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十三万歳 ー 知られたくない店

先日、昼から十三に飲みに行った。天気は大雨が予報され、すでに本降りだった。昨晩は甲陽園の自宅が停電になった。まあ、阪急電車が動いているので大丈夫だろうと言い聞かせて十三へ。

Googleで調べると、阪急の甲陽園駅から十三駅まで約30分。案外近い。生まれは十三だ。20代後半まで十三付近の実家で過ごした。十三へは小学生の 高学年の頃から、自転車を飛ばして遊びに出かけた。商店街の本屋で漫画を買い、レコード屋で歌謡曲のシングル・レコードを買い、まだ新奇なものであったマクドナルドでマックシェイクを注文し、高揚した体を冷ました。

店はしょんべん横丁にあるが、その中心にはない。十三の地理には精通していたつもりだが、Googleマップに頼った。11時半を過ぎた頃、初めてその店に入った。十年間以上も一人で店を切り盛りしているという若女将が「冷房入れようか」と聞き慣れた関西弁で言う。開けた扉から眺める雨模様の十三と、雨音が心地よかったので、「冷房はええわ、扉このまま開けといて」と返答する。

客は、わたし一人。カウンターだけの席に腰を掛けて、焼酎を頼む。
料理はおまかせで三品でてくるらしい。料理の価格は三品で1,000円。誰が見ても安い。最初に高野豆腐の煮物が出てきて、そのあとはマグロの刺し身で、その後に鰯の塩焼きだったか。

鰯の塩焼き

こんな大振りな鰯は見たことがない。味もいい。魚は大阪の中央市場から仲卸を通じて仕入れていると、若女将は言う。周りには魚を売りにしている店がなかったので、魚を売りにしたと若女将は言う。最初の三品が終わったあとは、頃合いをみて料理が出てくる。ついさっき、仲卸が持ってきた連子鯛を塩焼きにしたもの、馴染の釣人が持ってきたという明石の蛸を軽く湯がいて、塩と胡麻油で和えたものなどを食べたか。

明石蛸のごま油と塩和え

こういう店を紹介したくはないけれど、書き残したい気持ちが勝った。

若女将が「ビールを飲んでいい」と言った。
「どうぞ、飲んで」と言った。そのあとは、壁に掛けてある液晶テレビで、NHK BSが放映していた映画「マディソン郡の橋」を二人で見る。
「メリル・ストリープって、こんなに大柄やったんや」、「クリント・イーストウッドって、この当時でこんなに老けてたっけ」とかストーリーではなく、俳優の身体の細部に目がいく。おそらく、自分が五十半ばの年齢になり、ロマンスの行く末よりも体型や皺などの老齢化に関心があるということだ。しょうがない。

ビールのあとは、菊正宗の熱燗を相酌で飲んでいたが、いつの間にか互いに手酌で。菊正宗は普通酒であったが、やけにうまかった。醸造酒が苦手で、いつもは純米酒しか飲まないが、この店の菊正醸造はうまかった。理由はわからない。

「マディソン郡の橋」を最後まで見終わってしまった。時間を計ると、いつの間にか五時間ほど経っている。酔いつぶれてはなかったが、一軒の店に長居しすぎた自分の飲み方に恥じて、店を出た。十三万歳。

                               

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