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「努力は必ず報われる」という言葉について

これ、よく聞く言葉ですよね。

私は昔、前田敦子や大島優子ら「神7」が在籍していた時代のAKB48が好きだったんですけど、当時の推しだった「たかみな」こと高橋みなみちゃんがよくこの言葉を言っていました。

この言葉は人によって捉え方が様々だと思うのですが、私は「本当でもあり嘘でもある」と思っています。私の乏しい人生経験上の話も交えつつ、書いてみたいと思います。

努力のベクトルについて

大学受験の予備校に通っていた時、当時の現代文の先生がこう仰っていました。

努力は必要。でも努力のベクトルを間違えたら、結果は出ない」と。

普段から結構辛辣なことを言う先生だったのですが、実は生徒想いで、受験生への激励に力が入るあまり講義そっちのけで熱弁を振るうこともしばしば。その予備校の中では名物講師として有名な方で、他にも数々の名言を残されましたが、これもその中のひとつです。

この一言は「ただやみくもに頑張るだけでは意味がないのだ」と、私の中に強く印象付けられましたが、ぶっちゃけ10年以上経った今でも、その意味をしっかり理解しているかは怪しいです。私は自他共に認める要領の悪さから、行く先々で何かしらやらかしているので…。

私が今まで努力した場面。それは、受験だったり、資格試験だったり、仕事だったりしますが、すべて順風満帆に、とはいきませんでした。

例えば大学受験なら、志望校は〇〇大学で、そのためには学力は各科目に対してこのくらい必要で、じゃあ試験日までにどの科目をどれだけ勉強したらいいのか、月ごと週ごと日ごと時間ごとでスケジュールを立てていくと思うんですよ。私、ある程度それをしっかりやってそれなりに結果も出したっていう自負があったんですが、社会では上手くいきませんでした。

仕事だと、臨機応変さや相手が何を求めているのかを素早く正確に察知できる力、いわゆる「空気を読む能力」が要求される場面って多々ありますよね。社会人以前に自分がやってきた「頑張り方」では通用しないんだ…ということを私は痛感しました。

机に向かって毎日コツコツ勉強する。本を読んで知識を身に付ける。そんなやり方のみでは太刀打ちできないと気付いた瞬間は絶望でした。結局、もともと器用な人とか、要領が良い人の方が圧倒的に有利なんじゃないか…と。

だけど、器用だったり要領の良かったりする人たちだって、もちろん人によって得意不得意はあるし生まれ持った性格や才能なんかもあるでしょうけれど、きっとそんな人達だって、私の見えないところではたくさん努力しているはず。

自ら積極的に人と関わる場面を作ったり、どうしたら円滑な関係を築けるか、相手の表情や視線や声のトーンや会話の間などに注意して観察して、自分の言動が相手にどう映るかも考えて…とか、きっとそういったひとつひとつの積み重ねの結果が、彼らの現在の姿なのだと私は思います。

先ほどの予備校の先生の「努力のベクトル」の話で言えば、彼らの努力のベクトルは仕事に適していて、私の努力のベクトルは、当時の仕事にあてはめると、まるで方向が違っていたんだ…と思いました。

試行錯誤を繰り返す日々

だけど、日々食べて行くためには働き続けなければならない。自分には向いていないとドロップアウトするのは簡単ですが、ここで辞めたら絶対後悔するだろう…というより実際は、私のエベレスト級に高い謎のプライドが許さなかっただけだと思います。

じゃあこれからどうしよう。まず、「仕事 要領が悪い」とかでネットで検索したり、そんなようなテーマのビジネス書を何冊か買って読んだり、旧来の友人や当時お付き合いしてた人(現在の夫)らに相談(9割は愚痴だった)してみたりしました。ためになるアドバイスをたくさんもらいましたが、その中でも特に私の心に刺さったのはこの辺りでした。

「自分なら、どうしてほしいかを考えて行動する」「相手の立場に立って考える」「周りをよく見て、相手のことをよく観察する」

言葉だと非常にシンプルですが、いざ実践となるともちろんそんな簡単にはいきませんでした。忙しくなってくるほど自分のことでいっぱいになってしまって周りのことがおろそかになったり、相手のことを観察した気でいても、「ただ見ているだけ」になってしまって結局何も自分の身にならなかったり。頑張っているはずなのに、結果が出ない。どこまで頑張ればいいのか分からない。頑張っても無駄なのかもしれない。いや、そもそもすべて空回りなのかも。暗闇の中、出口の見えないトンネルを手探りで進んでいるような感覚でした。

社会人3年目くらいで、しんどさがピークに達しました。この頃は、夜クタクタで帰ってきて洗濯機を回しっぱなしで寝ちゃったり、仕事着のまま床にダイブして気づいたら朝だった、みたいな日もありました。

環境が変化して起こったこと

そんな頃に、私は異動の辞令を受けました。仕事内容は今までとほぼ同じでしたが、勤務地が変わるのに伴い環境がガラッと変わりました。通勤時間とルートが変わり、上司も変わり、同僚も変わり、お客さんも変わり、お昼ごはんを食べに行くお店も変わり。

業務自体はラクなものではありませんでしたが、異動前の部署と比較すると、私の気持ちは驚くほど軽くなりました。新しい部署の上司はおそろしく仕事の出来る方だったので、各々の状況を見て上手く采配してくれていた、というのも非常に大きかったと思いますし、前の部署を「辛い環境」と思って仕事をしていた分、えっこんな環境で働いていいんですか?と驚きました。

新しい環境にも慣れてきて自分に余裕が出来てくると、本当に少しずつですが、周りのことが見えてくるようになりました。

後輩ちゃんが今コレとアレをやっていて大変だから、じゃあアレは私が引き受けよう、とか、自席以外の場所で電話を取った先輩にメモとボールペンを渡してみるとか、忙しそうな上司に読んでほしい資料を渡す時は、文章がずらっと並んだ中から重要そうな箇所に蛍光ペンを引っ張ってみるとか。

それぞれが小さな事なんですが、数日、数週間、数カ月、と積み重ねていくことで、意識しないとできなかったそれらのことが、気付いたら意識しなくてもできるようになってきていました。

それから、前の部署ではやっていたけれど、当然とみなされていたり、あまり結果は出ていなかったことが、意外にも異動後の部署で評価されることもありました。

これは本当に基本ですが、例えば習慣的に1コールで電話に出ていたのを評価されたり、少し複雑な事務手続きを自分なりに効率的な手順を考えて行なっていたら、それが新たな部署でのスタンダードになったり。

環境の変化という要因も大きいですが、今までやってきたことが活かされた気がして嬉しかったです。

努力は報われるのか、今思うこと

結果的にその職場は退職し、その後転職を繰り返した末に現在は無職の私ですが、仕事で培った経験は今でも活きていると感じています。

現在主婦なので身近な例えになってしまいますが、例えば夕飯を作る時に、複数の品数をいかにして短時間で作るか手順を考える。材料とか調理器具をあらかじめ用意しておくとか、レシピを読み込んで、じゃあ煮込んでる間に別の下ごしらえやっとくか…とか考える。キッチン上での導線を考えて道具を配置する。あとは、買い物に行く時、複数の店舗をいかに効率よく回るかを考える。今日は銀行が混んでそうだからじゃあ先にドラッグストア行っとくか、とか。

仕事仲間以外の人とのコミュニケーションを取る時でも、電話でも言えるけど文面で残しておいた方がいいと思うような事はLINEで送るとか、伝えたい事がたくさんあれば要点を簡潔にまとめて送る、送信前に読みやすいか、誤字脱字ないかもう一度チェックする、とか…確かにこれは仕事をしてる時に意識してやってた事だったな、と思います。

私が社会人になってから頑張ったことは、確かに最初の部署では結果が出ないことが多くて、無駄なのかも、と思ってた。だけど時間が経ったり環境が変わったりして、その頑張りが、時には意外な場面で結果となって表れてきた。すぐに結果に繫がるとは限らないから、そういう意味では「努力は必ず報われる」は嘘なのかもしれないけれど、もっともっと長い目で人生を見たときに、私の「努力」は報われているんだな、「努力は必ず報われる」は本当なんだな、と今は思っています。

ただ、予備校の先生が言ったように「努力のベクトル」を常に意識するのは重要だと思います。努力しつつ、自分のベクトルは合っているのか?とたびたび確認し、ずれてきたと気付いた時点で修正する。受験勉強だったら、正しいやり方で志望校に受かった方が嬉しいですもんね。

だけど、自分なりにそうやって正しいと思うベクトルで頑張っても、志望校に受からない場合もある。自分が思うような結果が出ない時もある。

でも、そこから学べる事は絶対にあると思うし、思いがけないところで思いがけない結果が出る時があると思っています。滑り止め校に進学したけど、自分なりに落ちた原因を分析することができた。在学中にチャレンジした資格試験で、受験勉強のテクニックを活かして今度は一発合格できた、とか。

だから、長ーい目で見た時、結果的に「無駄な努力なんてない」と言えるんだと思います。

努力の人、たかみな

冒頭で触れたAKBのたかみなは、長年チームAキャプテンとして、またAKB総監督としてチームを引っ張ってきました。

そのような役職に就いたのは持ち前の明るさやリーダーシップを見込まれてのことでしょうが、彼女も決して「特別な才能」を持っていたわけではないと思います。

前田敦子のようにセンターにはなれない。身長もみんなより少し低くて、特別可愛かったりスタイルがいいわけではない。歌もAKBの中では上手だけど、そんなAKBにも、増田有華のようなもっと歌の上手い子はいた。

そんな彼女が何十人もいるチームをまとめるためには、きっと私達からは見えないところで、言葉通り死ぬほど努力したのだと思います。

頑張っているにもかかわらず、自分が思うようには結果が出なかったことも、きっと、結果が出たことの何十倍もあったのだと思います。人知れず流した涙もたくさんあったのでしょう。

それでも、いつも笑顔で、小さな身体でいつも一生懸命ステージで歌って踊っていた。AKB第7回選抜総選挙での彼女のスピーチの全文を読んで、私は泣きそうになりました。「努力は必ず報われる」。彼女のAKB人生は、それを体現していたのだと思います。そして、AKB卒業後の現在もテレビなどのメディアの仕事をたくさんもらっている。これも、彼女の努力の結果だと、私は思っています。