います。

日本の歴史を顧みればこのような先例はあるのです。明治維新や戦後まもない時期に、パーパス・ドリブンな企業が重要な局面で生まれました。その時代の要望に沿って人々に十分な食や住居や衣服を供給することを目的とした企業が現れました。それは結束性の高いコミュニティが必要な時期でもあり、企業はその役割を果たしていました。しかしながら今現在どのような理由からなのか企業は全体で学び、全体で繁栄するといったコミュニティになることができていません。

そのようなコミュニティを従業員たちによって作り出すことはできるのでしょうか?それともそれはリーダーたちの役割なのでしょうか?

私は、リーダーから変わっていく必要があると思います。新たなパーパス・ドリブン経営に対するコミットメントがとても重要だと思います。それが全てに関連して浸透していくのです。ファブリックのみなさんがクライアントと行っているサステナブルトランスフォーメーション(SX)プロジェクトのなかで体感されていることだと思います。私は純粋にボトムアップの形でうまくいった企業を見たことがありません。経営者と従業員の協力は最重要視されるべきでしょう。

従業員にとって、職務の流動性も大切だと思います。彼らは大企業の中で具体的なスキルを習得できず、仕事に前向きになれる目標もない状況下にいつまでもいたいとは思いません。そのために、以前よりも転職する人たちは増えています。昨年には「リスキリング」という言葉が流行しましたが、それは中級の従業員にコーディングを教えるといった表層的なものではなく、パーパスを包含したものであるべきです。企業は従業員に、習うべきスキルは何であるかを伝え、そのスキルは企業の大きな目標を実現するためにどのように役立つのかを伝える必要があります。

職務の流動性に関しての新しい考え方は企業にとって重要です。人材を評価し昇進させるためのブラックボックス的な方法、おそらく、実際の業績ではなく、どれだけ従順であるかに基づいて配置や昇格の決定が行われるであろう伝統的な人事部(人事部)のあり方を考え直す大きな動機となるでしょう。たとえそれが一部の日本企業にとっては恐ろしいことであっても、年功序列やローテーション制度を撤廃することは正しい職務の流動性を取り入れることに役立つでしょう。大企業が新卒採用以外の採用方法を取り入れることをはじめ、日本企業の人事システムも少しづつ良い方向にシフトしていくことでしょう。進むべき方向を模索している企業もありますが、まずは小さな取り組みから始め、外部からの視点を取り入れていくことだと思います。

持続可能なパーパス・ドリブンな企業を目指すためにはトップからボトムに至るまでの協調が必要であるということになるのでしょう。これはスタートアップにとっては比較的容易なことですが、大規模な組織において、中間層が学びがなく、繁栄を享受していないと感じている場合には難題となります。


私たちは鈴木さんからスタートアップは大きな考え方を持つべきで、それが投資を呼び込むというお話をお聞きしました。大企業はスタートアップのように考えるべきなのでしょうか?そのような変革は大きな組織においては難題であり、組織の中間層が学びがないと感じ、繁栄を享受していないと思っている場合には特にそのようです。イノベーションは集合的で集中した環境を作り出し、多くのL&Dコースよりも効果的な学習体験となり、学びと自己実現、さらには目標を加速させるための最良の方法です。ファブリックは、進歩的なプログラムがさまざまなレベルで変化をもたらすツールであると確信しています。


ファブリックは、企業がより革新的で持続可能な未来に向かって進むことを支援し、戦略的デザインの構築やサステナビリティ活動が直面する、様々な課題の解決を支援するコンサルティング企業です。2004年の設立以来、東京を拠点にグローバル企業や地元企業に対してデザイン思考、サステナビリティに関する知見、深い人間洞察力を結集し、優れた戦略をクライアントに提供しています。