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知床五湖の電気柵がつなぐ、ヒグマと人の共生関係

「フェンスで日本の農業を変革する夢」を掲げる放牧の専門家集団、ファームエイジ株式会社の代表を務めております、小谷と申します。
このnoteでは、ファームエイジが過去に行ってきた取り組みや私自身の放牧へかける想いなどをご紹介しています。月2回程度のペースで更新中。

クマ用電気柵への挑戦

「ヒグマの生息する知床五湖に電気柵を」という話が立ち上がったのは、確か2004年(平成16年)のことだったと記憶しています。環境省からの依頼でした。
人間が知床の自然の中に入っていけるような遊歩道をこれからつくりたい。そのためには、ヒグマが登ってこられないような仕組みが必要である、というわけです。

ここでのテーマはあくまで、「観光客の安全」と「ヒグマとの共生」。
排除のためではなく、なるべくヒグマのあるがままの姿を守りながら、それを安心して観察できるだけの環境を整えること。それが知床事業のミッションでした。
環境省の職員の方からも、この目的を決して見失うことのないようにと、何度も念を押されました。


さて実のところ、このお仕事の話をいただくかなり前から、小社ではクマ用電気柵の開発の話が出ていました。
1990年ごろにエゾシカ柵の開発に成功して以来、当時の北海道庁職員であった赤坂さん(現・弊社顧問)が「ぜひクマ柵もつくりましょう」と、ずっと提案してくださっていたのです。

海外でもそうですが、クマ対策というのは長年の間、うまく発展してきませんでした。多くのクマは金網やフェンスなどをよじ登れてしまい、物理柵ではどうしても防御しきれないからです。

その中で、最も高い効果が期待されているのが電気柵でした。
クマはひづめの無い動物ですので、一度電気柵に触れさえすれば、足の裏を通って容易に電気が流れ、適度にショックを与えることができます。
ただ一つ懸念されるのは、クマの体がフサフサの毛に覆われていること。
毛はほとんど電気を通しませんから、肌が露出している部分(肉球や鼻の先など)にうまく触れてもらわないと、電気柵の効果は発揮されません。

どこに柵があれば、自発的に触れてみたくなるだろうか。しばらくヒグマの気持ちになって検証を重ねました。二重にしてみたり、高さを変えてみたり。
登別のクマ牧場さんなどにもご協力いただきながら、最も効果の高い設置バランスを考えていきました。

結局そのときに完成したのは、2m50cmほどの高さの遊歩道をぐるっと囲むような、+のワイヤーと-のワイヤーを交互に通した柵でした。

知床ヒグマ柵
このワイヤーたちが、観光客の安全を担っている


生で見るヒグマの迫力

少し話は変わりますが、私は野生動物の写真を撮ることを趣味にしていまして。昔はよく、「びっくりドンキー」の親会社、株式会社アレフの創業者である故・庄司昭夫氏と一緒に、カメラを構えて全国の様々な場所を巡っていました。
そんな中で訪れた、知床での施工の機会。これを逃さない手はないと、カメラ一式を用意し、他の社員たちと一緒に知床の川べりへと入っていきました。

そして私はとうとう、生のヒグマをこの目で見ることができたのです。


得も言われぬ感動でした。


桃源郷の世界とでも言いましょうか。ヒグマの存在を感じた途端に、自然と一体になったような不思議な感覚を味わいました。アイヌの人々がヒグマの中に「カムイ」の存在を見出したのも頷けます。
誰かが人為的に食糧を与えずとも、あの巨体が育つだけの豊かな自然が、北海道には確かにあるのです。そのことを彼らは身をもって教えてくれています。

アイヌの有名な言葉に、「トンボが消え、ヒグマが消えると、次は人間が消える」というものが(記憶の限りでは)あったように思います。
ヒグマは基本的に人間に注意しながら隠れているだけで、実はどこにでも生息しています。それをたまたま人間の方が技術が上だったというだけで追い回して撃ち殺していると、そのうちしっぺ返しを食らうのは私たち人間なのです。

このときに撮影したヒグマの写真は、その後、小社の名刺の背景画像として用いられるようになりました。なかなか迫力満点の名刺なので、取引相手の方にはよく「ヒグマですか……?すごいですね」と驚かれます。
名刺にヒグマを載せることには、
・ファームエイジは北海道にある会社だということが一目でわかる
というメリットがありますが、それよりも、
・ヒグマは北海道の財産、シンボルだと思っていることを相手に理解していただきたい
という意味合いの方が、私としては大きいです。

「野生動物との共生」というテーマにおいて、ヒグマは最もイメージしやすく、また重要な位置を占める存在なのではないでしょうか。そんなことを意識しています。


野生を野生のままにする敬意

最近の流れとしては、2022年(令和4年)4月1日に自然公園法が改正され、国立公園内など一部地域でのヒグマへのエサやり過度の接近、その他生態系に影響を及ぼす行為が違法となりました。
管理者の注意に従わない場合は最大30万円の罰金が課せられます。

(参考:環境省 釧路環境自然事務所)

ようやく規制されたな、という気持ちです。
特に野生動物へのエサやりというのは本当に悪質なものです。一度人間の食べ物の味(砂糖など)を覚えたヒグマは、その味にやみつきになって中毒のようになってしまい、再びその味を得るために無理やり人里に降りようとします。そして結局は撃ち殺されてしまうのです。
ですから、野生動物にエサをやるというのは、その生き物を殺すということとほぼ同義です

こんな行為は先進国では絶対にありえません。今回の法改正で、野生・自然に敬意を持ち、節度のある行動ができる人が増えることを願います。

人間と動物には、互いに適切な距離感があります。それを踏み越えることも過度に追いやることもなく暮らしていく、それが共生の第一歩です。


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