Interview#64 神楽坂でおいしいパンをつくる人。
食の仕事に携わる人々のパンとの関わり、その楽しみについて伺う連載企画、第64回65人目は、神楽坂のパン屋さん「パン デ フィロゾフ」の榎本哲さんです。2022年に同じ神楽坂に開いたビストロ「ドゥフイユ」でお話を伺いました。
「おいしい」を知らないと、おいしいものはつくれない
パン デ フィロゾフ オーナーシェフ 榎本哲さん
ビストロ「ドゥフイユ」と「パンドゥフイユ」
ワインと日本酒が好きなので、フィロゾフをオープンして数年したらビストロをやりたいとずっと前から思っていて、同じ神楽坂に「ドゥフイユ」を開きました。それはパンを主役に「このパンにはこの料理」というように何種類ものパンを提供する場所ということではまったくなくて、単に自分が好きな感じを詰め込んだ、通いたい店ということです。だから店のメニューで、ブルスケッタのためにバゲットを使うようなことはありますが、パンは1種類、この店のためにつくった「パンドゥフイユ」だけです。
パンドフイユはその名の通り、双葉の形をしたパンです。フィロゾフに湯種を使った「アルファバゲット」というのがありますが、それに麹を加えて旨味たっぷりにしたものです。味がしっかりしているので、これだけつまんでもワインが進みますよ。日本酒にも刺身盛りにも、ここのどんな料理にも合わせられます。
このパンは一人分ずつ小さな袋に入れて、席に着いたら最初に出てきます。食事中、追加で2、3個頼まれる方もいらっしゃいます。アルファバゲットは皮がシュー生地みたいですけど、パンドフイユのクラストはしっかりしていて、香ばしい醤油せんべいみたいな味わいが乗ってきます。麹を入れることで、醤みたいな香ばしさやアミノ酸の旨味みたいなのが出てくるんですね。それが料理に合う。柔らかく香ばしく、何にも考えずにパクパク食べてしまうこともできるんです。
アルファバゲットのストーリー
湯種のバゲットをつくったきっかけは「俺のベーカリー&カフェ」で食パンの商品開発をしていた時に、湯種の研究をしていて、「湯種ってお湯と小麦粉だから、バゲットに入れても成分は変わらないよね。入れてみない手はないな」とやってみたのが最初です。生地が甘くなって皮がシュー生地みたいになるだろうって想像はできたんですが、狙い通りになったかなと思います。クープを入れるのは最初、難しくて大変でしたけどね。とても人気があります。
湯種のバゲットは世の中に結構増えましたね。アルファバゲットって名前でも出している店があるけど、いいんです。おいしいものはどんどん増えればいいと思います。おいしいのには自信があるし、湯種のバゲットは自分が世界で最初につくったと思っているので、みんながつくるようになって、日本にはこんなにおいしいバゲットがあるんだと世界中の人に認められたら最高じゃないですか。だってぼくが考えたんだから。
「おいしい」をつくる感覚を養う
リラックスする時間にある食べものと言ったらシャルキュトリーとチーズの盛り合わせかな。店が終わった後、ここに普通に食べにきます。今日のはコンテの16ヶ月、北海道のカマンベール。ゴルゴンゾーラドルチェ、ポンレヴェックというウォッシュチーズ。鶏のレバーのコンフィ、川俣シャモのガランティーヌは中にフォワグラが入っています。蝦夷鹿のパテドカンパーニュ、フランスの生ハムジャンボンセック。これにピノ・ノワール。シラーやオレンジワイン系も好きです。
パンの仕事は2時半から10時くらいまでで、店を抜けて朝食と昼食兼用の食事をして、それから打ち合わせをしたり事務の仕事などをして、夕方シャワーを浴びてからちょっと飲みに行ったり、フィロゾフのパンを使ってくれている神楽坂の飲食店にスタッフを連れて行って食べたりしています。
店の子を連れて行くのは勉強のためです。パンだけやっていると、「おいしい」の幅が広がらない。「おいしい」を知らないと、その感度を上げないと、おいしいものはつくれないんです。食事パンを焼くなら、そこに繋がっている料理をもっと知らないといけないと思うんです。
レストランでのパンの提供の仕方も勉強になると思います。リベイクの仕方はみなさん上手で、アルファバゲットを炭火で焼いて提供している店もあります。この料理にこのタイミングで出すんだというようなことも参考になると思います。
神楽坂はいい店が多いですね。神楽坂で店を始めてから、一流の料理人たちとの交流が持てるようになって、そのシェフたちと一緒に地方へ勉強しに行ったりもして、ぼく自身「おいしい」の幅が広がりました。おいしいものをつくる感覚がだいぶ、研ぎ澄まされたと思います。
榎本哲
パン デ フィロゾフ オーナーシェフ
NKC Radar vol.97より転載
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