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クワガタムシ、電話を取ったら変わった 1話


1.大非通知時代

国中に響き渡る遠い「どこか」からの着信音


その耳元につんざく鋭利なナイフのような音は人間にとって不幸な時代を運んできた。

つまり、なんというか……

再生の時代が終わったのだ。

たかが音波の羅列ごときに狂わされた人の脳はまず快楽を失った。

喜びを知らぬ人々はいつしか子を宿すことを
止め緩やかな衰退が始まった……

と、歴史の教科書には書いてある。

「シスター!この着信音?
ってつまりどこかからか
電話がかかってきてるってことですよね!?」

僕は歩きながら横にいるシスターに尋ねる。

するとシスターは僕の頭を撫でながら

「この電話はね、
神様がかけてくださってるのよ。」

とにっこり微笑みながら答えてくれた。

僕はシスターが好きだ!

優しくてなんでも知ってるし手も冷たくて
気持ちがいい。

料理が少し下手なのが玉に瑕だけど
そんなところも可愛らしくていいと思う。

僕はシスターにの右腕に抱きつき甘えるように頬を擦りながら喋りかける。

「ふーん神様も電話って使うんだね。
でも誰にかけてるんだろう?」

僕はシスターを上目遣いで見つめる。

するとシスターはまた静かに笑みを
浮かべながら

「それを私とキミとで探しにいくのよ」

と答えてくれた。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

僕の一日はシスターが作った朝食を食べるところから始まる。

シスターの作るご飯は

なんというか……

個性的だ。

特にシスターお得意の目玉焼きなんか
現代アートを食べているかのような感覚で
とても刺激的なんだ!

まともな感性で食べれる代物じゃない。

仕方ないので裏で配給食をつまみ食いして
栄養をとる。

やれやれってやつだ。

昼になると僕はシスターの説法について回る。

非通知泥棒を改心させるのだ。

僕は靴ひもを結び直し
駆け足で集落へと駆け出した。

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「シスター!今日もたくさん非通知泥棒を
改心させることができましたね!」

僕はリュックの中に詰めた「彼ら」の一部を
ゆさゆさと揺らしながら誇らしげにシスターの目を見つめる。

「はい。人の身でありながら神からの着信に
応答しようなど危険な行為です。早めに改心させてあげることができて良かった……」

シスターの声色は嬉しそうに、
しかしどこか切なげな表情で
問いかけに答えた。

なんでそんな顔をするんだろう?
シスターにはずっと笑顔でいてほしいのに……。

夕方、僕はシスターと共に食卓を囲む。

食卓とは言ってもキャンプ用の
簡易的なテーブルだけどね。

「さーて、今日の晩御飯はなにかな~?
うわ、また目玉焼き!?
シスターって目玉焼き以外の
料理作れないの?」

僕は旅が始まって以来提供され続けている
目玉焼きに文句を言いながらもそれを
口に運ぶ。

ガリガリガリ

ボキホギホギ  

ガッガッガッ

か、固すぎる……。

僕の生え変わったばかりの永久歯がその名前とは裏腹に短い生涯を終えてしまいそうになっていた。

人の食べ物ではない……。

しかし、ふと横に目をやるとシスターはまるで何事もないかのように目玉焼きをパクパクと
食べていた。

う~ん。

シスターはまるで気にしてないみたいだし
僕がおかしいのかなぁ?

まぁきっと大人になれば歯も成長して
固いものも食べられるようになるのだろう。

僕は自分をそう納得させた。

だから、今だけは

「ごちそうさま!」

僕は目玉焼きをバレないように土に埋めた。

仕方ないよね?

ごめん、シスター。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

夜、辺り一面が暗くなり
遥か彼方の一等星が淡く地上を照らす頃、
僕はテントに入り寝袋を用意する。

明日も早いのだから早く寝なくちゃいけない。

シスターのお付きは忙しいからね。

僕はシスターからおやすみのキスをしてもらい目を閉じる。

そして深い夢の世界へと旅立つのだ。



ただ、なぜだろう。

この日はなかなか眠くならなかった。

きっとたくさん余波通知を浴びたせいだろう。

早く寝ないとシスターに叱られてしまうのに…

僕は無理やりにでも眠りにつこうと再び
ぎゅっと目を閉じる。

するとテントの外から何か音が聞こえてきた。

ジリリリリリリリ。

これは、電話の音……?

夜に神様から電話がかかってくることなんて
ないのにな。

僕はなんとなく気になりさらに注意深く
その音に耳を傾ける。

「あっ、んっ…。」

電話の着信音に交じって何かが聴こえる。

苦しそうでいてどこか甘い絞り出すような声。

間違いない。シスターの声だ。

シスター、もしかして誰かと話してる?

いやいや、そんなはずはない。

人類が音波に犯されてから四半世紀。

もう人と人との通話はできなくなってる
はずだ。

そして神様からの電話は一方通行。

神様はどこからでも電話をかけてくるけれどもこちらには受話器がないのだから基本的に電話に出ることができないのだ。

それじゃあこの電話はなんなんだ?

そしてシスターは誰と話してる?

そしてシスターのこの声は……?

僕は心の中のモヤモヤを押し潰すように
目を閉じた。

何だかよくわからないけど……

知らないほうがいいこともあると僕の本能が
告げている。

僕の心を守るために。

僕は未だに外からテント内に入り込んできている雑音をかき消すかのように楽しいことだけを考えた。

お願い、早く朝になって……。

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早朝。

「おはようございます。朝ですよ。
 起きてください。」

シスターに声をかけられて僕は重い目蓋を
無理矢理こじ開ける。

目の前には微笑を浮かべてこちらを見つめる
天使が佇んでいた。

シスター、やっぱりかわいいなぁ。

その微笑みだけで僕は昨夜のモヤモヤが一気に晴れたような気がした。

「さっそく朝食にしましょうか。今日は目玉焼きを用意しましたよ。」

シスターはテキパキと食器をテーブルに
並べる。

「そういえば先ほどクワガタムシを見つけましたよ。なんとアゴ5つ持ち!
あとで見せてあげますね。」

シスターは嬉しそうに話しながら目玉焼きを
お皿にのせる。

僕はもう見飽きた目玉焼きという名の物体に
ゲンナリしながらも元気よくこう言った。

「いただきます!」  


今日もお仕事頑張ろう。

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