夏目漱石『行人』から感じた、人間あるある
少し前になりますが、スマホの青空文庫というアプリで夏目漱石の『行人』という小説を読みました。
青空文庫というのは、著作権の切れた作品などを無料でネットで閲覧できる素晴らしいサイトです。
私の高校時代は電子辞書をPCにケーブルで繋いで、読みたい作品のテキストファイルをダウンロードして電子辞書の液晶画面で読んでいたのですが、今はスマホアプリで読むことができます。便利な時代ですね。
で、この『行人』はこれまた結構前に大学時代の後輩が勧めてくれた作品でした。
ただ当時は妊娠中で、スマホの画面を一定時間集中して読むと画面酔いで気持ち悪くなるという謎症状に悩まされていたため、症状がなくなった産後の隙間時間を使ってちまちま読んでました。
ちなみに私が夏目漱石できちんと読めたのは『こころ』だけ。一度『吾輩は猫である』に挑戦しましたが、私には思いの外難しく、序盤の20ページそこらで挫折しました。そんな自分に読めるのか?と若干不安でしたが、何とか無事に完読できました。
読んでみて、正直物語の構成とかよりも自分が登場人物に共感できるかどうかで物語を読みがちな自分に特に響いたポイントを二点に分けてちょっと書いてみたいと思います。
以下、ややネタバレが入るので未読の方は念の為ご注意ください。
➀拗らせてる人
この作品、後半からは主人公の兄で教授をしている一郎という人物にスポットを当てた話になるんですが(というかこっちが実質主人公)、まあこの一郎さんが中二病感満載というかいわゆる「拗らせちゃってる人」だなぁ…と私は思いました。
一郎は博識だし、一つの物事について深く深〜く考えているし、周囲の人の気持ちを慮る面もあるのだけど、それでも根底に「自分は孤高の存在である」みたいな意識が透けて見えるというか。
彼も彼なりに自分の中ですごく葛藤したり苦悩しているんですが、私の主観ではどうも独り善がりな感が否めませんでした。
ただ、自分がこうして一郎に抱く嫌悪感って、結局は自分自身も一郎のような「拗らせ」を経験したことがあるからこそな気がします。
「私を怒らせると、怖いよ?(暗黒微笑)」みたいな台詞をドヤ顔で友人に言ってた自分の中学時代を見ているような…もちろん一郎は全然こんな風じゃないですが。
経験したことがあるどころか、なんなら自分は未だに拗らせを引きずってるなと思う瞬間が多々あります。自分が不快に感じた相手を思わず心の中で見下してしまう時や、相手が何を考えているか分からないからといってわざと相手が不安になる言動を取ってしまう時とか。
自分の中にそういう部分があるからこその同族嫌悪のような感情もあるし、「一郎さ、そういうとこだよ…」とか思っちゃう。私自身の嫌な部分を客観的に見ているようで、うわぁ…ってなります。
ちょっと嫌な気分にはなるけど、ある意味共感でもあり。こうした「拗らせ」をここまで徹底的に書くにはもちろん文章力も要るだろうけど、精神的にもかなりのエネルギーを消耗する気がします。夏目漱石は一体どんな思いで書いていたんでしょうか…
あと個人的には、終盤で一郎を旅行に連れ出してくれた「H」氏は一郎にとってとても貴重な理解者であるように思います。
一郎はH氏には感謝を表しつつも、やっぱり自分は誰にも理解されないしなんなら理解されずにいたいと思っている印象すら受けたんですが、そういうH氏みたいな人は天然国産ウナギ並にめちゃ貴重でもう二度と現れないかもしれないから大切にしておけ!と一郎に言いたい。
そんな感じなので、中二病など過去に何かしら拗らせた経験のある人には響く作品かもしれません。
②人間関係って難しいですね
一郎は既婚者ですが、奥さんのことがなかなか理解できずに苦しんでいます。苦しむあまりに、弟である主人公に無理難題をふっかけてくるほどです。
やはり一郎なのでここでも基本一人でああでもないこうでもないと悶々と悩んでいるのですが、関係性が近ければ近いほど相手のことが分からなくなったり上手く行かなくなるというのは、ここまで極端でなくともまあある話だよなあと思います。
相手と距離が近い故に「まあ、分かってくれるだろう」と思ったら理解されなくて寂しい気持ちになってそこから色々と疑心暗鬼になってしまうとか、それまでお互い何でもさらけ出し合っていた同士がちょっとした意見や価値観の相違で険悪になってしまうとか。
お互いがよくよく話し合って関係性が改善すればいいですが、そうそう上手くいくケースばかりでないのが人間関係の厄介なところですよね…。
あと物語前半部分で登場する主人公の友人、三沢が過去ちょっとだけ関わった後に再会した女性にやたら執着してしまうとか。気になるのは自分の行動のせいで女性の病気が悪化したかも…という罪悪感からなのか、はたまた恋心なのかもしくはそれ以外なのか…複雑な想いを抱えて悶々とするわけです。
彼は過去に別の女性ともちょっと色々あったりして、彼もまた「拗らせ」ている一人かもしれません。
けどそんな彼も婚約者ができたら、あんなに執着していたのを忘れたかのようなアッサリした態度。物語後半で再登場した時にはその変わり様に別人かと思いました。でも、こういうのも割とある話ですよね。
その他
それ以外のところでは、明治末期〜大正初期頃に発表された作品ということで今とは生活様式や文明文化なんかが全然違うので、そこら辺を想像するのもちょっと面白い。
家に下女がいて家事やその家の子どものお世話をしているとか、携帯電話なんてない時代だから相手からの手紙を何日も待つとか、非常時に連絡手段がなくてじっとしてるほかどうしようもなくなるとか…。作中の人物は高等遊民寄りの生活だろうから、いいなぁーなんて羨ましく思ったりもして。
あと物語全体の構成とかの話だと、起承転結がハッキリしていて伏線が綺麗に回収される系の話ではなく、どちらかというと随筆などに近いのかな?とか、若干とっ散らかってる?みたいな印象を受けました。普段読むのが東野圭吾などのミステリー小説だからそう思うのかもしれませんが…。
綺麗にまとまっているストーリーだとはちょっと言い難いし、文庫版にして500ページ超というなかなかのボリューム、いわゆる文豪作家の作品によくある旧字体や昔の言い回しもまあまああるけれど、
それでも読みにくさをさほど感じることなく、挫折もなく最後まで読めたのはさすがの夏目漱石大先生、と言ったところでしょうか。
とか偉そうにほざいてますが、なにせ私はこれを含めて夏目漱石作品は二作品しか読めていない身です。人から勧められたからこれはちゃんと読まねば!というのがぶっちゃけ本音だったり…
そんなわけで
私の読解力の低さ故、きちんと作品を読まれた方からすれば「そういうことじゃない」と違和感を感じられたり疑問に思われる点もきっとあると思うので、その際はコメントなどで優し〜くご指摘いただくか「普段読書しないヤツがたまに読んだだけでイキってるな…」と生暖かく見守っていただけたら幸いです。
昔の作品が読みたくて、且つスマホやタブレット画面での読書に抵抗がなければ青空文庫、おすすめです!
ちなみに私は現在は『蟹工船』に挑戦中ですが、結構メンタルを削られるので自分がフラットな状態でないと読み進められず、時間がかかっています…。