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定形外な『アスファルト』と幸せのかたち

先週の話の続き。『公園に行かないか?火曜日に』を読み終わって、『やがて忘れる過程の途中』を読み始めて、いずれもアイオワというアメリカのまんなかあたりで、英語に苦労する日本の作家の話をおもしろく読んでいる。

アイオワという場所を説明するときに、ケビン・コスナーの『フィールド・オブ・ドリームス』があげられていたが、『マディソン郡の橋』もアイオワが舞台だったなと思い出していた。

と、今日観たフランス映画『アスファルト』のなかで、『マディソン郡の橋』のフランス語吹き替え版が出てきたので、おっ!と思った。クリント・イーストウッドとメリル・ストリープがフランス語で話していた。それを家のテレビで観ていた男がいた。男は太っていて、少しはげていて、はげていないところの髪はモジャモジャ伸び放題で、性格は自己中心的で、不運で、古い団地に一人で暮らしていた。

彼は団地の壊れたエレベーターを住民がお金を払って新しくしようというときに、自分は二階だから不要なので払わないかわりに、利用もしないという取り決めを交わしたのだが、その直後に車椅子生活になった。不運だ。彼は住民が寝静まった深夜にエレベーターを使う。食べ物を買いに外に出るのだ。普通の店は閉まっているから、病院の自動販売機でスナック菓子を買って食いつなぐ。そこで夜勤の看護師の女に一目惚れし、彼女に、自分は写真家だと嘘をつくのだ。「(ナショナル)ジオグラフィックとかで仕事をしている」と言ったとき、それはマディソン郡の旅するカメラマン、クリント・イーストウッドだとわかった。そして、この映画がちょっと哀しくて温かいコメディなのだと知った。

『アスファルト』は同じ団地に住む三組の男女の出会いが同時進行で描かれている。

もう一組は、団地に不時着したNASAの宇宙飛行士と、彼を居候させてあげるアラブ系の優しいおばさんの物語。おばさんの息子は刑務所に入っている。宇宙飛行士は英語しか話せないから、二人の会話はわかったようなわからないようなふうに進行していく。でも、おばさんはなにものにもまったく動じない(楽しみに観ているテレビドラマの展開に動じるくらい)。ものすごく大きな母性愛がアメリカ人宇宙飛行士の彼を包む。おばさんの得意なクスクスを、ちいさなダイニングキッチンで二人で食べ、それぞれが子守唄を歌うシーンが好きだ。

もう一組は、高校生くらいの青年と、中年のくたびれた薄幸そうな女優の物語。二人は過去の映画を一緒に観る。彼女はもう一花咲かせなくてはと思っている。彼は彼女にアドバイスをする。彼女の表情が変わっていく。歳の差40かそれ以上の二人の間にある美しい何かを、見つめてしまう。

3つの物語のどれもが、あるある、という話ではなく定形外で素敵だった。幸せのかたちについて、考えた。



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