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人間失格好き失格疑惑

太宰治『人間失格』。小学校の図書室で初めて出会った時は、なんだか難しそうだったので「もっと大人になったら読もう」と思い、借りませんでした。

次に出会ったのは、高校生になってから。
自宅で暇を持て余した時によくやっていたのが、電子辞書で知っている単語、聞いたことのある単語を片っ端から検索するという遊び。広辞苑、英和辞典に英英辞典に百科事典、数カ国語のカンタン会話集なんかもあった気がします。
しかし、検索した単語の説明文をしっかり読んで理解するというよりも、「検索することそのもの」を楽しんでいる感じだったので、残念ながら調べたうちのほとんどは身に付きませんでした。もったいない。

そんなことを繰り返すうち、ある時に「青空文庫」なるものの存在を発見しました。
青空文庫とはインターネット上のいわば図書館で、著作権が切れた作品などを中心に無料で閲覧できるサイトです。そこにある作品は、電子辞書にダウンロードすることも可能です。
それを知るやいなや、私はすぐに電子辞書に落とし込んでみたくなりました。どの作品にしよう…と迷っている時、かつて出会ったけれど読まなかった『人間失格』を見つけました。

早速自分の電子辞書にダウンロードして、読み始める。白黒の液晶ディスプレイに、横書きでずらっと並ぶ文字に目を凝らしながら、小学生の時は難しく見えた物語にどんどん惹き込まれてゆく。読める…読めるぞ…!

当時は思春期真っ只中、高校生になってもいわゆるアイデンティティを求めて彷徨う「中二病」の延長線上にいた時期でした。あの時期特有の屈折した気持ちや何ともいいがたい歯痒さだったりもどかしさも抱えていて、そういったいわゆる「負の感情」をこんな風に表現できるなんて…と、夢中で読み耽っていました。

読み終えた直後の高揚感醒めやらぬまま、当時は夏休み中だったので課題の読書感想文をこの『人間失格』をテーマに、一気に書き上げました。たまたま夏休みと時期が被っていたのか、課題図書を求めて青空文庫にたどり着いたのか、そこらへんは忘れました。
その読書感想文で校内の賞をいただき、とても嬉しかったのを覚えています。

そんな出来事から何十年か後。
少し前に、ネットサーフィンをしていたらこのような記事が目に留まりました。(記憶ベースで書いているので元記事とは少し異なる可能性があります)

Q. この冒頭で始まる小説は次のうちどれでしょう
「私は、その男の写真を三葉、見たことがある。」
1. 夏目漱石『坊っちゃん』
2. 川端康成『雪国』
3. 太宰治『人間失格』
4. 三島由紀夫『金閣寺』

なんだっけ。見たことあるような、ないような。坊っちゃんは読んだことはないけど、高校の授業で習った冒頭は「親ゆずりのなんちゃら〜」だったし、雪国はトンネルを抜けると雪国だし、人間失格は「恥の多い生涯を送ってきました。」、これだけは自信ある!金閣寺は読んだこともないし冒頭も知らないけど、消去法で答えは4しかないな。

結構自信を持って答えを出したのですが、正解は3の太宰治『人間失格』だったのです。

…なんですと?私は目を疑いました。自信あったのに。かつての電子辞書は実家に置いてきてしまったので、慌ててGoogle検索。
すると確かに、冒頭は上記の問題文の通りでした。何ということだ…私は愕然としました。あんなに夢中になって読んでいたのにもかかわらず、その小説の冒頭を間違えて覚えていたのですから。『人間失格』を好きだと自称しながら、これじゃ『人間失格』好き「失格」ではないか。

しかし、検索結果を見ていくうちに、私が覚えていた文章が『人間失格』の冒頭部分だとしている意見もいくつか見受けられました。
『人間失格』は、「はしがき」「第一の手記」「第二の手記」「第三の手記」「あとがき」で構成されます。

「はしがき」の冒頭は

私は、その男の写真を三葉、見たことがある。

であり、こちらは先ほどの問題にあった文章です。これに対し、「第一の手記」の冒頭は

恥の多い生涯を送ってきました。

となっており、こちらは私が記憶していた文章です。
問題を間違えたことで自信喪失していた私は、大好きなWikipedia先生に聞いてみました。
するとWikipediaによれば、作中で主人公・大庭葉蔵の手記とされるのは「第一の手記」「第二の手記」「第三の手記」であり、「はしがき」と「あとがき」は「私」の体験談とされている、とのことです。

「はしがき」がいわゆる小説の前書き部分と考えれば、「手記」の部分が本編だと解釈できるので「恥の多い〜」の方が小説冒頭であると言える…という感じでしょうか。

このような意見もあると分かり、私のショックは少し緩和されました。
それにしても人の(というか私の)記憶ってこんなに曖昧なものなのか。Wikipediaを読みながら「そういやこんな話だったっけ…」と何となくは思い出したのですが、それもボンヤリしています。

どうやら、もう一度ちゃんと読み直した方がよさそう。かつて私が『人間失格』を読んですっかり感化されていた頃に耳に入ってきた、あるクラスメイトの女の子の会話を覚えています。

「『人間失格』はこの時期に読むとめっちゃ精神的に影響受けそうだよね〜。もっと若い時期とか、逆にもっと大人になってから読んだらそうならないと思うけど」

まさしく影響受けまくりだった私は、思わずどきりとしました。とても賢くてユーモアのセンスも抜群だった彼女ですが、当時にしてはすごく大人びた考えも持っている子でした。『人間失格』も、私よりもずっと前に読んでいたことでしょう。私と同い年にして、彼女は既にあの小説の真髄に気付いていたのかも…なんて思いました。

思い返せば、作中には当時は理解できなかった描写や表現も少なからずあったものです。あの頃から十数年経った今の私は、何を感じ、どのように受け止めるのだろう。
ということで『人間失格』は、私の頭の中の「近日中に読みたい作品リスト」に追加されました。いつ読み始めるかは未定です。明日かもしれないし、半年後、下手したら数年後になるかもしれませんが…